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第三十二話 「聖女の覚醒」


 リンクスを拘束した後。

 私たちは酒場跡を離れて、アルネブの妹さんが眠る宿部屋までやって来た。

 レグルス様とカストル様もついて来てくれて、リンクスも二人によって拘束されたままである。

 なぜ彼らにまでついて来てもらったのかというと、一応リンクスにも妹さんの容体を見てもらおうと思ったからだ。

 それで心を変えてくれたら一番話が早いと思ったけれど、彼は苦しむ妹さんを見ても目を逸らすだけだった。


 罪悪感はあるように見えるけど、考えを変えるつもりはないらしい。

 ここまで来たら徹底してハダルのことを庇う気なんだろう。

 まあ、そっちがその気なら別に構わない。


「それで、どうしてまたこの部屋に来たんだいスピカ? アルネブの妹に何か用でも……?」


「はい、少し試してみたいことがあります」


 私は再びハダルへの怒りを思い出して白魔力を可視化する。

 私の体の中には今、可視化できるほどの強い白魔力が宿っている。

 そしてかつて別の国にいた『大聖女』様は、強力な治癒魔法で呪いすら打ち消していた。

 もしかしたら今の私なら、大聖女様と同じことができるんじゃないかな。

 歴代でも最大の白魔力の持ち主と謳われた彼女と並べたとは思っていないけど、試してみる価値はある。


「はぁ……はぁ……!」


「……」


 ハミルの容体は芳しくない。

 ますます悪化しているように見える。

 この調子だと今日か明日のうちに、深刻な状態まで陥ってしまうだろう。

 私は呪いの元となった魔物を抱えているだろうハダルに怒りを燃やしながら、妹さんの眠るベッドに近づいた。

 苦しそうにしている彼女の額に右手をかざし、念じる。


「【癒しの祈り(ヒール・プリエール)】」


 瞬間、私の右手に白い光が灯った。

 その癒しの光をハミルの体に流し込むように、じっと額にかざし続ける。

 大聖女様の話が本当なら、私にだって同じことができるはず。

 ポーション作りに熱中したおかげで可視化できるほどに魔力も上昇している。

 この子に掛けられた呪いは、私の治癒魔法で打ち消せるはずなんだ。

 ハダルが呪いの元となった魔物を抱えている今、彼女を助けられる方法はこれしかない。

 何より……


 目の前で苦しんでいる女の子一人も助けられないで、聖女なんて呼ばれる資格はない!


「お願い、治って……!」


 私は白い光を宿した手を、ハミルの額にかざし続ける。

 助けたい一心で、必死に心の中で祈りを続ける。

 すると……


「…………おにい、さま?」


「ハ、ハミル!?」


 ベッドの上で苦しんでいたハミルは、つぶらな碧眼をゆっくりと開いた。

 そしてすぐに息を整えて体を起こし、周りの皆は唖然とする。

 一番驚いていたのは、当然兄のアルネブだった。


「か、体を起こしても大丈夫なのか? 頭が痛かったり、胸が苦しかったりは……」


「ううん、もう大丈夫。どこも苦しくないよ」


 ハミルがけろっとした顔でそう言うと、アルネブは呆けた顔でこちらを振り向いた。

 レグルス様とカストル様も呆然と私を見ていて、彼女に呪いを掛けた張本人のリンクスまでも愕然としている。

 いつも無表情だった彼が、その人形のような顔を崩した瞬間を初めて見た。


「ス、スピカ、どうして彼女の調子が良くなったんだい? 呪いの影響で具合が悪くなっていたんじゃ……」


「呪いはもう取り除きましたよ。聖女の治癒魔法は、白魔力を極限まで高めると、呪いを打ち消せるほどの効果を宿すんです」


「呪いを、打ち消すだって……?」


 アルネブには先ほど伝えたばかりだけど、他の人たちは知らなかったらしい。

 かつて存在していた大聖女ザニアのことを。


「つまりもう、この子の体には呪いが残っていないのか?」


「はい、おそらくもう大丈夫かと。私も上手く行くかは不安でしたけどね」


「……お、驚いたな」


 レグルス様は戸惑いながら、驚きのあまり呆れた笑みを浮かべている。

 私自身、自分の力を目の当たりにして驚愕しているので無理もない。

 まさか本当に呪いを治すことができるなんて。

 私、大聖女様と同じことができたんだ。

 明確な治療方法が確立されていない呪いを、自分の力で治すことができたんだ。

 私は聖女として、ちゃんと成長しているんだ……!


「あ、あの、ありがとうございます聖女様! なんとお礼を言ったらいいか……」


「いえ、今はそれよりも急いだ方がいいかと」


「……?」


 涙を滲ませながら首を傾げるアルネブに、私は窓の外を見ながら告げる。


「赤月の舞踏会が終わるまで、あと二時間ほど時間がありますね」


「えっ?」


「妹さん、とても楽しみにしていたんですよね。私へのお礼は結構ですから、どうか彼女をあの舞踏会に連れて行ってあげてください」


「聖女様……」


 見たところ妹さんは呪いから解放されたばかりで体力を消耗している。

 けど見学くらいはできると思うので、せっかくのこの機会を無駄にしてほしくないと思った。

 それを伝えると、妹さんも嬉しそうに笑みを浮かべて、アルネブは急いで彼女を抱える。

 そして『後日お礼を伝えに参ります』と言い残し、アルネブとハミルは赤月の舞踏会の会場に向かって行った。


「は、ははっ、こいつは驚いたな。まさか治癒魔法で呪いを解いちまうとは思わなかったよ」


 カストル様は窓の外を見て、アルネブの背を目で追いながら肩をすくめる。


「まあこれで、呪いの元となった魔物を差し出してもらわなくても解決ってわけだな。とりあえずは無関係の人間が殺されずに済んでよかったよ」


 レグルス様もカストル様も安心したように強張っていた顔を緩めている。

 リンクスの方を見ると、彼も力が抜けたように背を丸めていた。

 安堵しているか驚いているのか、もしくはその両方か。

 ハダルの指示とはいえ、やはり誰かに危害を加えることは心苦しかったのだろう。


「で、レグルス君、この男の処罰についてはどうする?」


「彼が何者かに指示されて犯行に及んだ可能性はありますが、その証拠も供述も得られないとなると黒幕を炙り出すのは難しいですね。ひとまずは彼を拘留するのが妥当かと……」


 と、話し合っている王国騎士の二人に向けて、私は忍びない気持ちで声を挟んだ。


「す、少し待ってもらえませんか」


「……?」


「彼にはまだやってもらいたいことがあります。拘留は待ってもらえたら助かるんですけど」


 ハミルの呪いを解いてリンクスを捕まえて、はいおしまい……ではない。

 肝心の首謀者がまだ表に出て来ていないんだ。

 あの男を捕まえない限り、また私を狙って無関係の人物を巻き込む可能性がある。

 ここでその芽を確実に摘んでおかないと。

 それはレグルス様もわかっていて、だからこそ首を傾げた。


「しかし、彼から何も証拠を得られない限り、首謀者を明るみに出すのは不可能なんじゃないのかい? スピカは彼の主人を疑っているみたいだが、『従者が勝手にやったことだ』と言われたら罪の証明はできない気が……」


 そう、リンクスがハダルの関与を否定し、ハダルがリンクスの独自犯行だと言えば罪は証明できない。

 でももしリンクスにハダルの関与を認めさせれば、奴を裁くことができるようになる。

 そして今の私になら、おそらくそれができる。

 呪いを治せる力を得た私になら。


「リンクス、あなたが何も話さないと言うのなら、こちらも“同じ手”を使わせてもらうわ」


「えっ?」


「私と、交渉してみる気はない?」


 私は“ある話”をリンクスに持ちかけたのだった。


 ――ハダル、あなたをただで逃がすつもりはないわよ。

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