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第二十三話 「赤月の舞踏会」


 アース王国の宮廷の敷地内。

 南側の入口から入って左手西側に宮廷劇場が構えられている。

 身支度を終えてその劇場まで向かうと、入口付近にはすでに大勢の賓客が集まっていた。

 この国での生活がまだ短いから、正直顔も名前も知らない人たちが多いけど、やはり何やら雰囲気を感じる。

 加えてアース王国宮廷劇場の背景も相まって、ものすごく上品な空気が流れてきていた。


 ていうか、遠目に見たことは何度もあったけど、こうして実際に宮廷劇場に訪れるのは初めてだ。

 純白の外観が夕日に照らされて、ほのかに赤らんでいるように見える。

 劇場の内部からは楽団による演奏がすでに聞こえてきていて、着飾った子息令嬢たちがその中へと吸い込まれるように入って行った。

 いつも以上に賑やかな音が宮廷全体に響いていて、私は人知れず呟く。


「赤月の舞踏会、ついに始まるんだ……!」


 高揚する気持ちを抑え切れず、思わず全身をぶるっと震えさせていると……


「綺麗だね、スピカ」


「あっ、レグルス様」


 そこにレグルス様が声を掛けて来た。

 見ると彼は、いつもの王国騎士の格好ではなく、黒の燕尾服に身を包んでいる。

 その雰囲気の違いを感じて、つい呆然と見惚れてしまうけれど、すぐに私は我に返って返答した。


「や、やはり少し派手すぎませんかね? 初めて参加する宮廷舞踏会でこのような格好をしていたら、ただの出しゃばりだと思われてしまうんじゃ……」


「僕は逆に大人しいくらいだと思っているよ。スピカはもっと目立つ格好をしてもいいと思う。そもそも今回の舞踏会はコルブス魔占領域の開拓成功の祝いも兼ねているわけだし、功労者の君はいわば主役なわけだからさ」


「そうは言われましても……」


 貴族的な立場からすると、私は隣国の貧乏伯爵家のただの小娘なんですよね。

 本来であれば宮廷舞踏会に招かれるような資格すらない貧弱な立場。

 この重鎮たちを前に主役的な立ち回りをするのはなかなかに気が引ける。

 私の顔なんてまったく知られていないだろうし。


 ……いや。

 そうだよ、私は自分に自信を持つと決めたばかりじゃないか。

 レグルス様の婚約者として堂々と胸を張って、舞踏会に参加すると。

 私はポーションを作って王国騎士の活動に貢献した。

 貧乏伯爵家のただの小娘じゃない。

 秘薬作りの宮廷薬師スピカだ。

 顔を知ってもらっていないのなら、今回の舞踏会で覚えてもらえばいいだけのこと。

 改めて自信を持つことを決意すると、私はレグルス様を見て遅れて返した。


「レグルス様も、とてもよくお似合いです」


「ありがとうスピカ。それじゃあ、さっそく行こうか」


 私はレグルス様に手を引かれながら、宮廷劇場へと入って行った。




 基本的に舞踏会の流れは、ある程度決まりがある。

 一曲目が始まると、参加者の中で一番格式が高い男性が、パートナーもしくは娘と踊ることになっている。

 それを皮切りに他の参加者たちも踊り始める、というのが全国共通の一連の流れだ。

 けれど赤月の舞踏会では、そのような決まりをすべて取り払っているらしい。

 赤月の舞踏会は自由と解放がテーマであるため、煩わしい決まりに縛られることのないようにそうしているのだとか。

 参加者は思うままに振る舞うことを許されている。気になる相手と踊るもよし、盤上遊戯に興じるもよし、演劇を楽しむだけもよし。

 そしてそんな中で、私はと言うと……


 宮廷劇場の別室で、豪華な食事に目を奪われていた。


「お、美味しそぉ……!」


 テーブルに並べられた豪勢な料理の数々。

 こんがり焼けたチキンにこれでもかとチーズを溶かしてかけたもの。

 様々な種類を取り揃えた焼き立てのパンたち。

 旬のフルーツと高級なクリームをふんだんに使った夢のようなケーキ。

 それ以外にも目を引かれるような料理がたくさん並べられていて、これがすべて食べ放題だという。

 正直、ここだけで丸一日過ごせそうなくらい充実していた。


 舞踏会の別室には軽食が用意されていることがほとんどだ。

 そこで踊り疲れた人たちが喉を潤したり小腹を満たしたりする。

 でも、赤月の舞踏会の食事は、もはや世界的に有名な美食家たちが集う晩餐会と何ら遜色がなかった。


「申し訳ないね、婚約者の君を他の男性と踊らせるわけにはいかないから、少しの間ここにいてもらってもいいかな」


「はい、そうしていますね」


 というかむしろありがとうございます!

 宮廷で出される料理はどれも美味で、いつもありがたく頂戴している。

 そして今日はその宮廷側が一層腕によりをかけて食事を用意してくれたとのことで、私としては絶対に食べ逃すわけにはいかない。

 私は別に誰か踊りたい相手がいるわけでもないし、こうして舞踏会の賑わいを遠巻きに聞きながら美食に舌鼓を打っている方が性に合っている。

 そもそも私、レグルス様の婚約者なので、別の殿方と踊るつもりは毛頭ありませんから。


 プログラムでは三曲目が終わったタイミングで、王国騎士団の第一師団の方から軽く作戦に関する報告を行うという。

 そして同時にレグルス様が私との婚姻を発表するとのことだ。

 そのため私は婚姻発表までは男性からのお誘いを受ける可能性がある。

 というわけでこうしてレグルス様に別室に案内されて、少しの間待つことになった。

 むしろ私としてはご褒美みたいなものですよ。

 まあ、あまり食べすぎてみっともないお腹になるのだけは気をつけようと思います。


 ただ、いい匂いに我慢ならず、私は事前の戒めも忘れたかのように料理に飛びついたのだった。

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