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第二十四話 「婚姻発表」


 別室で贅沢な料理に舌鼓を打っていると、やがて三曲目の演奏が終わった。

 そしていよいよ第一師団の方から、コルブス魔占領域の開拓作戦に関する報告が行われる。

 その舞台に私も呼ばれて、第一師団の騎士の数人と一緒に劇場の壇に上がった。

 そこから見る景色は、まさに圧巻の一言だった。


 数万にも及ぶ蝋燭とランプによって照らされた劇場内。

 圧倒されるほどに広大な空間には、端から端まで各界で名の知れた貴族たちが立ち並んでいる。

 それを上から見下ろすというのは、なんだかすごく背徳的で、今までに感じたことのない罪悪感が湧いてきた。

 まさかこんな景色を拝める日が来るなんて。

 人知れず感動を覚えていると、師団長のレグルス様から会場の人たちに向けて作戦報告が始まった。


 開拓作戦時のコルブス魔占領域の状況。

 出没した魔物の種類や特徴。

 侵攻完了までに掛かった具体的な日数。

 そして犠牲者の有無の公表の際に、私のポーションに関しての情報も明かされた。

 作戦の遂行には欠かせなかったものだと言ってもらって、観客たちの視線が一気にこちらに集中する。

 いくら自分に自信を持つことができたからと言って、さすがにこの注目は恥ずかしい。


 やがてすべての報告が終わると、賓客たちから盛大な拍手を送ってもらえた。

 第一師団の騎士たちと一緒にそれを浴びて、私も何やら誇らしい気持ちになってくる。

 私もちゃんとこの国の役に、みんなの役に立つことができたんだなと。

 そこで開拓作戦に関する報告は終わり、いよいよ次はあの公表をする時間となった。


「それとここで一つ、私事ではあるのですが、この場を借りて皆様にお伝えしておきたいことがございます」


 レグルス様はそう言うと、こちらに目配せをしてくる。

 私は不思議と落ち着いた気持ちで前へ行くと、レグルス様の隣に並んだ。

 観客たちの怪訝な視線が殺到する。

 大勢の人たちに見られているというのは恥ずかしいことではあるけど、私は俯くことはせずに堂々と胸を張った。


「第一王子レグルス・レオは、ここにいる聖女スピカ・ヴァルゴと正式に婚姻を結ぶことを宣言します」


 レグルス様の凛とした声が、劇場の中に響き渡る。

 瞬間、参加者たちは戸惑いと驚愕の表情をして、一斉にどよめき始めた。

 すでにこのことを知っている宮廷関係者や王国騎士たちは、特に反応を示さずに静聴している。


「お借りした場ですので、長々とした表明はここでは割愛いたします。ただ一言、スピカは私にとっての恩人であり、心から慕うかけがえのない女性です。王国のためにも尽力してくれた彼女を、これから夫の立場として支えていこうと思っております」


 レグルス様はそう言うと、今一度劇場内を見渡して一層声を張った。


「突然のご報告となって恐縮ではございますが、ご理解のほど何卒よろしくお願い申し上げます」


 それに合わせて私も、劇場にいる人たちに向けて頭を下げた。

 すると、舞踏会の参加者たちは……

 作戦報告の時よりも、さらに盛大な拍手をこちらに送ってくれた。

 予想以上の祝福の拍手をもらい、私は安堵と歓喜を同時に覚える。

 私の名前はまだそこまで知れ渡っているわけではないので、そんな人物が王太子妃になることに抵抗を覚える人が少なからずいるかと思ったけれど、その心配はなさそうだ。

 静かにレグルス様の方を窺うと、彼もまた嬉しそうな笑みを浮かべて私に笑いかけてくれた。

 無事に婚姻発表成功です。




 その後、再び舞踏会のプログラムの進行に戻った。

 楽団たちによる演奏も再開されて、参加者たちは自由に踊り回っている。

 そんな中で私は、会場で色々な人たちから話しかけられていた。

 開拓作戦での活躍の称賛、王子との馴れ初めに関する問いかけなど。

 また、ポーションは今後も一般販売を行うのか、具体的な販路は決まっているのかといった、商談的なものも持ちかけられた。

 なんだか一気に人気者になった気分です。


 基本的には一緒にいるレグルス様がほとんど対応してくれた。

 けど、色々な人たちに揉みくちゃにされたせいで、急にどっと疲れてしまった。

 それを悟られたのか、レグルス様が別室で休憩をしようと提案してくれる。

 周りが落ち着いたら、いよいよレグルス様と踊れるかと思ったけど、念のために次の曲まで少し休むことになった。


「せっかくの赤月の舞踏会だからね、万全の状態で一緒に踊ろう。だから次の五曲目までは体を休めようか」


「はい、わかりました」


 というわけで一緒に別室へと向かう。

 婚姻発表後はそれなりに話しかけられると思っていたけど、まさかここまでとはね。

 と、その道中でレグルス様が、各界の重鎮の集いに呼び止められてしまった。

 さすがにこれを無視することはできず、レグルス様は『先に別室へ行って休んでて』と言ってくれる。

 そんなわけで私は一人で別室に辿り着くと、相変わらずそこには豪勢な食事が並んでいた。

 けど今は疲れのせいで食欲が湧かない。

 だから大人しく壁に背を預けて、人の少ない室内を眺めながらレグルス様を待っていると……


「んっ?」


 私の次に別室に入って来た青年が、明らかにこちらに目を留めて駆け寄って来た。

 見たところ私と同い年くらいだろうか。

 後ろに方に流した茶髪に、爽やかな印象を受ける薄めの顔。

 見覚えのない青年ではあったが、彼はこちらに近づいて来ると、慌てたように声を掛けて来た。


「あ、あの、聖女スピカ様で、お間違いないですか……!」


「は、はい。そうですけど」


「先ほどの婚姻発表、すごく驚きました……! あのレグルス様との結婚なんてすごいですね!」


「ど、どうも……」


 いったい何事かと思ったけれど、普通に婚姻発表に関して声を掛けに来てくれた人か。

 まさか別室の方にもこうして声を掛けに来てくれる人がいるなんて。

 ちょっと疲れているから、休みたい気持ちはあるけれど。


「そんなあなたに、このようなことを言うのは大変ご無礼かとは思うのですが……」


「……?」


「実は一緒に舞踏会に来た妹が転んで怪我をしてしまったのです。宮廷劇場の救護室で処置は受けたのですが、怪我の具合が良くならず踊れそうになくて……」


「それはまた、とんだ災難を」


 せっかく赤月の舞踏会に参加できたというのに、怪我のせいで踊れなくなってしまうなんてとんでもない不運だ。

 今回は特に開拓作戦成功を祝って一層豪華になっているし、私も絶対に踊りたいと思っている。

 その妹さんを気の毒に思っていると、青年は深く頭を下げて懇願してきた。


「ですので聖女様にお力添えいただきたく、お声を掛けさせていただきました。どうか聖女様の治癒魔法で妹を治してください。もちろん相応の対価はお支払いいたしますから」


「そういうことだったのですか」


 わざわざ別室まで追いかけて来て声を掛けて来たのは妹さんのためだったんだ。

 確かに私の治癒魔法なら転んだ怪我くらいならすぐに治せる。


「はい、わかりました。せっかくのこの舞踏会で、思い出が転んだだけになってしまうのはとても切ないですからね。私の力でよければお貸しいたします。あと、お代は結構ですよ」


「あ、ありがとうございます!」


 青年は再び深く頭を下げると、『こちらです』と言って妹さんが休んでいる部屋に案内してくれた。

 早く治療を終わらせて別室に戻ろう。

 お話しを終えたレグルス様より早く戻らないと、心配させてしまうだろうし。

 それにしても、こうして治癒魔法を頼りにされるのは随分と久々な気がする。

 ポーション作りで名前を挙げてからは、めっきりこれを頼りにする人はいなくなったから。

 そもそもポーションの普及によって治癒魔法は無用の産物と化したし。

 なんだか久しぶりに聖女としての本来の頼られ方をされて、私は少し懐かしい気持ちになったのだった。


 というかこの青年は、自前の治癒ポーションとかはなかったのだろうか?

 宮廷舞踏会には怪しいものを持ち運べないので、持って来ることができなかったとか?

 いやでも、だとしても救護室には治癒ポーションの一つくらいは置いてありそうな気が……

 そう怪訝に思った辺りで、青年の案内で一つの部屋に辿り着いた。

 彼に『こちらの部屋です』と促されて中に入る。

 そこは宮廷劇場における物置部屋のような場所で、本ホールで行われている演奏もほとんど届かず、見る限り人っ子一人いなかった。


「あの、妹さんはどちらに……」


 と言いながら、青年の方を振り返ると……


「【昏倒の一手(エレク・トリカ)】」


「えっ?」


 彼は、私のすぐ真後ろに立って、こちらに右手を伸ばして来ていた。

 その手には、青白い稲妻がバチバチと宿っている。


(雷魔法――!?)


 気絶させられる!

 瞬時にそれを悟ったが、避けることも、悲鳴を上げる余裕すらなく……

 私は痛みを覚悟して、目を瞑ることしかできなかった。


「…………」


 …………しかし。

 一向に、痛みが襲って来ることはなかった。

 何が起きたのかと思って、恐る恐る目を開けてみると……


「はぁ、婚姻発表の直後にこれとはね」


「……レグルス、様?」


 青年の後ろには、いったいいつの間にだろうか……レグルス様が立っていた。

 彼は青年の右腕を後ろから掴んでいて、稲妻が宿った手は私に触れる寸前で止まっている。

 青年もこれは予想していなかったのか、目を大きく見張って唖然としていた。


「間に合って、本当によかったよ」


 間一髪のところで、私はまたレグルス様に助けられたのだった。


 そして心なしか、彼の声はいつもより低く、冷たいものになっている気がした。

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