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第十六話 「笑顔の理由」(レグルス視点)


 スピカに赤月の舞踏会での婚姻発表を承諾してもらった後。

 レグルスは人知れず安堵しながら執務室に戻っていた。


(よかった、舞踏会での婚姻発表を了承してくれて)


 スピカはあまり注目を浴びるのを好まない。

 できれば静かに平穏に暮らしたいと思っている人物だ。

 だから正直、衆目の中で婚姻発表をするのを嫌がるのではないかと思った。

 けれどこれといって激しく拒んでくることはなく、認めてもらえて何よりだと思う。


 赤月の舞踏会で婚姻発表をするのには、大きな理由がある。

 それはスピカの存在をより多くの人たちに知らしめるため。

 アース王国の第一王子と、隣国の貧乏伯爵家の娘では婚姻に納得しない者も出てくるだろう。

 しかしそれが巷で噂になっている秘薬作りの聖女だとしたら話は変わってくる。

 貴重な聖女の魔力を宿している人間ならば、血の継承という観点から王族との婚姻も成立する。

 ゆえに大舞台でスピカが聖女であることを示せば、婚姻に反対する者もいなくなるということだ。


 そしてもう一つの理由として、スピカの力をより幅広く世に伝えたいから。

 会場には世界的に有名な賓客たちが大勢訪れる。

 そこで聖女の秘薬の力を示せばどうなるか。

 きっと彼女のポーションを本当の意味で必要としている人たちが浮き彫りになるはずだ。

 手脚を失くして困っている人、一生ものの深い傷に悩まされている人、レグルスのように目を潰されて光を失っている人。

 騎士団や冒険者たちにも必要なものではあるが、まず先にそういう人たちにこそスピカのポーションが行き渡ってほしいとレグルスは願っている。


(……まああと、愛らしい婚約者を皆に自慢したいという、個人的な欲求もあるけれど)


 と、密かにそんなことを考えていると……


「おっ、レグルス君じゃん」


「……カストルさん」


 廊下の曲がり角から赤髪の男性が出て来た。

 傍から見れば、第一王子に対してなんて口の利き方をしているのかと咎められるだろう。

 しかしこの男にはそれが許されていて、レグルス本人もそれを容認している。

 むしろレグルスから敬語をやめてほしいとまで言ったほどの人物だ。


 王国騎士団の第一師団において、副師団長を務めている公爵子息カストル・ジェミニ。

 カストルは元々、第一師団の師団長だった。

 しかしレグルスが貴族学校を卒業し、王国騎士団に入団した時に彼に師団長の座を譲ることになった。

 形式的に、代々王子が師団長を務めることになっているためである。

 今では多くの者がレグルスのことを現代最強の魔術師と呼んでいるが、レグルス自身はそうは考えていない。

 自分は形式として師団長になっただけで、実力はカストルの方が上だと考えている。

 だからカストルの方から敬語を使われた時、それをやめてほしいとレグルスの方から懇願した。

 ゆえに、師団長と副師団長、第一王子と公爵子息という間柄でありながら、このような上下関係になっている。


「んっ? なんだよレグルス君、なんかいいことでもあったのか?」


「ど、どうしてですか?」


「だって、めっちゃニヤニヤしてるから」


「……」


 レグルスはおもむろに顔を逸らす。

 赤月の舞踏会でのスピカとの婚姻発表を想像していて、つい頬が緩んでいた。

 近頃、スピカの研究室に行く時も、ニヤけていたところをベガなどに見られていたので、気を引き締めなければと省みる。

 即座にいつも通りの表情に戻って、レグルスは再びカストルの方を振り向いた。


「……職務中に弛んだ様子を見せてしまってすみません」


「いやいや、全然いいことだと思うけどな。俺なんていっつも弛んでるし」


「それはどうか直してくださいよ」


 カストルは白い歯を見せて、戯けたように笑う。

 彼はこのように底抜けの明るさを持った性格で、団員たちからの信頼も厚い。

 一方でレグルスは根っからの真面目気質で、師団長になった初めはその性格が災いして、師団の空気をやや悪くしてしまったものだ。

 その際にカストルが相談に乗ってくれて空気感を変えてくれたこともあり、彼の陽気さを見習ってレグルスの性格も少しずつだが丸くなってきた。

 そのためレグルスにとってカストルは、師団長としてのいい見本であり、優しい先輩のような存在になっている。


「にしても、レグルス君がそんな顔するようになってくれてよかったよ」


「えっ?」


「いっつも気を張ったような顔してたからさ。特に最近は表情が柔らかくなったって、騎士団のみんなも言ってるし。もしかして例の“宮廷薬師ちゃん”のおかげかなぁ?」


「……どうでしょうかね」


 いきなり図星を突かれて、レグルスは再びそっぽを向く。

 まさか他の騎士たちからも見られていたとは思わなかった。

 表情が柔らかく見えたのなら何よりではあるが、師団長の自分が気を抜いてはいけないと心を改める。


「ところでどうするよレグルス君、コルブス魔占領域の開拓作戦について。何かいい案とか思いついたりしてないか?」


「まだ決めかねています」


 魔物が占領している大地――魔占領域。

 そこを開拓して人類の領地にすることを開拓作戦といい、レグルス率いる第一師団の主目的となっている。

 今カストルから話があったコルブス魔占領域も、アース王国に隣接している開拓予定地で、現在侵攻が難航している。


「やっぱあいつらの“毒”は厄介だよな。解毒ポーションでも治療に時間が掛かるし」


「団員たちを危険な目には遭わせられませんからね」


 解毒ポーション。

 エメラルドハーブを使った治癒ポーションとは違う、毒の治療に用いることができる魔法薬。

 植物由来、魔物由来に関わらず、人体に有害な毒を一瞬で分解することが可能だ。

 しかしコルブス魔占領域にいる魔物たちの毒は、解毒ポーションで瞬時に治療ができない。

 備わっている毒が非常に強力で、解毒ポーションでも毒の分解に時間が掛かってしまうのだ。

 そのため分解が完了するまでに毒に耐え切れず、王国騎士が死亡した例が少なからずある。

 ポーションの数も一つだけでは足りず、一度の治療で三つほど必要になるのでその点も頭痛の種となっている。


「さっさとあそこ開拓しろって他所からの声も多くてな。本格的に圧力が掛かる前に終わらせちまいたいもんなんだが」


「開拓作戦が成功すれば、マーズ王国との大きな交易路が結べますからね。僕たちとしても王国騎士団の信頼維持のために、悠長にはしていられませんし」


 二人はそう言ったが、これといって明確な解決策は浮かんでこない。

 そのため差し当たってできることをカストルは言った。


「とりあえずは良質な解毒ポーションを大量に集めなきゃ話にはなんねえか」


「そうですね。どのような作戦になったとしても、保険としての解毒薬は必要になるでしょうから」


 また改めて話し合うことにして、そこで会話は終了した。

 と、思ったのも束の間、カストルがレグルスに問う。


「宮廷薬師ちゃんにも手伝いを頼めたりしないのか?」


「えっ?」


「あの子、特殊な魔力を持ってるだけじゃなく、魔力量の方も相当だって聞いてるぞ。だから解毒ポーションの調達に協力してもらえねえかなって思ってさ」


「そう、ですね……」


 確かに彼女の魔力量なら、一日でかなりの解毒ポーションを作れるはず。

 今は聖女の秘薬の製作に集中してもらっているため、自然とその選択肢を頭から除外していた。


「でしたら現在作ってもらっている治癒ポーションの製作を止めてもらい、解毒ポーションの製作に取り掛かるようにお願いを……」


 レグルスがそう言いかけると、カストルが悩ましい声でそれを遮る。


「いや、できれば治癒ポーションの方も作ってはほしいなぁ。開拓作戦には治癒ポーションも必要になるだろうし、聖女の秘薬がないのはかなり痛い」


 しかしそうすると、スピカに多大な負担が掛かってしまう。

 そのことを言及しようとすると、カストルは少し戯けた調子で言った。


「聖女の秘薬も作ってもらいつつ、解毒ポーションの方も同じ数だけ用意してもらえねえかなぁ、なんて」


 瞬間――

 レグルスは無意識に、声を張り上げていた。


「スピカにそんな無茶はさせられません!」


「……」


 その声に、カストルは思わず目を剥く。

 レグルス本人も、言った後で自分の声の大きさに驚いた。

 カストルがいつも言う冗談だとはわかっていながら、我知らず強めに否定してしまった。


「……と、取り乱してしまい、大変申し訳ございませんでした」


「い、いや、俺の方もすまなかったな」


 二人の間に微妙な空気が漂う。

 レグルスは明らかに私情的な反応を示してしまったため、恥ずかしさと情けなさで顔をしかめた。

 その気持ちを察したカストルは、小さく笑ってレグルスに声を掛ける。


「本当にあの子が大事なんだな。無茶させるような指示はしないから安心してくれ」


「……」


 自分でも、幾度となく過保護すぎるのではないかと思うことがあった。

 今もその一面が出てしまって、レグルスは内心で自身を戒める。


(仕事に私情を挟むのはもっての外だ。スピカに無茶はさせたくないけれど、治癒ポーションと一緒に解毒ポーションも作ってもらえたら、騎士団が助かるのは確かじゃないか)


 まずはスピカに、同時に作れるかどうか聞くのが先の話だ。

 きっと大変だろうからと、勝手に過保護になって守るのはよくない。

 下手をすれば、スピカの活躍の場を奪ってしまうことにもなるかもしれないのだから。

 そう気持ちを改めて、レグルスは咳払いを挟んでから言った。


「……スピカに解毒ポーションの製作ができないかどうか、僕の方から聞いておきます。彼女ができると言ったなら、無理のない範囲で作ってもらうようにしますから」


「そうしてくれると助かるよ。俺の方も、色んな伝手を使って解毒ポーションをかき集めてみるからさ」


 そこでレグルスとカストルは会話を終わらせて、別々の方へ歩いて行った。

 スピカに無茶はさせられない。

 けど確かにスピカに解毒ポーションの製作を手伝ってもらえたら心強い。

 彼女の魔力量なら一日だけでも相当な数の解毒ポーションを作れるだろうし、薬師としての腕も確かだ。

 良質なものを手がけてくれると確信している。


(そういえば……)


 スピカは聖女の魔力によって、治癒ポーションを規格外の性質に変化させた。

 ならば……


(聖女の魔力で解毒ポーションを作った場合は、いったいどうなるのだろう?)


 レグルスはふと、そんな些細な疑問を抱いた。

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