第三十四話 「ポーション技術の発展で……」
久しく見る元婚約者の顔は、悔しさのあまりかひどく歪んでいた。
その表情が彼の関与を実質的に裏付けている。
ヴィーナス王国の第二王子、ハダル・セント。
私との婚約を破棄し、宮廷から一方的に追い出した張本人。
それについては今さらどうこう言うつもりはない。
私が今怒りを覚えているのは、もっと別のことだ。
「いったい全体なんだというのだこれは……! 第二王子に対してこの仕打ち、打ち首にされても文句は言えんぞ!」
ヴィーナス王国の騎士たちに拘束されているハダルは、怒りの形相で喚く。
ここに私とリンクスがいるため、なぜ自分が捕まったのかは充分に理解しているはずだが、どうやらしらばっくれるつもりらしい。
もちろんそれを許すはずもなく、この国にまでついて来てくれたレグルス様も同じ気持ちを抱いていた。
「この期に及んでまだ惚けるつもりか」
「だ、誰だ貴様は……!」
「これは申し遅れたね。僕はアース王国の第一王子レグルス・レオという者だ」
「アース王国の王子、レグルスだと……!」
さすがに現代最強の魔術師と名高いレグルス様の名前は知っているらしい。
一緒に連れて来られた侯爵令嬢カペラも、目の前の騎士がレグルス様だと知って呆然としていた。
「先日、あなたの従者であるリンクス・アルシャウカが、うちの宮廷で雇っている聖女スピカを拐おうとした。聞けばあなたの指示で実行したとのことだが」
「デ、デタラメを言うな! 俺は何も知らない。従者が勝手にやったことだ」
予想通りの返しをしてくる。
やはりこの男は、リンクスが独断で犯行に及んだことにして、自分だけは罪から逃れようと思っているらしい。
けど、それはもう無駄なことだ。
「彼はすべてを話してくれたよ。スピカを婚約破棄して多額の慰謝料が発生し、その支払いであなたは私財のほとんどを失った。そしてスピカに秘薬作りの才能があることを知ったあなたは、再び彼女を連れ戻して莫大な利益を独占しようとしていたらしいじゃないか」
「さっきからいったい何を言っているのだ! 確かに俺は私財のほとんどを失ったが、今さら聖女などに用はない! 主人である俺に罪を擦りつけようとは、とんだ愚かな従者だな!」
ハダルの怒りの視線がリンクスに向けられる。
それを受けても彼は相変わらず人形のように動じることはなく、どこか憐れむような目で主人を見ていた。
「兄上! この愚か者たちの言うことはすべて虚言です! 金に目が眩んだ従者が独断で悪事に手を染め、その罪を主人の俺に被せようとしているのです!」
それでもハダルは抵抗をやめず、兄の第一王子プロキシマ様に抗議の声を上げる。
プロキシマ様は眉の一つも動かさず、謁見の間の光景を壇上から静観していた。
弟の助け舟を出す様子は微塵もない。
逆にレグルス様が、ハダルに追い討ちを掛けるように懐からあるものを取り出した。
「これを見ても、まだ同じことが言えるかい?」
「――っ! そ、それは……」
複数枚ある手紙の束。
それを見たハダルは顔色を青に変えた。
「これはあなたが従者への連絡のために送った文書らしいね。お兄さんにも確認をとってもらったけど、筆跡もあなたのもので間違いないそうだよ」
「リ、リンクス……!」
「……」
いよいよ確定的な証拠が出されて、ハダルはリンクスを睨みつける。
その視線には疑念の感情も含まれていて、ハダルはリンクスに問いかけた。
「な、なぜだリンクス……! あれだけ従順だった貴様が、なぜ……」
ハダルの言うことには絶対服従。
操り人形のように彼の命令には頷くばかりだったリンクス・アルシャウカ。
そんな彼が初めて自分の指示を無視したことに、ハダルが疑問を覚えるのは当然のことだろう。
だから私は情けをかけるように、少し得意げになって話した。
「どうしてリンクスがあなたの関与を明かしたのか、不思議に思っているみたいね。私もあなたと同じ手を使わせてもらったのよ」
「な、なんだと……?」
私の言葉に、リンクスが続いてくれる。
「リギル国王様の“呪い”を治していただきました」
「はっ?」
「聖女の治癒魔法でリギル国王様の呪いを治してほしくば、真実をすべて話せと言われましたので、私はその話に乗って……」
「ま、待て。治癒魔法で呪いを治す、だと? 貴様はいったい何を言って……」
そもそも前提の話から頭に入って来なかったようだ。
治癒魔法で呪いを治せる、ということについて。
「かつていた大聖女ザニア様は、その規格外の治癒魔法で呪いも治すことができたの。そして私もポーション作りを通して魔力が成長して、呪いを治せるまでになったのよ」
「……」
ハダルはそれを聞いて言葉を失う。
初めて今の話を聞いた周りの近衛騎士たちも、驚いた顔で私の方を見ていた。
やはりザニア様の話はそこまで広く伝わっていないみたいだ。
まあ、直にこれらの話も世界的に知れ渡ることだろう。
今はそれについてはいいとして……
「私はその呪いを治す力を使って、リンクスにある話を持ちかけたのよ。彼が真に敬愛するリギル国王様の呪いを解く代わりに、今回の事件の真相についてすべて明かしなさいってね。呪いを脅しに使ったあなたと同じように」
リギル国王様は幼少時に魔物から呪いを受けている。
その影響で度々治療院に運ばれていて、私もこの宮廷にいた時はその姿を何度も目にした。
だからその呪いを解く代わりに、真実を話すようにリンクスに話を持ちかけたのだ。
あの方を敬愛しているリンクスなら、きっとこの話に乗ってくれると思ったから。
その思惑通り、彼はすべてを明かしてくれて、ハダルの関与が浮き彫りになった。
ちなみに王様は体力回復のために治療院で静養中である。
「私は王家に対して、特にリギル国王様には多大な恩義があります。ですからあの方が呪いの苦しみから解放されるのなら、それが一番だと思って……」
「貴様は俺の従者だろ! 俺の言うことだけに従うのが務めのはずだ!」
端からその認識が間違いであることに、ハダルは気が付いていない。
リンクスはあくまでリギル国王の名誉のためにハダルの言いなりになっていただけだ。
彼の欲を満たすためではなく、王家から咎人を出さないために自分で罪を被ろうとしていた。
最初からハダルに服従していたわけではない。
それがわかっていたから、私は今回の交渉に打って出たんだ。
結果的にリギル国王の実子から犯罪に手を染めた者を出すことになるから、断られてしまう可能性もあったけれど、それ以上に王様の体の心配が優ったらしくリンクスは交渉を受け入れてくれた。
「私はハダル様の従者ではありますが、それ以前にリギル国王様を敬愛する者の一人です。私にだって意思がある。真に従うべきは己自身の意思なのだと、スピカ様に教えていただきました」
「スピカァ……!」
ハダルの怒りの視線が今度はこちらに向けられる。
「貴様さえ……貴様さえ、大人しく戻ってくれば……!」
失った私財を取り戻すことも、莫大な利益も独占することができたはずなのに。
とでも言いたいのだろうけど、私がこの男の元に自分から戻るはずがない。
一方的に婚約破棄と宮廷追放を言い渡してきて、散々罵声を浴びせてきた。
さらには私利私欲のために私を拐おうとして、関係のない人まで巻き込んだ。
そのあまりの自分勝手さに怒りを感じているのは、こっちの方なんだ。
「すべてあなたの思い通りになると思ったら大間違いよ、ハダル・セント!」
「――っ!」
ハダルはその言葉で心が砕けたのか、おもむろに大理石の床にへたり込んだ。
そこに兄のプロキシマ様が歩み寄る。
「我が愚弟ハダルよ。貴様を此度の脅迫事件の首謀者として拘束し、強制調査を執り行う。同じくカペラ・ラビアータも生家の研究所から魔物を盗み出した疑いで拘束する」
そうまとめてくれると、次いでプロキシマ様はハダルの胸ぐらを掴んだ。
ぐっとハダルの体を持ち上げたかと思うと、閃くような速さで頬に拳を叩き込む。
「ぐっ……!」
ハダルは衝撃で床に倒れて、しばらく痛みに悶えていた。
プロキシマ様はその姿を見下ろしながら、最後に冷たい声音で告げた。
「王家の面汚しが……! 父とこの私の顔にも泥を塗りおって……! ただで済むとは思わぬことだな」
「あっ……がっ……!」
その後、謁見の間には、しばしハダルの呻き声だけが虚しく響いていた。




