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第十五話 「赤月の舞踏会」


 宮廷薬師になってから二週間が経ちました。

 どうやら私のポーションは、騎士団の中でかなり好評なようです。


「一週間前に魔物の異常発生が起きた東地方の森に、第二師団が討伐遠征に向かったんだ。そこでスピカのポーションが大活躍だったんだって」


「そうなのですか?」


 研究室に納品物を取りに来たレグルス様が、自分のことのように嬉しそうに話す。


「魔物たちは予想以上に凶暴な種族が多くて、腕や脚を潰された者、目を撃ち抜かれた者、修復不可能な損傷を負った者が多くいたらしいんだけど、スピカのポーションのおかげで事なきを得たんだ。結果、全員生還できたってさ」


「お役に立てたようで何よりです」


 私が毎日作っているポーションが、ちゃんと役に立っているみたいでよかった。

 腕や脚なんかを潰されたら普通のポーションじゃ修復できないもんね。

 その綻びが師団の大崩壊に繋がる危険性もあったようで、まさに騎士たちの命を繋ぐ生命線になったのだとか。


「過去に例を見ないような魔物の異常発生で、少なからずの犠牲は免れなかっただろうに、全員を五体満足で生還させるなんてやっぱりとんでもないポーションだよ。王国騎士たちの間では、今その話で持ちきりさ」


 レグルス様は苦笑を浮かべて肩をすくめる。


「聖女の秘薬をもっとたくさん作ってほしいとか、うちの師団にも多めに回してほしいとか。みんなスピカのポーションの規格外の有用性に気が付いてしまったみたいだね。あまり君に無理はさせたくないというのに……」


「いえ、私の方でしたらポーション作りにもだいぶ慣れてきましたので、納品数を増やしていただいても大丈夫ですよ」


 私はそう言って、いつもより多めにレグルス様にポーションを渡した。

 レグルス様は申し訳なさそうにしていたけれど、私が『どぞどぞ』と強めに押したことでなんとか受け取ってくれた。

 騎士団の役に立つのならどんどん持って行ってほしい。

 実際、魔力もだいぶ上がって一日の製作数も増えてきたので、納品数を変えてもらっても問題はないから。

 もっともっと、みんなの役に立って、自分に自信を持てるようになりたいな。


 それと先日、商業ギルドからも出店許可をもらうことができた。

 ポーションの蓄えも充分にできたので、町での露店販売も明日から開始する予定である。

 それで魔法薬師としてみんなから認めてもらうことができたら、ますます自信に繋がるんじゃないかな。

 レグルス様に私の方から『好き』と伝えられる日も、そう遠くないかも。

 その時のことを想像して、密かに頬を熱くさせていると、不意にレグルス様が窓の外を見て言った。


「そういえばちょうどひと月後、宮廷劇場で年に一度の大規模な宮廷舞踏会が開催されるんだ」


「宮廷舞踏会?」


 あっ、聞いたことがある。

 アース王国の宮廷で開催される宮廷舞踏会。


「それって、『赤月の舞踏会』のことですか?」


「うん、よく知っているね」


 いやいや、知っているも何も……


「アース王国の宮廷舞踏会と言えば、世界的に有名ではないですか。隣国のヴィーナス王国でも、憧れている令嬢たちは数多くいましたよ」


 それこそ世界三大舞踏会の一つに数えられているほどだ。

 外観の美しさで名高い宮廷に備えつけられている、これまた壮観なアース王国宮廷劇場。

 そこで年に一度開催される舞踏会は、毎回全国的に有名な賓客を大勢招いて、腕利きの楽団による演奏と、何万という蝋燭とランプによる輝きの中、着飾った子息令嬢たちが思いのままに踊り明かすと言われている。

 劇場では舞踏だけでなく、役者たちの喜劇なども行われたり、自由気ままに盤上遊戯に興じる者たちもいると聞く。

 まさに娯楽のすべてを詰め込み、日頃の鬱憤を晴らさんばかりに貴族たちが自由を謳歌するその宮廷舞踏会は、『赤月の舞踏会』と呼ばれてヴィーナス王国でも有名だった。

 それがひと月後に開催されるんだ。


「その昔、アース王国が歴史上でも類を見ない大災害に見舞われて、滅亡の危機に瀕したことがあったそうだ」


 レグルス様は落ち着く声音で、昔話を始めてくれる。


「度重なる魔物被害、大規模な自然災害の多発。ただでさえ当時のアース王国はあまり開拓も進んでいなくて裕福とは言えなかったのに、そんな悲劇が襲いかかってきて国民たちは絶望の渦に呑まれたそうだ」


 次いで彼は窓から青空を見上げる。


「そんな中、当時の国王が夜空に赤い月を見たんだって」


「赤い月?」


「事実かどうかはわからない。王国の危機に直面して憔悴している国王が見た幻覚かもしれない。けど王は、夜空に見たその赤い月に向けて、王国の復興を願ったそうだ」


 月に願い事なんて、なんだか乙女的なことをする国王だな。

 でもそれだけ追い詰められていたということでもあるのだろう。

 神様に救いを求めるのと同じように、奇怪な赤月に神秘的な力を感じて願いを伝えたのかもしれない。


「すると、国王のその願いが通じたのか、各地の魔物たちが一斉に沈静化し、頻発していた災害も鳴りを潜めて、王国が瞬く間に潤っていったそうだ」


「えっ?」


「それからというもの、アース王国の宮廷では赤い月を見たという秋の半ば頃に、感謝と祝福を示す舞踏会を催すことを決めたそうだよ」


 まさか本当に願い事が通じて、王国が救われるなんて。

 いったいどこまでが本当の話なのだろうか?

 かなり古い伝承のようなので、信憑性は薄そうに思えるけど。


「あっ、だから『赤月の舞踏会』ということですか」


「そっ」


 そんな名前の由来があったなんて知らなかったなぁ。

 ただ、それが由来なのだとしたら、赤月の舞踏会の規模の大きさも納得のものである。


「で、その赤月の舞踏会なんだけど、そこで正式に僕たちの結婚を発表しようと思っているんだ」


「えっ?」


 唐突にそう告げられて、私は思わず放心した。

 赤月の舞踏会で、結婚を発表する?

 世界的に有名な賓客が大勢やって来る場所で?


「せ、世界三大舞踏会の一つの赤月の舞踏会で、婚約発表なんてしていいのでしょうか?」


「王家主催のものだし、父上にも了承を得ているから何も問題はないさ」


 レグルス様のお父様であるゾスマ国王には、すでに婚約の件を明かしている。

 最初はすごく驚かれたけれど、婚姻を否定されることはなくむしろ背中を押してもらえた。

 聖女の魔力が有用だと思ってもらえた、というより、レグルス様のお気持ちを優先してくれたのだと思う。


「そもそも昔から、王子たちはこの赤月の舞踏会で伴侶を見つけて婚姻を発表しているんだ。夜空から見守っている月も紅潮するような熱い愛が結ばれる舞踏会だから、赤月の舞踏会という名前になったって話もあるくらいだし」


「そ、それはまた可愛らしい言い伝えですね」


 舞踏会を見守っている月が照れて赤くなったから赤月の舞踏会って……

 赤月の伝承が、一気に女児向けの童話みたいになったんですけど。


「王太子妃の公表っていう一大イベントなんだから、それだけ大きな舞台で言っても文句は言われないよ。だからぜひ僕と一緒に参加してほしい」


「は、はい」


 そう応えると、レグルス様は嬉しそうに微笑んだ。

 そして明らかに上機嫌な様子で、ポーションを持って研究室を後にする。

 赤月の舞踏会で、正式な婚姻発表。

 皆の憧れでもある舞踏会で、王子との婚姻発表なんて夢みたいな話である。


「……ひと月後」


 私は密かに決意を抱く。

 やっぱり私はまだ、自分のことをレグルス様に相応しい人間だと思えていない。

 あの人の隣に並んで立てるようになるには、もっと自分に自信をつけなきゃダメだ。

 どうせなら赤月の舞踏会には、レグルス様の婚約者として堂々と胸を張って参加したい。

 そのためにも、このひと月の間は、今まで以上にポーション作りを頑張って自分の価値を示していこう。


「よし、やるぞっ!」


 私はその日から、ますます精力的にポーション作りに励んだのだった。

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