閑話:お人よしの話
「むう、この濃度だとちょっと効果が高すぎるか……。あまり高くするのもな……」
ゴポゴポゴポ。ブクブクブク。
「…………何やってんの、兄ちゃん」
「あ?ああ、いたのか」
そこは魔境と化していた。所狭しとフラスコや試験管が置いてあり、いくつかの容器の中には緑色に輝く液体がブクブクと泡を立てている。ギルドの宿屋特有の飾り気のない、質実剛健な部屋は今や、どこぞの狂った発明家の研究室もかくや、といった状態だった。その中心には、白い上着を羽織り、紙にえんえんと何かを書き連ねているカエデ。率直に言って、非常に怪しかった。
※
「悪い悪い、つい熱中し過ぎた」
「いや、それよりこれ、何?」
心底不気味そうにジャックが指さすのは、開発中の回復薬。……これ、そんな眉をしかめるようなものか?ちょっと泡が出てるだけなのに。
「回復薬。飲めば病気も怪我もあっという間に治る、という一品」
これが?と言わんばかりの顔をするジャック。いつもヘラヘラしているジャックがこんな表情をするのは非常に珍しかったりする。
「売ろうと思ってな。ほら、この国ってあんまり医療とか発達してないじゃん」
だいたいゴミが普通に路地裏に放置されまくってるような国だ、ただでさえ病気の人が多い。その上、治安の悪さからまともな医者や治療系の魔術師も圧倒的に少ない。闇医者、やぶ医者、詐欺医者だらけ。日本の正規の医者と闇医者の比率が逆転してるようなもんである。当然、病気になりそのまま亡くなる人、まともな手当てもしてもらえずちょっとした怪我で亡くなる人はとんでもなく多い。
「だからそういう人用に安くて効果のある薬を売れば、たくさん売れるんじゃないかと思ってな」
「なるほど。でもこんなに何のために作ったんだ?別にその回復薬がまだ作れないってわけじゃ……ないよな?」
「いや、そんな感じ。といっても今は調整中って感じなんだけど」
「調整?」
「そう、調整」
百聞は一見にしかず、というわけで見てもらう事にする。
「見てろよ」
切れ味のものすごく鋭いナイフを作り、ざっくりと自分の指を切り落とす―――――!!
「うわ!?馬鹿なにやってんだ兄ちゃん、早く止血を」
「いいから、見てろ」
ごくり、と回復薬を飲み干す。と次の瞬間、俺の手には元通り5本の指が。ちなみに痛覚はこの実験の前に薬で一時的に飛ばしている。
「え?え、えええええええ!?」
「とまあこの通り、効果は間違いないんだが」
問題は効果が高すぎることにある。四肢欠損すらものの10秒で元通りになるような薬、とても一般販売なんて出来やしない。かといって効果を落とそうとすると、せいぜい普通の回復薬よりちょっと効果が上くらいにしかならないのだ。
「極端なんだよな。0か1しかない」
出来れば貧しい人にこそ買ってほしい。だがこんな効果のものそんな値段で売ったらとんでもないことになる。だから、調整。ある程度求めやすく、かつそれなりに効果のあるものを。原価は0だからまあ馬鹿安くてもこっちに問題はないんだが。
「へえ。確かにそれは売れそうだ。考えたな、兄ちゃん」
「で、サンプルが俺だけだといろいろまずいから今マオにストリートチルドレン集めてもらってる」
「すとりーとちるどれん?」
「あー……路地裏で過ごすような子供のことだよ」
前にも思ったが、この翻訳機能微妙。横文字が伝わることもあるし、今みたいに伝わらないこともあるし。おかげでたまに変な目で見られるし。
「まあいいや」
「カエデー?知ってる子だいたい連れてきたよ」
ナイスタイミング。じゃ、人体実験スタートといきましょうか。
※
「こんなもんかな」
被験者20数人。やはり路地裏は危険地帯なのか、中には腕の無い子や病気で死にかけの子もいた。うっかり最高濃度の回復薬飲ませちゃったから全快してたが。それはともかく、いろいろ実験してみて、だいたいの目安はついた。後はこれを売るだけ……あ。
「なあジャック。お前ってお店に何か伝手かなんかある?」
ふるふる、と首を横に振るジャック。ちっ、使えねぇ。
「マオは……あるわけないか」
むしろお店に伝手を作りたくてしょうがなかったほうだろう。
「うわ、じゃあこれ全部無意味かよ!ちくしょう、苦労したのに!」
これだけやって成果はガキに感謝されただけ。割に合わねぇ……
「兄ちゃん、ちょっと待ってくれれば俺が何とか出来るかもしれない」
「え、ホントに?頼む、努力してくれ」
苦労が徒労なんて嫌すぎる。
ま、お金なんていくらでも作れるんだけどね?
※
結局、既存のお店に仕入れることはなかった。
能力調整の練習にはなった…………かな?