第二十話 「伝えたい気持ち」
私の解毒ポーションの噂は、すぐに王国騎士たちの間に広まった。
いわく、あらゆる猛毒も一瞬で解毒できるポーションと。
コルブス魔占領域の魔物の毒を瞬時に治療できたのがやはり衝撃的に映ったらしい。
これまでの解毒ポーションとは一線を画する効能を宿していて、次の開拓作戦への本格投入が即時決定した。
というわけで私は、解毒ポーションの大量生産を任されて、ただいま絶賛製作中です。
「よし、これで二十五個目」
午前に作った治癒ポーションを合わせれば、合計で五十個のポーションを作ったことになる。
一日で五十個の製作も慣れてきたものだ。
確実に成長していると実感できる。
魔力がだいぶ上がったのもそうだけど、淀みなく魔力を注ぎ込めるようになって消耗そのものが軽減されたように思う。
これなら深夜まで作業を続けることができて、ますます製造数を増やせるかも……
「またこんなに作ったのかい」
「あっ、レグルス様」
もう少しポーションを作ろうかなと思ったところで、研究室にレグルス様がやって来た。
彼は作業机に置かれている、出来立てのポーションたちを見て、私に心配するような視線を向けてくる。
「無理はしないようにって言ったのに。開拓作戦の決行は二週間後で、それまでに治癒ポーションと解毒ポーションをそれぞれ百個作ってくれるだけでいいんだよ? というかそれ自体、君にかなり無理をさせていると思っているくらいなのに……」
「いえ、ポーション作りのコツも覚えてきたので、まったく問題はありませんよ。二週間後の作戦決行までに、それぞれ二百五十は用意してみせます」
私は元気をアピールするかのように、袖を捲って二の腕を掲げた。
私はもっともっと、王国騎士団の役に立ちたい。
特に今回の開拓作戦用の解毒ポーションの製作は、これまで以上に自分の自信に繋がる気がするから。
解毒ポーションの目標数は百個という話だけど、念を入れて二百個以上は用意しておきたい。
一人でも多く、開拓作戦に参加した王国騎士の人が生還できるように。
まあ、こちらの作業に集中しているせいで、露店販売ができないのは少し痛いけど。
私の治癒ポーションを待ち望んでいる人たちには申し訳がないし。
でも先日、露店販売で一時休止を発表した時は、みんなも快く納得してくれた。
だから私は今、王国騎士団のために治癒ポーションと解毒ポーションをせっせと作っています。
まだまだ体力と魔力に余裕があったので、また作業に取り掛かろうとすると……
「……そんなに頑張らなくても、君を宮廷から追い出すことなんてしないよ」
「えっ?」
不意にレグルス様が、突拍子もないことを告げてきた。
頑張らなくても、宮廷から追い出すことはしない?
なんでいきなりそんなことを……
「聞いたんだ、聖女の噂のこと」
「聖女の、噂……?」
「この辺りにはもうぼんやりとだけど伝わっているよ。ヴィーナス王国の聖女が、婚約者の第二王子から婚約を破棄されて、宮廷から追われたってことが」
ドクッ、と私の心臓が高鳴る。
ヴィーナス王国の宮廷から追い出された聖女。
いずれは伝わって来るだろうと思っていた例の話が、いよいよレグルス様の耳に届いたんだ。
「……そうですか。そろそろこの辺りにも噂が流れて来るだろうとは思っていました」
「本当のことなのかい? ポーション技術の発展によって、聖女が無価値な存在であると見做されて、一方的に宮廷を追放されたなんて……」
レグルス様は信じがたいという表情で尋ねてくる。
確かに私の力に価値を見出して、宮廷にまで誘ってくれたレグルス様からしたら信じられない話だろう。
私は自分でもわかるほどにぎこちない笑みを浮かべて、おもむろに頷いた。
「はい。すでに良質な治癒ポーションの普及が各地で始まっていましたので、聖女の治癒魔法は必要ないと追い出されてしまいました。第二王子とも慣習的に婚約を交わしていましたけど、別の人を愛していた彼からはそれを機に婚約を破棄されました」
「……ひどい」
レグルス様はまるで自分のことのように、苦しそうに顔をしかめる。
次いで得心したような表情で続けた。
「貴重な聖女のスピカが、どうしてこの国にいるのか疑問だったんだけど、まさかそんなことがあったなんて。それなのに僕は、また同じように宮廷で君を囲ってしまった。辛い過去を掘り返すような真似をして申し訳ない」
「い、いえいえ、とんでもないです! こちらの宮廷ではとても良くしてもらっていますし、前の宮廷を追い出されたことは、もうそれほど気にしているわけではありませんから」
あの時のことが原因で、自分に自信が無くなってしまったのは確かだけど。
でも抱え込むほどの深い傷を負ったわけではない。
だから宮廷に囲ってもらったのはすごくありがたいことで、私は感謝しかしていないんだ。
「もしかして、私が宮廷を追い出されたことがあるから、また同じように追い出されないために、私がポーション作りを頑張っているように見えたのですか?」
「ち、違うのかい?」
「私はただ自分のできることを精一杯やろうと思って、ポーション作りを頑張っているだけですよ。宮廷を追い出されたくないからと、必死になっているわけではありません」
そう言うと、レグルス様は肩に入っていた力を抜きながら息を吐いた。
どうやらレグルス様には、私が宮廷から追い出されたくなくて頑張っているように見えていたらしい。
完全に私の真意を見抜かれてしまったわけではないようで安心した。
私は自分に自信をつけるためにポーション作りを頑張っている。
ひと月後に迫った赤月の舞踏会にて、レグルス様の隣に堂々と立てるように。
まあそれを直接明かすのは恥ずかしいから、ここではさすがに言わないけどね。
「そうか、早とちりをしてしまって申し訳ない。もしスピカが宮廷から追放されることを恐れて無茶をしているようなら、絶対に止めるべきだと思ったからさ」
「……ふふっ、お優しいのですね」
どこまでも過保護で、私に対する心配の気持ちがとことんブレない人だ。
やっぱりすごく優しくて、とてもよくこちらのことを見てくれている。
その事実に嬉しさを噛み締めていると、レグルス様は畳みかけるようにこんなことを言ってきた。
「スピカが頑張っている理由はよくわかったよ。でも、一応これだけは忘れないでほしい」
「……?」
「僕は何があっても、スピカのことを見捨てたりはしないよ。スピカの聖女の力は確かに価値あるものだけど、それが理由で君に婚約を申し出たわけじゃない。僕はスピカという個人を好きになって、それで一緒になりたいって思ったから」
「……」
改めてそう告げられて、私は思わずサッと顔を背ける。
……顔が熱い。
頬がだらしなく緩んでいるのがわかる。
今、絶対に見せちゃいけない顔をしています。
いきなり真剣な顔で、目を真っ直ぐに見てそう告げてくるのはずるいですよ。
「……あ、ありがとう、ございます」
それでも私は、なんとか声をしぼり出すようにしてお礼を返したのだった。
早く私も、自分に自信をつけて、同じくらいの“好き”の気持ちをレグルス様に伝えたいです。




