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第二話 「これからどうしよう」


 宮廷に用意された自室で荷物をまとめて、私はその足で宮廷を出た。

 宮廷を出る直前、ハダル様の従者から後日生家の方に少なからずの慰謝料を手配する旨を、淡々と伝えられた。

 それを聞いて、改めて私は王子の婚約者でなくなったのだと自覚する。

 そしてその日は、とりあえず王都の宿に部屋をとって、そこで寝泊まりをすることにした。

 少し冷静になる時間と空間が欲しかったから。


「はぁ……」


 私はドレスと装飾品を取り払い、身軽な格好でベッドに倒れて嘆息する。

 思いがけない婚約破棄と解雇宣告。

 なんだか、これまでの頑張りをすべて否定されたような気持ちになった。

 たとえ愛がなくても立派な花嫁になろうと勉学と修行を怠らなかった。

 実家のためとは言え、王子の花嫁に相応しい女性になろうと心では誓っていた。

 でも無惨にも、私たちの間には少しの絆すら芽生えてはいなかったんだ。


「……いや、違うか」


 これは私が悪いんだ。

 使命に甘んじてハダル様との仲を深めようとしなかった私の失態。

 聖女である限りこの婚約は必ず成功すると慢心していた私の怠惰。

 しっかりハダル様と良好な関係を築けていたなら、私は見捨てられることはなかったんだ。

 カペラと仲良くしている姿を見て、どうして少しでも焦りを覚えなかったんだろう。

 婚約者としてもっと近くに寄り添うべきだった。好きになってもらえる努力をするべきだった。


「ごめんなさい、お父様、お母様。私が不甲斐ないせいで……」


 ……いや、くよくよするのはこの辺でやめておこう。

 それよりもこれからどうするかについて考えた方が建設的だ。

 ポーション技術の発展と普及のせいで、私は聖女のお役目を奪われてしまった。

 それによって婚約も破棄されて、宮廷も追放されてしまった。

 私は新しい働き口を見つけて、生活基盤を整えなければならない。

 どのような仕事に就くか、どのように仕事を探すかそれらを真っ先に考えなければ。

 ひとまず実家に戻るという手もあるけど。


「……できれば家には帰りたくないなぁ」


 落ち込むみんなの姿を見たくない。

 聖女の魔力が宿っているとわかって、私は宮廷にお呼ばれされた。

 その時の、感涙で顔を濡らしていた家族たちの様子が今でも忘れられない。

 宮廷を追い出されて婚約も無くなったと知ったら、きっとひどく落ち込んでしまうと思う。

 おまけに家族のみんなは優しいから、私のことを精一杯慰めてくれるだろうけど、その空気感に耐えられる自信がない。

 やっぱり実家に戻る手は無しだ。謝罪の手紙だけ送っておこう。


 というか私としては、今はこの国にいたくない。

 じきにここヴィーナス王国では、私が婚約破棄されて宮廷も追い出されたという不名誉な話が広まる。

 そうなれば憐れみの目や多くの嘲笑を受けることになるのは想像に難くない。

 きっと貴族令嬢らしく社交界に参加しても、後ろ指を刺されて笑われるだけなんだろうなぁ。

 本音を言えば、ほとぼりが収まるまでは誰も自分のことを知らない場所で静かに過ごしていたい。


「となると、隣国のアース王国かなぁ」


 私は脳内で地図を広げて行き先を思い描く。

 アース王国なら誰も私のことを知らないし、不名誉な噂が流れてくることもまずない。

 このヴィーナス王国より僅かに魔物被害が多いくらいで、市民の生活水準は変わらないくらいだし。

 そこでしばらく過ごして、皆が聖女への関心を無くした頃に戻って来るのはどうだろう。

 悪くない案だと思う。


 で、問題は、その隣国でいったい何をするかだ。

 人間、仕事に従事していなければ食いっぱぐれるのが世の常。

 働かざる者食うべからずだ。

 一応、聖女時代にそれなりにお給金はもらっていたので、実家への仕送りをしながらでもそこそこの蓄えはできた。

 両替商に通貨を換えてもらえば、向こうでもしばらくは暮らせると思うけど、それもそう長くは持たない。


 だから食べていくための稼ぎ口をきちんと確保しないと。

 パッと思いつくのは酒場の店員とか花屋の手伝いかな?

 今までずっと宮廷にこもって治癒活動ばかりしていたから、私にできることなんて限られている。

 普通の魔術師だったら傭兵か衛兵という道もあるのだろうけど、白魔力では治癒魔法以外の魔法はほとんど使いものにならないから。


 ――まあ私としては、やっぱりまた誰かの傷を癒すような仕事に就きたいけどね。


 苦しんでいる人の傷を癒して感謝される。

 あれはとてもいいものだ。

 みんながみんな笑顔になって優しい気持ちに満たされるから。

 それなら隣国で治癒活動でもしてみようかな。

 あっ、でも、向こうでもポーションの普及は始まっているよね。

 だとすると怪我をして困っている人はほとんどいないよなぁ。


「ポーションポーションポーション……そんなにポーションがいいですか……」


 ポーションに仕事を奪われた憤りが沸々と出てくる。

 まあ、ポーションの方が使い勝手がいいのは認めるけどさ。

 手軽に持ち運べるし長期間の保存もできる。

 それなりに魔力を鍛えた人なら比較的簡単に調合もできるし。

 怪我人に直接手をかざして治癒魔法を掛けてあげる時代は終わりを告げてしまったのだ。

 そんな古臭い方法より、今はポーションの方が……


「あっ、そっか」


 ポーション、私も作っちゃえばいいんだ。

 ポーションを自作してそれを売る。

 そうすればまたみんなの傷を癒してあげることができる。

 それにポーションが普及したとは言っても、使い勝手の良さから供給が追いついていないと聞く。

 出せば出すだけ売れていくとのことなので、一攫千金を狙ってポーション作りを生業とする『魔法薬師(まほうやくし)』を目指す人も多くなったのだとか。


 でも、全員が簡単になれるわけではない。

 ポーションを作るためにはそれなりの魔力が必要になるから。

 でも私は、五歳の頃から聖女として治癒活動をしてきたから、魔力だけはかなり鍛えられている。

 あとは材料と知識さえあれば、魔法薬師になることも充分に可能だ。


「そうだよ、何も治癒魔法にこだわる必要はないんだ……」


 時代が変わったのなら、それに合わせて私も活動方法を変えればいい。

 聖女の治癒魔法を捨てて、より便利なポーションの方で怪我人を癒してあげるんだ。


「よし、明日からさっそく頑張ってみよう!」


 嫌なことがあったばかりだけど、私はへこたれずに前向きになった。

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