第9話:旅は道連れ
「服、脱げ」
「…………」
いきなりこんなこと言ってるが俺は変態ではない。だがいくらなんでも服を……服というかぼろ布ではあるが、ともかくそれを着せたまま風呂に入れるほど常識知らずでもない。
というわけで貸し切り風呂の脱衣場でさっさと脱ぐよう呼び掛けるも、これで5回目の無視だった。
「なあ、せめてなんか喋ってくれ。そもそもお前、男なのか女なのかもはっきりしないんだよ。もし女で、俺に見られたくないってんなら他の人に頼むからさ」
「…………」
「いや、だからな……」
言葉がわからない、話せないということはなさそうだ。ちゃんと言葉に反応はしているし、身振り手振りで何か伝えようともしてないし。ただ、こっちのことをガン無視しているが。
正直、俺は気が長いほうではない。というかありていに言えば、短気なほうだろう。というわけで。
「ええいなら無理やり放り込むまでよ! くらえ必殺放り投げ―!!」
「え!? きゃわっ!」
ここまで運んできたように抱き上げ、布ごと湯船に放り投げる。
どうせここの風呂はかけ流し(実に贅沢だ)なので、まあちょっと汚れてもいいだろう。いいことにする。
ばしゃーんと盛大に水しぶきをあげ、ちょっと可愛い悲鳴を上げながらガキは湯船に沈んだ。
……沈んだ!?
「おい、ちょっとお前大丈夫か!?」
自分でも滑稽なくらい焦る焦る。なにせばたばたもがいてるだけで一向にお湯から頭が出てこない。え、なにこれ溺死ルート!?
湯船に服を着たまま飛び込んで担ぎあげる。まさか風呂で酔ってもないのに溺れ死にかける人を出すことになるとは思わなかった。
けほこほとむせるガキ……というか、どことは言わないが掴んでる場所の感触的に少女と言ったほうがいいんだろうか。男か女かわかったのは良いにせよ、ちょっと気まずいんだが。
「何すんだアンタ! アタシを煮て食う気か!」
「はぁ!?」
気まずさから一転呆れに。どうもこの猫少女、風呂を知らないらしい。
後で聞いた話では風呂をでかい鍋と思っていたらしく、このまま煮て食われると本気で考えたらしい。無言だったのはせめてもの抵抗だったとか、なんとか。
※
で、俺の部屋にて。
「では治療を始めます。おとなしく手を差し出しなさい」
「やだね」
交渉は難航していた。
風呂に入れてる間は気持ち良さそうに目を細めて、本当の猫のようにごろごろと喉を鳴らしていたというのに、風呂から出たとたんこの態度。ツンデレか? 風呂限定のツンデレなのか!?
いや待て俺、冷静に考えろ。カロリーメイトといい、風呂といい、こいつは自分にとって心地よい事に対しては警戒心ゼロだ。つまり俺がここでとるべき最良の手段は―――!
「お嬢ちゃん、食べ物あげるから手を出して?」
さっ←手を差し出す音
馬鹿だった。
「ていうかひどいな、これ。痛いだろ?」
「…………」
目を背ける猫。その気持ちもわかる。自分の指が10本ともねじくれ、変な方向に曲がっている様なんて見たくもないだろう。
素人目だが、もう骨が固まりかけていることから結構前からこの状態のようだ。
思えば裏路地で担ぎあげたとき抵抗しなかったのも、風呂で起き上がれなかったのもこの指のせいだろう。下手に力を入れれば激痛が走るはずだ。
治してやりたいところだが……あまり気は進まない。
「……ちょっと痛いぞ」
「ぐぎっ……!!? ちょ、アンタいったい何が、あああぁぁああ!!」
べき。ぐぎ。ごき。変な形に固まった指を、元の形に直していく。
治すのではなく、直す。それはつまり、ただ単に指が元の形になるようにへし折っていくのと同義だ。当然、激痛なんてものではない痛みが走るはず。
聞くに堪えない絶叫をあげ、華奢な体が跳ねまわる。それでも力を緩めず、ぐきぐきと嫌な音を立てながら整形していく。
右手が終わって左手にうつるとき、ちょろろろろ、と失禁していた。
左手が終わるとき、白目をむいて気絶していた。
「終わった、か」
非常に後味が悪い。でもまあ、再生力強化した回復薬を飲ませれば普通の生活は営めるようになるだろう。
その結果、恨まれるかもしれないが。
※
「マオだ」
「え?」
気がついた猫に回復薬を飲ませ、指が普通の形に戻ってからすぐ、猫から声をかけてきた。
「アタシの名前。苗字はないから、ただのマオ」
「あ、ああ。俺はカエデだ。カエデ=アキノ」
正直、意外だった。あれだけの事をしておいて、友好的な態度をとってくるとは思いもしなかった。
「その……感謝してる。痛かったけど指、動くようになったし。きれいにもしてもらえたし」
「…………」
まさか感謝されるとは!思えば、こっちの世界に来て友好的だったのはセラのみ。ギルドのお姉さんは仕事だし、門番もとい暇人もとい変態は変態だし、村人に至っては拷問してきたし。やばい、ただ感謝してるってぶっきらぼうに言われただけなのになんだこの嬉しさ。
「アンタ……なんでいきなり泣き出すのさ」
「いやすまん、ちょっとこっち来てからの俺の不遇っぷりを思い出してた。こっちこそありがとうマオ。おかげでまだ頑張れそうだ」
「ア、アタシは別に……! でもアンタ、なんでアタシを助けたの?」
何でと言われても。
「なんとなく?」
「え?」
「まああえて理由をあげるなら、ネコミミだからかな……はっ!?」
やばい、ついうっかり最大の理由が。ほら、マオが信じられない変態を見るような顔をしている……! 違うんだ、ネコミミが珍しかったからなんだ、断じて俺はネコミミ萌えの変態じゃないんだ……!
「ええと、うん、趣味は人それぞれだよね」
「そう言いながら距離開けるの止めてもらえる? 面と向かって変態と言われるより傷つきます」
笑ってるから冗談なんだろうけど。冗談であってくれお願いします……!
「でさ、マオ。これから行くところとか、ある?」
生まれ故郷とか孤児院とか。裏路地でぼろぼろになって倒れてたのを見ても、明らかに誰かにへし折られていた指を見ても、そんな場所はなさそうだけれど。
それでも一応聞いてみる。拾った責任は、俺にあるのだから。
「……行くところなんて、ない。アタシは孤児だけど、孤児院とかには亜人だから入れないって言われたし、あの道にいたら、男の人にお、襲われたし……」
最後まで言わせず、ぎゅっと抱きしめる。こいつは、独りだったんだ。そして多分、独りでもやっていけていたんだ。だから、あそこで死にかけた。やっていけなくなったとき、頼れる人も場所もなく、ただ独りで。
「う、うえっ。うわああああああああん! 痛かった、怖かったよぉ……! い、嫌だって言ったのに、や、やれって。それでも嫌って言ったらゆ、指を」
「もういい」
最初は単なる好奇心だった。次には拾った責任感、今はただの同情。自分のほうがまだマシだからという上からのゲスな感情だ。
それでも、その卑怯な考えでも誰かを助けられるなら。
「もう、我慢しなくていいんだ」
腕の中で泣く、この子を助けようと、そう思った。