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第二十六話 「呪い」


「妹のため?」


 アルネブのその一言に、カストル様だけでなく私とレグルス様も首を傾げる。

 私をこの部屋に誘い出し、魔法によって気絶させようとしたのが妹のためとはどういうことだろう?


「妹ちゃんは確か、ハミル・レプスって言ったか? 歳は十二かそこらの」


「はい。その妹のハミルのために、俺は聖女様を連れ去らなければならなかったのです」


 カストル様がこちらを見て、三人で怪訝な顔を見合わせることになる。

 まるで話が見えてこなかった。

 妹さんのために私を誘拐する必要があったの?

 それっていったいどういう状況?


「俺とハミルは、二週間前に赤月の舞踏会の招待状をもらいました。それで妹はすごく喜んでいて、張り切って一週間前から二人で王都に来ていたんですが……」


 アルネブは悔やむような顔で続ける。


「店で食事をしている時、会計を済ませるために俺は席を外したんです。ほんの一分ほどの時間だったんですが、席に戻ってみると妹の様子が少しおかしくなっていて……」


「おかしく?」


「意識が朦朧としていて、まるで高熱を出しているみたいに苦しがっていたんです。それまではとても元気だったはずなのに」


 次いでアルネブは、衝撃的な事実を口にした。


「そして卓には、妹に強力な“呪い”を掛けたという旨の手紙が残されていました。妹は、何者かに意図的に呪いを掛けられてしまったんです」


「の、呪い……」


 私たちは顔を見合わせて言葉を失くす。


 呪い。

 魔物が使う厄介な力の一つ。

 毒のように傷を付けた人物に掛けることができて、呪われた人物は特定の身体的異常が発生する。

 衰弱、石化、獣化、老化、洗脳などなど……

 そんな呪いを自力で解く方法は、今のところ見つかっていない。

 言ってしまえば呪いとは、治療方法が確立されていない不治の病なのだ。

 唯一、その呪いの元となった魔物を討伐することで解呪ができるので、呪われた人は対象の魔物を即座に駆除するようにと言われている。


 まさか魔物を利用して、人為的に他人に呪いを掛ける人がいるなんて。

 あまりにも非人道的な所業だ。

 なんだか今回の話が見えてきた気がする。


「まさかあんな人の多い場所で、たったあれだけの時間で妹に何かされるなんて思わなくて……」


「もしかして手紙には、“交換条件”のようなものでも書いてあったのか?」


「は、はい。ハミルの呪いを解く条件として、『赤月の舞踏会の開催中に聖女スピカを拐い出し、指定の場所に連れて来い』と記されていました。舞踏会終了までに聖女スピカの捕縛が確認できなかった場合……妹の命はないと」


「……」


 卑劣だ。

 大切な妹さんに対して呪いを掛けて、彼の良心を利用するなんて。


「なるほどな。だからアルネブ君はスピカちゃんを拐おうとしていたってわけか。でもどうして騎士団とかに相談しなかったんだ?」


「他言は許さないという旨も手紙に書いてあったからです。だから俺は、他にどうしようもなくて、聖女様のことを……」


 アルネブは再び涙を滲ませる。

 妹さんの命が何よりも大切だったのだろう。

 周りに相談することも許されていなかったから、仕方なく犯人の言う通りにしてしまったんだ。

 正直、どの範囲まで犯人の手が届いているかわからないから、そうするしか手はないよね。

 考えたくはないけれど、王国騎士団の中にまで犯人の手が及んでいる可能性だってあるから。

 それでやむを得ず私のことを誘拐しようとしていたってことなら、無理に彼を咎められるはずもない。

 私は彼のことを許して、それを示すために折れた指に治癒魔法を掛けてあげようとした。

 するとそれを、隣に立つレグルス様が片手で制してきて、代わりに彼にあるものを手渡す。


「これを飲むといい」


「レグルス、王子……?」


「スピカが作ったポーションだ。君が辛い立場にいることを知らず、手荒な真似をしてすまなかった」


 アルネブは目を丸くして固まる。

 自分が許されると思っていなかったのだろう。

 やがて彼はレグルス様からポーションを受け取り、涙ながらにそれを飲み干した。

 すると折れていた指は一瞬にして完治し、アルネブは驚愕した様子で自分の指を見つめる。

 私のポーションの効果を見るのは初めてのようだ。


「にしても、なんで犯人はスピカちゃんを欲しがっているのかねぇ。それにわざわざアルネブ君を通してスピカちゃんを捕まえようとしているのも回りくどいしなぁ」


「スピカは基本的に安全な宮廷で作業をしているので、犯人が接触できる機会がなかったのではないでしょうか?」


 レグルス様は冷静な様子で見解を話す。


「スピカは町で露店販売もしていますが、盛況していて彼女に視線が集まっています。でなくても僕かベガが付きっきりで見守っているので、手出しができる状況ではないと判断したのかもしれません」


「それで赤月の舞踏会に参加している招待客に誘拐を実行させたってことか。確かに招待客なら自由に宮廷に出入りできるし、今日なら付き人のレグルス君も多忙なタイミングだからな」


 私を誘拐するなら絶好の瞬間というわけだ。

 逆に言えば今日のこの瞬間しかなかったとも言える。

 それほどまでにレグルス様の、私に対する守りが厳重だったという証拠。


「ということは、俺は最初から犯人に目を付けられていたってことですか?」


「おそらく招待客についても事前に調べていたんだろうな。その中から従えやすい人物を探して、結果アルネブ君が選ばれたってことだろ。君が妹ちゃんと一緒に前もって王都に来ることも、きっと掴んでいたんだと思う」


「……」


 アルネブは顔を青ざめさせる。

 彼が妹さんと王都に来たのは一週間前と言っていたので、情報を掴んだのはさらに前の話だろう。

 犯人はかなり前々から私の誘拐計画を練っていたらしく、そこに執念のようなものすら感じて私も背筋を震わせた。

 同時に、アルネブの家族愛につけ込むような悪質な手口に、静かに怒りを燃やす。


「なんでスピカちゃんを狙っているのかについても気になるところだが、ひとまずはアルネブ君の妹ちゃんを助ける方法を考えた方が良さそうだな。差し当たって何か良案はあるかいレグルス君?」


「……難しい状況ですね。呪いを治すには元となった魔物を倒すしかありませんし、当然犯人はその魔物をどこかに囲っていると思います。自力で探し出すのはほぼ不可能でしょう。そうでなくとも、他にも犯人の息が掛かった招待客がいるかもしれませんから、話を広げて応援を頼むのも危険ですし」


 王国騎士たちに応援を頼めれば、大人数の捜索で魔物を見つけることもできたかもしれない。

 けれど他言したことを犯人に悟られたら、その時点で遠方に逃げられてしまう可能性がある。

 図らずも事情を知ることができたこの少人数だけで、問題解決にあたった方がいい。

 でも、犯人の素性もまるで掴めていなくて、妹さんの命を先手に取られている今、圧倒的にこっちが不利だよね。


 正直、ここから動ける気がしない。

 こうして四人でくすぶっている状況も長く続けるのは危険だと思うし。

 それならもう、いっそのこと……


「私が囮になる、というのはどうでしょうか?」


「えっ?」


 私はのそのそと手を上げながら提案した。

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