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第三十三話 「聖女の帰還」(ハダル視点)


 ヴィーナス王国の宮廷内部。

 その自室にて、第二王子ハダルは婚約者のカペラと体を寄せながら静かな時間を過ごしていた。

 彼の部屋は現在、ソファやベッドといった必要最低限のものしか置かれていない。

 趣味で収集していた絵画や骨董品の数々は、婚約破棄によって発生した慰謝料の支払いですべて売り払われている。

 少し前と比べるとかなりみすぼらしい部屋になってしまったが、それでもハダルは余裕の笑みを浮かべていた。


「ハダル様、わたくしはお役に立てましたでしょうか?」


「あぁ、もちろんだよカペラ。君のおかげで俺は失ったものを取り戻すことができる」


 そう言ってハダルは、ソファで隣り合って座っているカペラの肩を寄せる。

 カペラの生家はラビアータ侯爵家といい、国境付近の防衛の傍ら魔物研究を行っている。

 特別に魔物の飼育や保有を許されており、代々魔物の生態調査によってヴィーナス王国に貢献している。

 カペラはそんな生家のラビアータ侯爵家の研究所から、一匹の魔物を無断で持ち出した。

 目玉にコウモリの羽が生えたような小さな魔物で、戦闘能力はほとんどないが、強力な“呪い”を扱うことができる。

 ハダルはその魔物を利用し、聖女スピカを取り戻す計画を立てた。


(この魔物を使えばある程度の人間は言いなりにできる。そしてスピカを呼び戻し、奴も完全に俺の木偶にする)


 ハダルは聖女スピカを婚約破棄し、宮廷から追放したことで私財のほとんどを失った。

 しかしそれらを取り戻す方法はまだ残されている。

 それこそが『聖女スピカの誘拐』。

 聖女の秘薬の話を聞いて以来、ハダルはずっとスピカを取り戻したいと考えていた。

 彼女の治癒ポーションさえ独占できれば、莫大な利益もすべて自分の懐に入ってくる。

 売り払ったものを買い戻せるだけでなく、聖女を呼び戻した功績で失墜した信頼も回復できるので、ハダルがスピカを狙うのは当然の成り行きだった。


(しかし奴もまた面倒な場所に身を潜めおって……)


 スピカの所在が隣国のアース王国の宮廷だと判明した時は驚いた。

 同時に連れ戻すことが非常に困難だとハダルは諦めかけた。

 アース王国の宮廷の警護は厳重で、加えてスピカは優秀な護衛たちに守られている。

 しかし赤月の舞踏会で部外者が宮廷に立ち入ることができると聞いて、ハダルは悪魔的な方法を思いついた。

 参加者の誰かを呪いで脅迫し、代わりに誘拐を実行させる。

 万が一失敗した場合は尻尾を切って自分だけ逃げることもできる。

 そもそもすべての作戦は従者のリンクスが行っているので、ハダルの関与が発覚するはずもなかった。


「すべてを取り戻したら、二人でどこか旅行へ行こう。行きたい場所を決めておいてくれ」


「はい、ハダル様」


 再び二人は肩を寄せ合う。


(それにしても、リンクスの奴はまだ戻って来ないのか)


 赤月の舞踏会から今日で一週間。

 従者のリンクスからはまだ連絡が来ていない。

 聖女が行方不明になったという話も流れて来ていなかった。

 スピカの誘拐に成功すれば、たちまち彼女が行方知れずになった噂が広まるはず。

 それについては『自らの意思でここに帰って来た』とスピカに言わせるつもりなので問題はないが。

 そもそもその騒ぎさえいまだに起きておらず、ハダルは人知れず奥歯を噛み締めた。


(よもやリンクスめ、しくじりおったか……!)


 聖女の誘拐に失敗したならば騒ぎが起きていないのも不思議ではない。

 ただそれならリンクスの方から連絡があるはず。

 それ自体ないとすると、リンクスが捕縛された可能性が高い。

 まあ、それも別に大した問題ではない。

 奴も切り捨ててしまえばいいだけだ。


 リンクスは完全にハダルの言いなりで、今回の誘拐話を持ちかけた時も嫌な顔一つせず頷いた。

 もし失敗した際はすべての罪を被って裁かれると快諾もしてくれた。

 後は自分が、『従者が勝手にやったことだ』と言えば関与の証明はできなくなる。

 自分の身に危険が降りかかる可能性は微塵もありはしない。

 ただ本音を言えば、今回の赤月の舞踏会で聖女スピカを連れ戻したいところではあった。

 アース王国の宮廷内に居座り続けているスピカを連れ去るのは、このような機会しかないだろうから。


(まあいい、焦る必要はない。じっくりとまた機会を窺うとしよう)


 ハダルは密かに不気味な笑みを浮かべると、スピカの姿を思い出しながら呟いた。


「……どんな手を使ってでも取り戻してやるぞ、スピカ」


 そして彼は自室に、甲高い笑い声を響かせた。


 その時――


「ハダル・セント!」


「――っ!?」


 突然、部屋の扉が勢いよく開けられた。

 そこから続々と騎士たちが入って来る。

 ハダルとカペラはソファから跳ねるようにして立ち上がり、困惑した様子を見せた。


「お、王国騎士? 揃いも揃っていったいなんの用だ? 俺は休息中なんだ、今すぐにここから立ち去……」


 と、言いかけると、王国騎士の一人がその言葉を遮った。


「第二王子ハダル・セント。貴様には聖女誘拐を企てた容疑が掛けられている!」


「な、なんだとっ!?」


「大人しく我々について来てもらおう。カペラ・ラビアータ、貴様もだ」


「な、なぜですの!」


 そう告げるや、王国騎士たちは手早く二人に錠をかけた。

 そして訳がわからないまま二人は謁見の間まで連行される。

 とぼける暇もないくらいいきなり連れ出されて、ハダルは混乱することしかできなかった。

 しかし、謁見の間の光景を見たハダルは、自ずとすべてを悟る。


「リ、リンクス! それに……スピカ!?」


 そこには宮廷の近衛騎士たちと兄のプロキシマだけでなく、自らの従者と元婚約者のスピカ・ヴァルゴの姿があった。

 そして見覚えのない男たちも一緒に並んで立っている。

 リンクスが命令通りにスピカを誘拐して来た、という感じではない。

 聖女誘拐の容疑を掛けられたことからも、二人が一緒にいる理由については察することができた。


(リンクスの奴、まさか裏切ったのか……!)


 あまりにも信じられない。

 よもやあの従順だったリンクスが寝返るなど。

 何かの間違いではないかと淡い期待をしたが、リンクスの一言によってハダルは絶望の底に叩き落とされた。


「……私はすべてを話しました、ハダル様」


「――っ!」


 リンクスの隣に視線をやると、スピカが鋭い目つきでこちらを見据えていた。

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