第七話 「宮廷にご招待!?」
あわや攫われてしまうところを王子様に助けてもらった後、私はその彼と静かなカフェに来た。
その道中でも少し話を聞いたけど、彼は秘薬作りの魔法薬師を探してコズミックの町に来たらしい。
家臣の人たちも町で私を探していたようで、今は馬車の停留所で待っているとのことだ。
いつの間にかそんな呼ばれ方をされていることに恥ずかしさを覚えていると、席についてすぐにレグルス様が言った。
「単刀直入に言わせてもらう。宮廷に来る気はないかい?」
「えっ?」
宮廷。
その言葉に少しだけ胸を刺される。
前にいた宮廷からは、ひどい追い出され方をしたものだから。
「宮廷薬師として君を迎え入れたいと思っているんだ。もちろん高待遇を約束するよ」
「ど、どうして私を……?」
「それだけ君のポーションは規格外の性質なんだ。千切れた手脚を再生する。失った部位を復元できる。奇跡を引き起こせる秘薬と言っても過言じゃない」
次いでレグルス様は自分の目を押さえて、柔らかな笑みを浮かべる。
「僕の目も、魔物との戦いによって完全に失われたはずだったんだ。でも君のポーションを飲んだら、この通り完璧に復元された。君のおかげで僕は、次期国王としてこの国の行く末を見届けることができる」
血染めの冷血王子が戦いで重傷を負ったというのは、噂で少し聞いたことがある。
その傷を私のポーションで治したってことか。
僅かにだけど私のポーションは行商人の手にも渡っているし、そこから仕入れたのだろう。
「だからその力を見込んで、是非君の魔法薬作りを宮廷側で援助させてもらおうと思ってね」
「援助、ですか……?」
「宮廷薬師とは言っても、窮屈に宮廷に縛りつけるわけじゃなく、基本は君の自由に活動をしてもらって構わない。何か要望があればこちらが最大限それを叶えるし、少なくないほどの給金も約束させてもらう。ただその代わりに、王国騎士団の方にも少し君のポーションを分けてもらいたいんだ」
「そ、それだけですか?」
ポーションを少し分けるだけで、そんな高待遇を受けてしまってもいいのだろうか?
至れり尽くせりで逆に怖いんですけど。
「どうやらまだ、自分の価値を正しく理解できていないみたいだね」
「そう、みたいです。自分のポーションに、本当にそれだけの価値があるなんて……」
「君がいるだけで救われる国民が大勢いる。手脚を失くして苦しんでいる人。一生ものの傷を背負って悩んでいる人。僕だって君に助けられたその一人だ。だから君の魔法薬作りを支援することは、実質この国のためにもなるんだよ」
そしてレグルス様は、運ばれてきた紅茶を一口啜って、一拍置いてから続けた。
「何より君、このままだったらまた人攫いか、君を利用しようとする悪党どもに狙われるだろ」
「うっ……!」
「だから宮廷薬師として君を迎え入れるのは、君を保護するためでもある。貴重なその力を守るために、是非宮廷に来てもらいたいって思っているんだ」
確かにあんな目に遭うのはもう御免だ。
だから保護してもらえて、しかも活動を支援してくれるというのならすごくありがたい。
それにアース王国の宮廷と言えば、世界的に見ても美しい外観をしていると聞いたことがある。
根なし草の私なんかがそんな場所に雇ってもらえるなんて願ってもない話だ。
ただ、一つだけ懸念があった。
「あ、あの、宮廷入りの件は是非とも引き受けさせていただきたいんですけど、その前に一つお願いをしてもよろしいですか?」
「んっ、何かな?」
「王子様の紹介で、上流階級の集まる社交界とかに参加させてもらえないかなと思いまして……」
「社交界? それは別に構わないけれど、差し支えなければ理由を教えてもらえるかな?」
「私の実家はヴィーナス王国にあり、色々な事情があって経営難に陥っています。将来のことも見越して、良家との繋がりを作っておきたいと常々考えておりまして」
おそらく宮廷にはかなりの高待遇で招かれると思う。
たぶん魔法薬の売り上げも丸々私の懐に入って来るだろうし、その上で宮廷から給金も出る。
しかしそれでも実家を助けられるほどの稼ぎではないだろう。
あの貧乏伯爵家を救うには、やはり良家の子息と良縁に恵まれて、長期的な経済支援を受ける必要がある。
そう思って王子の伝手で社交界に参加させてもらおうと考えたのだが……
「なら、僕と結婚しようか」
「…………はっ?」
「アース王国の第一王子の僕が、君と婚約すれば実家の問題は解決だろ。わざわざ社交界に参加するまでもない」
王子と結婚……?
何かの冗談とかですか?
いや、レグルス様は至って真面目な顔をしている。
確かにそれが叶って実家を助けてもらえたら、問題は解決しますけど。
「そ、そんなに勝手に決めてしまってよろしいのですか? 王族の婚姻、それも王位継承権を有する第一王子の婚姻ともなると、王国の行く末に直結するものになります。現国王の意向も伺っておりませんし……」
私は戸惑いながら、目の前の王子の顔色を窺って尋ねた。
「な、何より、レグルス様のお気持ちというのもあるではないですか。ですのであまり簡単に決めてしまうのは……」
「僕は一向に構わないと思っているよ。と言うかむしろ、僕は君と結婚したいと思っている。切実にね」
「えぇ!?」
なんで!?
しかも切実に結婚したいって、そんなの……
「そ、それではまるで、レグルス様が私のことを好いているみたいに聞こえるのですが……」
「んっ? そう言っているつもりなんだが」
「……???」
頭の中が疑問符で埋め尽くされてしまった。
レグルス様が私のことを好き?
何かの間違いではなくて?
むしろ逆に『なんで好かれていないと思っていたんだい?』と言いたげな顔でこちらを見ている。
血染めの冷血王子に好いてもらう理由がまったく思い当たらないんですけど。
「僕は君のポーションに救われた。深い暗闇の中から救い出してくれて、再び前を向かせてくれた。そんな恩人に対して感謝以上の気持ちが湧いても不思議じゃないだろ。それに実際に見た君は想像以上に可憐で美しく、恩人ではなく妻として迎え入れたいと思ってしまった」
……恥ずかしいから、あまり過剰に褒めないでほしい。
理由を求めるような顔をしていた私も悪いんだけど。
「宮廷に迎え入れたいというのも、実益のためだけではなく半分は個人的感情も含まれている。君をこれ以上、危険な目に遭わせたくない。安全な宮廷に囲っていたい。伸び伸びと好きなことをしてもらいたい。そしてその姿を、僕は一番近くで見守りたいと思っているんだ」
「……」
か、過保護すぎる……!
あまりに私に都合が良すぎて言葉が出てこなかった。
本当にこの人は、私のことが好きなんだ。
これだけ真っ直ぐに熱い感情を向けられたことがないから、反応に困ってしまう。
ただ、悪い気はまったくしなかった。
むしろとても心地がよくて、この人からの熱い気持ちをもっと感じていたいような……
「それとも、第一王子という地位だけでは不足かい?」
レグルス様はおもむろに手を差し伸べてくる。
美しい宮廷に高待遇でご招待。
それも超絶過保護な王子様との婚約付き。
断る理由など、いったいどこにあろうというのか。
私はレグルス王子の手を取って、新しい居場所を手に入れたのだった。
過保護な王子に甘やかされつつの、自由気ままな宮廷生活が始まります。