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第二十九話 「犯人の素顔」


 私は手足を縄で緩く縛られて、荷車に乗せられた。

 怪しまれないようにいくつかの荷物も一緒に乗せていて、私には布が掛けられる。

 これで指定場所の東地区の空き家地帯に向かうとのこと。

 乗り心地はさすがにいいとは言えず、アルネブは終始申し訳なさそうにしていた。

 ちなみに犯人が見ている可能性を考慮して、直接話すことはもうしない。


 やがて荷車が止まり、布の隙間から外を窺うと、荒れ果てた木造りの建物に辿り着いていた。

 埃だらけの屋内に、割れている窓。二枚扉は片方が外れていて風でギィギィと揺れている。

 辺りにも似たように崩れかけている家屋が密集していて、確かに人目はまったくなかった。

 王都内にこんな場所があったなんて。

 王都はとても広く、端から端まで見て回ったことがなかったからまったく知らなかった。


 アルネブは荷車の中からランプを取り出すと、灯りを点けて周囲を照らす。

 そして拘束している私を荷車から抱え上げると、荒れた酒場跡へと入って比較的綺麗な床に寝かせてくれた。

 私は気を失っているフリをしながら、薄目で周囲を確認する。

 どうやら犯人はまだ来ていないらしい。

 具体的に時間を指定されているわけではないので、向こうが来るタイミングはまったくわからないな。

 期限は一応、赤月の舞踏会の終了までなので、それまでには確実に現れるとは思うけど。


 アルネブは周囲を見渡しながら、そして私は気を失ったフリをしながら待つことにする。

 ついでに私は頭の中で今後の流れについて復習しておくことにした。

 今、この酒場の周りのどこかに、レグルス様とカストル様が潜んでいるはず。

 パッと見た限りでは二人の気配を感じなかったけれど、彼らならきっとどこかにいるはずだ。

 そして犯人が現れて、確保の機会だと思ったら、私は彼らに合図を送る。


『合図にはこれを使うとしよう。僕が騎士たちに指示を出す時に使っているホイッスルだよ。犯人捕縛の機会、もしくは身の危険なんかを感じたら、すぐにこれを吹いて僕たちに知らせてほしい』


 レグルス様から託されたホイッスルが、きちんと懐に入っている感触を確かめる。

 拘束も見かけだけで緩めにしてもらっているから、すぐにこれを解いてホイッスルを鳴らすことができる。

 一つ不安を挙げるとすれば、ちゃんと外まで音が届くかということだけど、そこはまあ私が頑張るしかないだろう。

 息を思い切り吸って、レグルス様から託されたホイッスルに目一杯注ぎ込めば大丈夫。たぶん。


 ていうかこれって、今思ったんだけど、レグルス様との間接キ……


「……」


 いやいや、真面目な場面で何を考えてんの。

 恥ずかしがっている場合でも意識している場合でもないでしょ。

 私自身の命にも関わっていることかもしれないんだから、ちゃんと思い切り吹いてレグルス様たちに知らせないと。


 ギィ。


 そんなことを考えていると、やがて扉の方から物音が聞こえてきた。

 薄目を開いてそちらを伺うと、そこには黒ずくめの人物が月明かりを背景に立っているのがわかる。

 全身を黒衣で纏い、目深までフードを被っている怪しげな人物。

 素顔は見えず、ほっそりとした体躯なので男性か女性かも定かではない。

 この人物が、私を拐うようにアルネブを脅している犯人なのだろうか。

 複数人の可能性も当然考えていたんだけど、見る限り一人しかいない。

 今すぐにでもホイッスルを吹きたい気持ちを、私はぐっと抑え込む。

 もし人違いの場合は共謀作戦が無駄になるので、辛抱強く堪えて待っていると……


「指示通り聖女を拐って来たようですね」


 犯人は向こうから自らの正体を明かしてくれた。

 この黒ずくめの人物が犯人で間違いない。

 声を聞く限りは男性。誰かの声に似ているような気もするけどパッとは思いつかない。

 ここでホイッスルを吹いてしまってもいいんだけど、もう少し様子を見る。

 理想を言えば、アルネブの妹さんの呪いが解ける見込みが立った瞬間だ。

 下手をすれば、レグルス様たちに捕まった瞬間に開き直って、妹さんの呪いを解かない可能性もあるし。

 今はまだ彼女を人質に取られている状態。アルネブもそれを理解しているので、落ち着いて犯人の言葉を待っている。


「では、彼女をこちらへ」


 犯人からその声を受けて、アルネブは否定的な言葉を返す。


「待て、まずは妹のハミルの呪いを解くのが先だ。でなければ聖女を引き渡すことはできない」


「……」


 私を引き渡した瞬間、向こうはそのまま逃げ出す可能性がある。

 逆にアルネブはすでに聖女誘拐という重罪を犯している立場のため逃げ出せる状態ではない。

 向こうから見ればそういう状況なので、譲歩してもらえる可能性があるとアルネブは考えたのだろう。

 しかし犯人は……


「いえ、先に聖女の方です。でなければあなたの妹の呪いは解きませんよ」


「……っ!」


 こちらを警戒しているのか、犯人は首を縦に振ることはしなかった。

 共謀がバレているわけではないようだが、向こうもかなり慎重である。

 そのためアルネブもひどく困惑し、口籠もっている様子が伝わってきた。

 もう、こうなったら――!


 ピイイイィィィィィ!!!


 私は縄を解き、ホイッスルを取り出して全力で吹いた。

 怪しまれて犯人に逃げられてしまうという最悪の事態だけは避けるためのホイッスル。

 唐突なその音に犯人だけでなくアルネブも大きく肩を揺らす。

 瞬間、一陣の風が吹くように、とてつもない速さで酒場に人影が飛び込んで来た。


「ぐっ……!」


 それはレグルス様だった。

 彼は黒ずくめの犯人の腕を後ろから掴み、複雑な体技によって床に転ばせる。


「【氷の薔薇(グラシエス・ローザ)】」


 そこからさらに畳みかけるようにして、氷の茨によって犯人を強く拘束した。

 あまりにも迅速なその手捌きに、私とアルネブは言葉を失くして立ち尽くしてしまう。

 ホイッスルの音から三秒も経っていないような気がする。

 身体強化魔法の類でも使っていたのか、人並外れた素早さだった。

 遅れてカストル様も酒場に入って来るけれど、戦いはすでに完全に終わっていた。


「君がスピカを狙っている真犯人か。拘束される理由は言われずともわかるよね」


 見事に犯人を捕らえたレグルス様は、冷酷な声で犯人に告げる。

 次いで彼は犯人のフードに手を掛けると、素顔を確認するためにそれを取り払った。


「えっ……」


 刹那、私の心臓がドクッと波打つ。

 取り払われたフードの下に、犯人の素顔を見て、私の脳裏に稲妻のような衝撃が走った。

 今回の事件のすべてを見通せたような気がする。

 ……どうりで、聞き覚えのある声のはずだ。


 その犯人は、私の元婚約者――ハダル・セントに仕えている、従者のリンクス・アルシャウカだった。

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