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第六話 「私のポーションおかしくない?」


 私のポーション、なんかおかしくない?

 そう気付いたのは、開店から三日目のことだった。

 その日のポーションがすべて捌き切れて、露店の後片付けをしている最中のこと……


 突然大勢のお客さんが押し寄せて来た。


『もうポーションは売り切れてしまったのか!?』


『頼む! 今すぐに新しいポーションを作ってくれ!』


『一つ1万……いいや、10万テルスでいいからよ!』


 みんな目の色を変えてポーションを買い求めに来て、私は思わず面食らったものだ。

 聞けば、ある冒険者パーティーの話がギルドに流れたのがきっかけらしい。

 魔物との戦いで仲間の一人が重傷を負い、右腕を落とされてしまったとのこと。

 そして止血のために私のポーションを飲んだところ……


 なんと、千切れた腕が再生したそうだ。


 普通のポーションであれば、千切れた腕は元に戻らずただ傷口を塞ぐだけのはず。

 しかし私のポーションは、欠損した部位を完璧に再生させることができたらしい。

 その事実に、製作者の私が一番びっくりしてしまった。

 まさかそこまでの治癒効果が秘められているなんて。

 ただ、それほどの効力が宿った理由に、少しばかりだけど心当たりはあった。


 おそらくだが、『聖女の魔力』が原因ではないかと思う。

 というかそれ以外に思いつかない。

 唯一治癒魔法を使うことができる白魔力が、ポーションの効力を大幅に活性化させた。

 それで腕を生やすほどの治癒効果が宿ったんだと私は考えている。

 とにかくあの日以来、私の露店には大勢の冒険者がやって来るようになった。

 あまりにも私のポーションを求める人が多いため、ギルドから値段の見直しを要求されたり、商店通りの端からもっと広いスペースに露店を移動するように言われたり……

 とりあえず値段を1万テルスに変更して、客足はひとまずの落ち着きを見た。

 ただそれでも、大枚を叩いてポーションを買い求める人はまだ多く、私はこの一週間でかなりの売り上げを叩き出したのだった。


「聖女の魔力に、こんな力が隠されていたなんて……」


 ただ治癒魔法が使えるだけの魔力じゃなかったんだ。

 すごいポーションを作れて、反響を呼ぶことができて、お金もそれなりに稼ぐことができた。

 自分の価値をみんなに認めてもらえたような気がしてとても嬉しい。

 そんなこんなで感触がよかったため、私は引き続きこの町でポーションを売ることにした。

 一週間は宿屋にこもってポーション作りに専念し、数を揃えてからまた出店許可をもらいに行く。


「いつかは自分のお店とか持てたりするのかなぁ……」


 そんな妄想をしながら、商業ギルドに向けて足を進めていると……

 近道の小道に入ったところで、目の前に黒ずくめの人物が現れた。


「……?」


 人がすれ違うのがやっとの道なので、私は端に寄って避けようとしたが、その人物は動かない。

 まるで私の行く先を塞ぐかのように佇んでいる。

 何か嫌な予感がした私は、すぐに踵を返して大通りに戻ろうとした。

 だが……


「えっ?」


 すぐ後ろにも同じような黒ずくめの人物がいて、いきなり二人に口と腕を押さえられてしまった。


「んぐっ……! んー!」


「おい、こいつだろ。例の秘薬作りの魔法薬師」


「あぁ、さっさと運んじまうぞ」


 黒ずくめの男二人は短いやり取りののち、手際よく私の手脚を縛って口に手巾を詰めてきた。

 そのまま流れるように大きな麻袋を取り出して、その中に私を入れようとする。

 まさか人攫い? でもこんな町の真ん中で?

 いくらなんでもリスクがありすぎるし、無理をしてまで狙うほどの価値なんて私には……


「悪いな、これからは俺らの指示で秘薬を作ってもらうぞ」


「あのとんでもねえポーションの出処を押さえちまえば、莫大な儲けは全部俺らのもんだ!」


「……」


 そうか、こいつらが目を付けたのは私ではなく、私が作るポーションだ。

 ポーションが高値で売れていることを知って、出処である私を押さえに来たらしい。

 そんな不届きな連中の言いなりになってたまるか!

 逃げることも叫ぶことも叶わなかったが、私は暴れることで麻袋に詰められるのを凌いだ。

 しかしやがて、痺れを切らした男が剣を抜き出す。


「おい、これ以上暴れるようなら容赦しねえぞ。どうせポーションで治るんだ、腕の一本くらい落としても問題ねえよな」


「……っ!」


 思わず血の気が引いて、私は暴れることをやめてしまった。

 こいつら、本気だ。

 冗談なんかじゃなく、本気で腕の一本くらいは問題ないという目つきをしている。

 あまりの恐怖心で身動きができなくなり、私はただ彼らに身を委ねることしかできなかった。


(誰か……誰か助けて!)


 刹那――


「そこで何をしているのかな?」


「あっ?」


 私の心の叫びを聞き届けてくれたかのように、一人の青年が私たちの前に現れた。

 力強さと優しさを感じる黒目に、そこに僅かに掛かるほどの黒髪。

 透き通るような白肌にはシミの一つもなく、顔立ちも大層整っている。

 年の程は二十代前半かそこらだろうか。

 羽織っている白コートや装飾品は上等なものに見えるが、本人は全体的に線が細長く、肉付きはやや悪く見える。

 それでも、例えようのない気迫みたいなものを感じた。

 この人はいったい……


「見たところ人攫いのようだから、町の治安のためにも拘束させてもらうよ。大人しく投降するなら手荒にはしないけど」


 人数的にも不利。体格的にも劣って見える。

 それでどうしてこんなにも余裕そうにしているのか。


「なんだてめえ? 邪魔するってんならてめえも容赦しねえぞ」


「つーかここまで見られて、ただで返すわけねえだろ。てめえも一緒に来い」


「んー! んー!」


 黒ずくめの一人が青年に近づいて行き、私は思わず『逃げて!』と叫ぼうとした。

 この黒髪の青年では、人攫いの彼らに敵うはずがないと思ったから。

 しかし青年は……


「まだ病み上がりで本調子ではないんだけど、仕方ないね」


 呆れたように肩をすくめて、サッと右手を構えた。


「【氷の薔薇(グラシエス・ローザ)】」


「――っ!?」


 刹那、彼の右手に青い魔法陣が浮かび上がり、中から“氷の茨”が放たれた。

 凄まじい勢いで伸びたそれは、瞬く間に黒ずくめの男に絡みつく。

 男の体は氷の茨によって凍結し、完全に身動きが取れなくなった。

 驚異的なまでの魔法の操作精度。しかも使い手がほとんどいない氷魔法をこの次元で扱えるなんて。


「な、何者だ、てめえ……!」


「これでも多少は顔が知られていると自負していたけど、まだまだ威厳が足りないみたいだね。レグルス・レオ、と言えば伝わるかな?」


「レ、レグルスだと!?」


 男二人はその名前を知っているかのような反応を示す。

 それどころかその名前を聞いて、二人は途端に声を震わせ始めた。


「ど、どうしてお前が、ここにいやがる……!」


「血染めの冷血王子は、目を失って療養中のはずだろ!」


「……っ?」


 血染めの冷血王子って、確か……

 アース王国の第一王子の異名だったはず。

 世界で初めて黒魔力を発現させた規格外の魔術師。

 敵国の兵士に慈悲はかけず、返り血に塗れたその姿からそんな異名が定着したとか。


「まあ、まだ正式に公表はされていないけど、こうして無事に目が回復したんだよ。で、その関係である人物を探しにこの町に来たんだけど……」


 不意に冷血王子の視線が、私の方に向けられる。


「奇縁なことに、今まさに君たちが攫おうとしているその少女が、僕が探している人物と特徴が一致するんだ」


 わ、私?

 なんで王子様がわざわざ私のことを探しに来たんだろう?


「とにかくそういうわけだから、なおのことこの場を見過ごすわけにはいかないんだ。彼女を解放してもらうよ」


「う、うるせえ! そこから一歩でも動いてみろ、この女がどうなっても……」


 残っている人攫いの一人は、私に剣の先端を向けて怒号を飛ばした。

 冷血という噂が本当なら、私の命など顧みずに魔法を撃つんじゃ……

 そんな不安が脳裏をよぎった瞬間、地面から氷の茨が飛び出してきた。


「なっ――!?」


 不意なその攻撃に男は反応できず、手脚を絡め取られて氷漬けにされる。

 王子様は足でも魔法を発動させて、氷の茨を地中に走らせていたみたいだ。

 おかげで私は傷の一つも付けられることはなかった。


「君たちはこのままここで、衛兵が来るのを凍えながら待っているといい」


 次いでレグルス様は、私の口から優しく手巾を取り出して、そっと縄を外してくれた。


「怪我はないかい?」


「は、はい、大丈夫です」


「というか、もし怪我をしていても、君は自分のポーションで治せるんだったね」


「私のことを、ご存じなんですか?」


「あぁ、先ほども言ったけど、僕は君に会いにこの町に来たんだ。でもまさか、攫われそうになっている場面に遭遇するとは思わなかったけど」


 確かに探していた人物を見つけたと思ったら、攫われそうになっていたなんて奇縁だ。

 その時、大通りの方からガヤガヤとした喧騒が聞こえてきた。

 どうやら騒ぎを聞きつけて、町の人たちが集まって来たらしい。


「ここだと少し騒がしいね。この男たちを衛兵に任せた後、場所を移して話をさせてもらってもいいかな? 時間はそんなにとらせないから」


「は、はい」


 私としても助けてもらったお礼をしたいので、改めて話す機会を設けることにした。

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