閑話:訓練の話
ひゅんひゅんと槍を振り回すジャック。大道芸じみたそれは、しかし。
「おおおおおおお!!」
我が住処、孤児院備え付けの迎撃装置ガトリング針を防ぐための動きだった。
※
「なあ兄ちゃん、頼みがあるんだけど」
「なんだ?エロい事や下ネタは禁止な」
「失礼な。その言い方だと俺がいつもそんなことを言ってるみたいじゃないか」
「……」
ノーコメント。言うまでもないと思う。
「実は、トレーニングしたくてさ。兄ちゃんが作ったアレ、がとりんぐ? 使わせてくれね?」
「別にいいけど……お前ってトレーニングマニアだっけ? むしろ筋肉付きすぎないようにするタイプじゃないか?」
モテなくなる、とか言って。
「まあそうなんだけど。いや、ただ最近アルファビアとの戦争が近いって噂を聞いてね。どうせ依頼が出るんだから鍛えておいて損はないだろう」
「戦争、ねぇ……」
この男、これでなかなか情報通だったりする。
今のように国際的なレベルでの噂から、アルファビアに有力な女新人がいるとか、勇者(やっぱり女)が現れた、とか。
……女関係が多いのはあれだ、気にしないことにする。
「というわけで、貸してくれ。防御の練習するから」
「いいけどさ。向いてないんじゃないか?」
こいつは槍を使うんだから、攻撃こそ最大の防御だと思うんだが。長槍でもなく重槍でもなく、細身の投槍に近いタイプの槍を使うんだからなおさらだ。
「そこを補うための練習だって。じゃあさっさと行こうぜ兄ちゃん、暗くなると余計見えなくなる」
「はいはい……どうなっても知らんからな」
※
で、今に至る。
ふざけた言動や態度で忘れがちだけど、こいつもそれなりに……少なくとも、完全な実力社会の中でやっていけるだけの力はあるということを再確認した。まあ、普段からそういう態度なら改めて確認する必要だってないんだけど。
「はい、やめー」
ガトリングを停止させる。30分くらいぶっ通しで防いでたし、まあこんなくらいでやめるのが妥当だろう。あまり無茶をしすぎても体壊すしね。
「ふうっ……やっぱりきついなこれ。もうちょっとやってたら耐えられなかったかも」
そりゃね。あんまりゆるくても困るだろう。むしろ、これだけの時間耐えられるだけでかなりの手だれということだ。
「ほら、飲み物。あまり一気に飲むなよ」
スポーツドリンクを作って投げ渡す。これも売ろうか、とは思うんだけど容器がごみになるしいまだ検討中といったところ。
「いや悪いね……うまっ! 何これめちゃくちゃおいしい!」
ごっごっごと景気よく流し込むバカ。あーあ、腹たぽんたぽんになるぞ……
「ぷはっ。よっし、次行くか」
「次だぁ? もう暗くなってきてるんだが」
日も傾いて、夕日が沈みかけている。黄昏時ってやつだ。
「模擬戦やろうぜ」
「誰が誰とだ」
「兄ちゃんと、俺で」
アホか。模擬戦なんて……
「悪く、ないか……?」
今までは対人戦は基本的に不意打ちか闇打ちだったし、ギルドのは大抵がモンスターの討伐だったし。人に対しての練習は悪くない、かも。
「いいぜ、やろうじゃん」
こっちとしても守らなきゃいけないもんはあるんだ。鍛えて損はないさ。
「じゃ、これ使いな」
槍を作りだして、パス。
「おっと。なんで武器変えるんだ兄ちゃん」
「それ使えば、うっかり殺す心配ないからな。全力でやれるだろ」
生きているものを殺せないようになってる槍。もっとも、殺せないだけで傷つけることはできるし放っておけば出血多量で死に至るだろうが……
「どっちかが死にかけたら、これ飲ませること」
回復薬の原液を置いておく。欠けた四肢ですら復活させるほどだ。体が真っ二つになろうが死ぬことはない。
「ふうん。それはいいけど兄ちゃん。素手でやるつもり?」
「まさか。見えないだけでしっかり持ってるよ」
今回は戦闘中に作るのなしでいこう。戦闘前、つまり今は容赦なく遠距離武器も暗器も作ってるがな……
「ほらコイン。上に投げて、落ちたら開始だ」
ぴん、と指で弾き上げる。くるくると回りながら放物線を描いたそれは、俺とジャックのちょうどど真ん中に落ちて。
――――ぶしゅうううううという音を立て、煙をまき散らした。
「んなぁ!?」
馬鹿め! 敵に勝負開始の合図をさせる時点で貴様の負けは確定しているのだよ!
白煙の中を突っ切る。無味無臭の無害な煙ではあるが、いきなり煙に包まれてはまともな判断はできまい!
「おおらぁあああ!」
ぐん、と体をひねって苦し紛れにこちらに突きだされた槍をかわす。そのままの勢いで空中後ろ回し蹴りをジャックの頭に叩き込む――!
「させるか!」
ジャックは槍を躊躇なく手放し、しゃがみこんだ。結果、当然俺の蹴りは宙を空しく掻き、
――もう片方の足がジャックの顔面に突き刺さった。
「ぐあ、ぐえ、んぎゃ」
3バウンドして動かなくなったジャック。
「ふう。まだやるか?」
たった今、空力学的に不可能な動きを俺はしたわけだが、なんということはない。煙と一緒に見えない細さの非常に丈夫な糸を張り、それを手繰って空中で方向転換しただけのことだ。
――結局不意打ちじゃねーか!という突っ込みは受け付けません。
「いや、俺の負けってことでいたたたたた」
「無理すんなよ、鼻が砕けてるぞ」
イケメンざまあ。好感が持てるやつではあるけど、それとこれとは別なのです。
※
「はぁ。卑怯だと思うんだ」
「何がだよ」
「その武器」
ああ、糸か。まあこんな世界じゃ見えないくらい細いのに人の体を支えられる強さの糸なんて存在しないだろうしなぁ……そうだ。
「じゃあ武器やるよ」
「え、ホントか兄ちゃん」
「おうよ」
いろんな意味ですごいのを。
「―――さ、選べ」
作りだした槍は3本。紅い長槍が2本と黄色い短槍が1本。どれも英雄クラスの武器、というか宝具だ。
「いや、選べっていうか……この黄色いのは?」
「いいのに目を付けたな。これは必滅の黄薔薇といって、負わせた傷は何をしようと治らないという呪いの槍だ」
「怖!! じゃ、じゃあこっちのは」
「それは刺し穿つ死棘の槍。投げれば30に分かれ、突きさせば30の棘が体の中で破裂し、真名を告げれば必ず心臓を貫く魔槍だ」
「えぐすぎる……この同じようなのは?」
「破魔の紅薔薇。刃に触れた魔力を触れてる間全部無効化する」
「じゃあこれで」
また地味なの選んだな。
「いいのか?殺傷力なら先に見せた二つの方がはるかに上だけど」
「十分スギマス」
まあ防御にも使えるし、本人が良いならいいか。
後に俺は気付く。英雄級の武器に、地味もなにもないということを。すでにそれ単体で十分すぎる脅威であることを。
しかしまあ、それは別の話。