第三話 「試しにポーションを作ってみます」
諸々の準備と手続きを終えて、私は隣国のアース王国へとやって来た。
ここで私は再出発をする。
ポーション作りを生業とする『魔法薬師』として。
「さて、まずはコズミックの町を目指そうかな」
最初の活動拠点として選んだのは、アース王国で最も“冒険者”が多いコズミックの町だ。
理由は単純明快、魔物討伐を生業とする冒険者が一番ポーションの使用頻度が高いからである。
そのため町には魔法薬師もそれなりにいて、ポーションの生産と消費は国内一だと言えるだろう。
ここでポーションを売れば、買い取ってもらえる可能性は高くなる。
というわけでコズミックの町に到着した私は、さっそく町を回って材料調達をした。
ポーション作りに必要な材料は三種類。
エメラルドハーブ。スターリーフ。綺麗な水。
ポーション自体の価格は需要も高いため値を張るが、材料そのものはそこまでしない。
調合できる人が少ないからだろうけど、少しでも節約したい私にとってはありがたいことだ。
それから調合に必要な道具と、一応見本としてポーションも一つだけ買っておく。
そして宿屋で部屋を借りると、調達した道具と材料でポーションを作ってみることにした。
ポーションの作り方も改めて事前に調べておいたので抜かりはない。
「さあ、やってみますか。えっとまずは……」
スターリーフを乳鉢と乳棒でコリコリと潰す。
爽やかな香りが出てきて半ペースト状になったら、次に小さな調合釜を用意する。
そこにエメラルドハーブと水、さらに潰したスターリーフを入れて火にかける。
そして特殊な木ベラでかき混ぜながら魔力を注入し、煮立った液体を濾して冷ませば完成だ。
これが技術進歩を遂げた、最先端のポーション製作方法。
一見シンプルに見えるが、従来のポーションの作り方からかなり変わったらしい。
そもそも以前は、材料がエメラルドハーブと水だけだったそうだ。
治癒効果も気休め程度のもので、とても治療に使える代物ではなかったとのこと。
それもそのはず、上記の二種類の素材だけではポーションにほとんど魔力が溶け込まないから。
そのせいでハーブの治癒効果もほとんど活性化されず、粗悪なポーションが出来上がってしまうらしい。
しかし研究が進むにつれて、スターリーフを水に溶かすと魔力の循環が促されることが判明した。
加えて神木という神聖な木材で作った木ベラで魔力を注入すると、より効果的に魔力が注がれるとのこと。
神木は魔術師の杖の素材にも使われていて、それをポーションの調合にも応用した結果、最大限の魔力を注ぎ込めるようになったのだとか。
「くるくる〜」
そんなことを思い出しながら木ベラを動かしていると、やがて液体が完全に煮立った。
それから一分ほどぐるぐるかき混ぜて、ハーブの成分が完璧に抽出されたのを確認して火を消す。
あとはこの液体を冷まして瓶詰めすればポーション作りは終了だ。
「ふぅ、なんとかできた」
小瓶に入った翠玉色の液体を見つめながら、私は安堵の息を吐き出す。
そこまで複雑なことをしたわけじゃないけど、魔力を注ぎ込む分それなりに疲労感がある。
確かにこれは充分に魔力を鍛えた人じゃないと作れないかもしれない。
この手応えからすると、私も一日に二十本程度が限界だろう。
まあとりあえずは第一号が無事に完成した。
さて、問題は……
「うーん、どうやって治験しよう」
これが上手く出来上がっているか確かめないと売り物にはできない。
でも、私は別に怪我をしているわけじゃないから、自分で飲んでも確かめることができないんだよねぇ。
「や、やっぱり、これしかないか……」
私は荷物の中から小さな“ナイフ”を取り出す。
その刃を自分の指先にちょんと当てて、ごくりと喉を鳴らした。
そう、傷がないなら、作ってしまえばいい。
ナイフで指先を少し傷付けて、それからポーションを飲んで傷の具合を確認する。
もしポーションがちゃんと作れていたら傷は治るし、何より指先だからそこまで痛くないはず。
いざとなれば治癒魔法でも治せるんだから。
そう、怖がる必要なんてない。
「う、うぅ……!」
私はナイフの冷たい感触を指先に感じたまま、まったく動くことができなかった。
やっぱり怖いよぉ。さすがに自分の体を傷付けるのはすごく怖い。
これまで聖女として丁重に宮廷に囲われていて、危険なことから遠ざけられていた。
だから痛みや苦しみとは無縁の生活を送ってきて、ろくに怪我だってしたことない。
それでいきなり自傷はかなりの勇気が必要になる。
いや、情けない足踏みをしている場合じゃないか。
私は思い切って、『ピッ』と指先の薄皮を切った。
瞬間、傷口から『プクッ』と血が出てくる。
「ひぃ! 痛い痛い痛いぃ! じゃあいただきまーす!」
ゴクゴクゴクッ!
夏場で猛仕事をした後、井戸から汲み上げたばかりの冷水を煽るかの如く一息に飲み干す。
と、勢いで飲んでしまったけれど、ポーション自体の味や風味はちゃんと感じ取れた。
一言で例えると、爽やかなハーブティーという感じだ。
スターリーフの柑橘系を思わせる爽快な香りも悪くない。
砂糖か蜂蜜でも加えれば子供でも飲みやすくなるんじゃないかな。
そんな感想が脳内を駆け回る中、気が付けば指先の方に感じていた痛みが消え去っていた。
「な、治ってる!」
傷付けた指に目をやると、そこは何事もなかったかのように完治していた。
ってことは、これはちゃんとしたポーションってことだよね?
よかった、調合手順も間違えてなくて、魔力もきちんと注ぎ込めていたみたいだ。
これでとりあえずは売り物にできるぞ。
手がける人によって多少の治癒効果の差は生まれるみたいだから、正直もう少し効果を確かめてみたかったけど。
それにしても……
「これが、ポーションの力……」
確かにとても便利だ。
飲むだけという手軽さ。低コストの材料。充分な魔力があれば誰でも調合ができる簡易性。
それでいて私が使っていた治癒魔法と同等の効果を発揮するのだから、悔しいけど納得できる。
ポーションに私の仕事が奪われてしまったのも、仕方がないのかなと。
『これにより聖女の治癒魔法は完全に無用の長物となる。聖女という存在自体に価値が無くなるのだ』
「……」
ハダル様の言葉を思い出してしまい、私は静かに唇を噛み締める。
すごく悔しい。けど、今は悔やんでいる暇なんてない。
私はこれからこのポーションを作って、自分に新しい価値を見出すんだから。
「よしっ、どんどん作っていこう……!」
最低限の治癒効果は確認できたので、これをたくさん作って明日売りに行くことにした。