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第十四話 「ちゃんと好き」


「私が、どう思っているか……?」


 思いがけない問いかけを受けて、私はポーション製作の手を止める。

 ベガ君は、主人を心配するような表情になり、真剣な声音で続けた。


「レグルス様はスピカ様のことが好きだと、コズミックの町から帰って来た当日にお教えくださいました。そして正式な発表はまだですが、婚約を誓い合う関係になったとも、嬉しそうにお話しになりました」


 そっか、ベガ君には話したんだ。

 私たちが婚約を誓ったことは、まだ正式に発表はされていない。

 じきに然るべき場所とタイミングで、国民たちに公表するとレグルス様は仰った。

 それでもベガ君には話していて、私に好意を抱いていることも明かしているということは、彼らの間には絶大な信頼関係が築かれているという証拠である。

 そんなベガ君が私に対して、怪訝な視線を向けてきた。


「ですが、スピカ様の方から好きという信号は、まるで窺えませんでした」


「……」


「ですからスピカ様が、レグルス様のことをどう思っていらっしゃるのか、そしてどのような人物なのか、私はずっと気になって観察していたのです」


 私の方から好きという信号が、まったくなかった。

 改めてそう言われて、そういえばそうだと気付かされてしまう。

 確かにレグルス様に婚約話を持ちかけられた時、私は了承をしただけで気持ちまで伝えはしなかった。

 それからも私は、ただ一方的にレグルス様の好意を受け取るばかり。

 傍から見ていたら、確かに私はレグルス様のことをどう思っているのかわかりづらかっただろう。


「レグルス様には、絶対に幸せになってもらいたいのです」


 ベガ君は、どこか寂しげな顔をして言う。


「レグルス様は、傲慢で愚かだった私を、正しい道に進ませてくれた恩人なのです。魔術師としての才能も随一で、地位に寄りかかることなく誰にでも優しく、私が目標としている憧れの存在です」


 いったい過去にどのようなことがあったのか、それは定かではない。

 けどベガ君の語る様子から、レグルス様に対する並々ならない忠誠心を感じた。


「ですから、もしあなたがレグルス様の好意を利用して、今の立場を獲得しているのなら、いつかレグルス様のことを悲しませてしまうのではないかと思いました」


「それで、私がどういう人間か気になって、観察してたってこと?」


「……はい」


 ベガ君は申し訳なさそうに、弱々しく頷いた。

 私を疑ってしまったことに罪悪感を覚えているのだろう。

 それも無理はない。

 尊敬するレグルス様に突然婚約者ができて、その相手がどこの馬の骨とも知らぬ魔法薬師なら、疑心は当然のものだろう。


「もし邪心を持ってレグルス様に近づいているようなら、従者としてお二人を離れさせることもやぶさかではないと思っていました。しかしスピカ様が悪意を持っている人物にも見えず、かといってレグルス様のことをどうお考えになっているのかも、よくわからなくて……」


 それで単刀直入に私に聞いてきたわけか。

 レグルス様のことをどう思っているのかを。

 私はレグルス様のことをどう思っているのだろう?

 私自身、その辺りははっきりしていない。


 …………いや、はっきりはしているのか。


 私は自分の気持ちに“答え”を見つけている。

 けど、それを表に出すことはまだ一度もしていない。 

 たぶんそれは、きっと私が……


「ご無礼を働き、大変申し訳ございません。なんなりと罰をお与えくださいませ」


「う、ううん。そんなことしないから安心してよ」


 ベガ君は何も悪くない。

 ただ従者として、主人のレグルス様のことを心配しただけだ。

 これはいわば、はっきりしていない私の方に責任があると言えるだろう。


「ベガ君が心配するのもわかるよ。尊敬しているレグルス様に、突然婚約者ができたらその相手のことが気になるのは当然のことだよね。それに私なんて、今までレグルス様とまったく接点がなかったわけだし」


 私は今一度、息を深く吸って吐き出すと、ベガ君の方を真っ直ぐ見て告げた。


「だからしっかりと言葉にするよ。本人にはまだ、恥ずかしくて言えないけど、ベガ君にはなんとか伝えられそうな気がするから」


 これが私の本心。

 レグルス様に対する嘘偽りない気持ち。


「私も、ちゃんと……」


 辿々しく言葉を詰まらせながらも、私は本音を吐露した。


「ちゃ、ちゃんと……レグルス様のことが……好きだよ」


「……」


 その言葉を受けて、ベガ君は目を丸くして固まってしまう。

 言った。初めて自分の気持ちを口に出した。

 けど、改めて言葉にすると、めちゃくちゃ恥ずかしいんですけど!

 なんの時間ですかこれ! 私の顔、りんごみたいに赤くなってませんか!

 でもこれが私の本心なのだと、私自身も今一度理解する。


 私はレグルス様のことが好きだ。

 というか、好きじゃないわけない。

 だって、あんな劇的な助けられ方をしたんだから。

 人攫いに遭って、怖い思いをして、そこを圧倒的な力で救い出してくれた。

 それからもすごく優しくしてくれて、色々なことを素直に褒めてくれて。

 それで意識するなって言う方が無理な話でしょ?


「だから、レグルス様も私のことが好きなんて、本当に嬉しいことなの」


 次いで私は、胸中に漂っている不安も明かす。


「ただね、私なんかがレグルス様の『好き』を頂戴してもいいのかなって、そういう迷いもあるんだ」


「迷い?」


「ベガ君の言う通り、あの人は本当にすごい人。世界で唯一の黒魔力の持ち主で魔術師としての腕も一流。王位継承権も有している第一王子様だし、才能も地位も名誉も全部持っている。一方で私は……」


 この際だから、まあいいか。

 いずれ知られてしまうことだし、早いか遅いかだけの違いだよね。


「私は、ヴィーナス王国の宮廷から追い出された、役立たずの聖女なの」


「えっ?」


「ポーション技術の発展のせいでね、聖女の治癒魔法は必要が無くなっちゃったんだ。そのせいで宮廷を追い出されてね、婚約していた相手も別の人に心を移しちゃったの」


 聖女として無能の烙印を押され、令嬢としても見放されてしまった出来損ない。


「そんな私がさ、本当にレグルス様と結ばれてもいいのかなって。もっと他にいい人がいるんじゃないのかなって、ずっとそう思っているの」


「……ですから、今までスピカ様の方から好きという感情を示したことがないのですか?」


「うん」


 私の気持ちははっきりしている。

 でもそれを表に出さないのは、私が自分に自信がないからなんだ。

 私なんかがレグルス様に釣り合うわけがないと、心のどこかでそう思っているから。

 だからなのかな。

 私は恵まれた環境に置いてもらっていることにも、いまだに強い違和感を覚えてしまう。

 仕事が楽だと感じると少し申し訳ない気持ちになるし、与えられている部屋や食事も自分にはもったいないなと今でも思うことがある。

 きっとそれも、自分に自信がないから、本当に私なんかがこんなに優遇してもらっていいのかと考えてしまうのだろう。


「……スピカ様はまだあまり、自分の価値を正しく理解できていないのですね」


「レグルス様にも同じことを言われたよ。だからたぶんそうなんだろうね。私は自分の価値がよくわかっていなくて、自信を持てないんだと思う」


 我ながら卑屈な性格をしていると思うよ。

 いや、あんな出来事があった後なのだから、それも無理はないんだろうけど。

 宮廷追放と婚約破棄は、思った以上に私の心に深い傷を刻んでいるみたいだ。


「だから、私がいつか自分に自信を持って、レグルス様の婚約者に相応しくなれたと思ったら……」


 私は今一度、ベガ君のことを真っ直ぐに見て、強い決意を示す。


「その時に改めて、私の方から『好き』って気持ちを、レグルス様にちゃんと伝えるよ」


「……」


「それまで少しだけ待っててもらえないかな? 確証はないんだけど、私はこのポーション作りを通して、ようやく自分に自信を持てそうな気がするから」


 形式的に聖女として称えられていたあの時よりも。

 自分で選んだこの道で、みんなの役に立つことで、ようやく本当の意味で自分に自信を持てそうな気がするから。

 だから私はこれから、もっともっとポーション作りを頑張ろうと思う。


「……わざわざお話ししていただいてありがとうございます。スピカ様のお気持ち、とても強く伝わってきました。お辛い過去を話させてしまい、申し訳ございません」


「いいよ別にこれくらい。どうせそろそろこの辺りにも噂は流れてくるだろうし」


 ていうか噂でみんなに伝わるよりも、自分で言っちゃった方が気持ち的に楽だと気付いた。

 今さらもう遅いことだけど。

 申し訳なさそうにしていたベガ君は、次いで改まった様子で私に向き直る。


「あの方には、本当に気持ちが結ばれた相手と添い遂げてほしいので、微力ながら私もお手伝いさせていただきます」


「ぐ、具体的には……?」


 いったいどんな助力をしてもらえるのかと気になって問いかけてみると、ベガ君は少し得意げな様子で、胸を張って宣言した。


「レグルス様に恋い焦がれる令嬢はたくさんいます。ですので劣情を持ってレグルス様に近づこうとする者たちは、私がすべて跳ね除けてみせますよ」


「何卒よろしくお願いいたします」


 私は姿勢を正してベガ君に頭を下げたのだった。

 とても心強い恋の味方ができました。

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