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第三十五話 「聖女の私は成長できました」


 聖女誘拐の事件が解決して、早くも二週間が経過した。

 私は宮廷に戻って来て、またのんびりとした生活を送っている。

 気ままにポーションを作ったり、ハーブ栽培の勉強をしたり、宮廷内を散歩したり。

 ついこの前、あれだけの事件に巻き込まれたのが嘘みたいな平穏さだった。


 あれから聞いた話だと、ハダルの罪は正式に認められたらしい。

 そしておそらく死刑、よくても終身刑が科されるとのことだ。

 父のリギル国王や兄のプロキシマ様も、彼を庇いはしなかったとのこと。

 王家の人間だからと甘やかさず、きっちり咎人として対応するらしい。

 カペラについても無断で魔物を持ち出した罪で、何かしらの罰が与えられるようだ。


 ハダルの従者のリンクスに関しては、あまり詳しい話は聞けていない。

 ハダルの指示で誘拐事件に加担していたので、処遇を決めるのが難しいとは聞いた。

 おそらく軽い罰を受ける程度だろうとレグルス様は言っていたけど、リギル国王が気を利かせるようなことも言っていたので詳細は定かではない。

 リンクスの心情を知っている身としては、罪が免除されることを祈るばかりだ。

 ちなみに私を気絶させて宮廷から連れ出そうとしたアルネブについては、完全に無罪となった。

 とまあ、このような感じで事件は緩やかに終着に向けて動いている。


「……ふぅ、これで終わりっと」


 そして私は今日も今日とて、王国騎士団のためにポーション作りに励んでいた。

 ノルマの数も自分から増やすように話を通して、今では日に三十個を騎士団に納品している。

 自分で販売する分もきちんと作っていて、またまた魔力の成長を人知れず実感していた。

 ポーションを作り始めた時は一日で二十個くらいが限界だったのにね。

 今では六十個近くを余裕を持って作れるようになっている。

 ポーション製作は確かに疲労も溜まるけど、それ以上に楽しくてやりがいがあるので作る手を止めることができないんだ。

 そんな私の熱意と、騎士たちが素材を集めて来てくれるこの環境が、私をここまで成長させてくれた。

 感謝してもし切れない。


「お疲れ、スピカ」


「あっ、レグルス様」


 その日のポーション製造が終わった段階で、ちょうどレグルス様が研究室へとやって来た。

 納品物を受け取りに来たらしい彼にそれを渡し、今日の仕事が完了する。

 午後の時間がだいぶ余ってしまったので、これからの予定に困るところだけど、レグルス様がその悩みを聞き届けたかのようにあることを教えてくれた。


「アルネブと妹のハミルが顔を見せに来ているよ。改めてスピカにお礼がしたいんだってさ」


「そういえばそんな話をしていましたね」


 ハミルの呪いを治して赤月の舞踏会へ送り出した時、後日お礼を伝えに行くとアルネブが言った。

 その言葉の通り、私たちが宮廷にいるタイミングを見計らって今日来てくれたらしい。

 レグルス様に案内されて応接間に向かうと、そこには兄妹の姿があった。


「その節は大変お世話になりました。それと改めて聖女様に謝罪をと」


「いえいえ、元は私側が巻き込んでしまったみたいなものですから」


 とは言ってもアルネブはぺこぺこと頭を下げてきて、さらにはお礼の品もたくさん渡してくれた。

 随分と罪悪感を抱えていたらしい。

 アルネブもアルネブで妹さんのために仕方なく命令を聞いていただけなので、罪はないと私は思っている。


「こうしてハミルも元気にしていただき、本当にありがとうございます」


 次いで彼はハミルの肩に手を置いて、『ほらっ、聖女様にお礼を』と促した。

 ハミルは恐る恐るといった感じで僅かに前に出て来て、おもむろに小さな頭を下げる。


「聖女様、ありがとうございます」


「いいえ、どういたしまして」


 なるべく柔らかい声音でそう返すと、ハミルはどこか安堵したように笑みを浮かべた。

 どうやら人見知りな性格だったらしい。

 その後、アルネブが言葉を紡ぐ。


「聖女様のおかげで、なんとかハミルに赤月の舞踏会を見せてやることができました。ずっと憧れていた舞台で、少しは踊ることもできて、本当に感謝しています」


「それならよかったです」


 ハミルの呪いを治してから、二人を赤月の舞踏会に送り出したけれど、無事に間に合っていたみたいで何よりだ。

 ハミルは舞踏会をとても楽しみにしていて、一週間も早く王都に来ていたっていうくらいだし。

 この国に住む令嬢なら、誰だってあの舞踏会で踊ってみたいって思うよね。


「……」


 その時、私は不意に思い出す。

 そういえば私、あの舞踏会で……


「では、あまり宮廷に長居してもあれですので、俺たちはこれで」


 そう言って、アルネブ兄妹は宮廷を去って行った。

 それから私は研究室へ戻ろうかと思ったけど、レグルス様と応接間を出たタイミングで彼に声を掛ける。


「レグルス様」

「スピカ」


 私とレグルス様の声が、思いがけず重なってしまった。

 二人して呆然と顔を見合わせてしまう。

 なんともタイミングのいいことだ。


「レ、レグルス様が、お先にどうぞ」


「そうかい。なら先に言わせてもらおうかな」


 そう促してみると、どうやら彼も私と同じことを考えていたみたいだ。


「赤月の舞踏会で一緒に踊る約束をしていたのに、色々あって僕たちは踊れていないよね、って言おうとしたんだ」


「わ、私も同じことを言おうとしていました」


 そう、私たちは赤月の舞踏会で踊れていない。

 婚姻発表を終わらせてから踊ろうと約束をしていたのに、誘拐事件のことなどがあって踊る暇がなかったのだ。

 それに私は、レグルス様に自分の気持ちを伝えることもできていない。

 自分に自信を持つことができたから、赤月の舞踏会で正直な気持ちを伝えると覚悟をしていたのに。

 せめて少しは踊りたかったですね、と他愛のないことを告げようとした時、レグルス様から唐突な話を持ちかけられた。


「でさ、一つ提案があるんだけど、今から宮廷劇場へ行かないかい?」


「えっ?」

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