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第十三話 「なんか見られています」


 正式に宮廷薬師になってから三日。

 私はレグルス様が言った通り、宮廷で伸び伸びとポーションを作らせてもらっていた。

 恵まれすぎている環境に、やはりいまだに違和感を拭えないけれど、毎日コツコツと王国騎士団のポーションを作っております。

 そして本日、いつもと少し違う状況が訪れた。


「今日は僕の従者のベガに、君の警護を任せるから」


「はいっ?」


 朝。

 研究室に着いて本日分のポーションを作ろうと思ったら、レグルス様が訪ねて来た。

 そして彼の隣には、微かに見覚えのある青髪の少年が立っている。


「初めまして、スピカ様。レグルス様の元で修行をさせていただいている、見習い騎士のベガと申します」


「は、初めまして」


 ふわっとしたショートヘアに、少し可愛らしさを感じる中性的な童顔。

 くりっとつぶらな碧眼は曇り一つなく、全体的にシルエットは細めである。

 宮廷に来てから三日、たまにこの少年を宮廷内で見かけることがあった。

 まだ若いのにいったいどんな仕事をしているのだろうかと気になっていたが、まさかレグルス様の従者だったとは。

 見習い騎士ということは、レグルス様の身の回りの世話をしているということだよね。

 第一王子の彼の世話係になれる人物。十中八九、侯爵家以上の出自に違いない。

 確かに若い見た目とは裏腹に、彼からは威厳のようなものを感じるし。


「僕は今日、王国騎士団の師団長として話し合いに参加しなきゃいけないから、宮廷にはいないんだ。帰って来るのは夜遅くになると思う。だからその間の警護や付き添いはベガに任せることにしたんだ」


「なるほど……」


 レグルス様は魔占領域の開拓を担当している、王国騎士団の第一師団の師団長を務めている。

 ただでさえ第一王子として忙しい身でありながら、師団長の職務もこなす以上、宮廷を留守にする日があるのも当然だ。


「たぶんまた同じような日が来ると思うから、その時もベガに警護を任せようと思っている。本当だったら、僕がこの目でスピカのことを見守っていたいと思うんだけど、さすがにずっとそうはいかなくてね」


「い、いえ、それは仕方がないことかと」


 第一師団は特に多忙な師団だと聞くし。

 何よりこの人は、現代最強と噂されるほどの指折りの魔術師なんだ。

 王国騎士団では頼りにされていて、精鋭揃いの第一師団でも心臓と言われているほどのこの人を、私なんかが独占してはいけない。


「でも安心してよ。ベガはまだ若いけど、この子の実力は確かだよ。将来は確実に師団長級の強さになると僕は見ている」


「もったいないお言葉です」


 レグルス様がそこまで言うなんて、かなり期待されている見習い騎士のようだ。

 今日までレグルス様と過ごしてきて、彼が嘘を言う性格ではないというのはわかった。

 どこまでも真っ直ぐで正直な人で、そんな彼が自信を持って言うなら間違いあるまい。


「それじゃあ、二人とも仲良くね。なるべく早めに帰って来るようにするから」


 レグルス様はそう言うと、足早に研究室を後にした。

 いつも落ち着いている彼が、かなり急いでいる様子だったので、その忙しさが窺える。

 残された私は、やや緊張しながら見習い騎士君の方を見て、改めて挨拶をした。


「あ、あの、宮廷薬師のスピカです。よろしくお願いします。なんてお呼びしたら……?」


「お好きなようにお呼びください。それと敬語も不要です。私は見習い騎士としてレグルス様の命に従っていますので、この際爵位は関係ありませんから」


「……じゃあ、ベガ君で」


 というわけで今日は、見習い騎士のベガ君と一緒に過ごすことになりました。




 ベガ君に見守られながら、ポーションを作ること一時間。

 誰かに見られているからといって、手元が狂うということはあまりないはずなんですが……

 思うようにポーション作りが捗らず、いまだに五個分のポーションしか出来ていませんでした。

 いや、それも仕方がないと言える。

 だって……


 なんか、すっごい見られてるんですけど!?


 ベガ君は研究室の壁の方に立って、私のことをじっと見つめている。

 視線を逸らすこともなく、きっちりとした姿勢を貫いて、ただ一点にこちらを見据えている。

 何これ? なんでこんなに見てくるの?

 ポーション製作を見るのが初めてだから、興味津々なだけ?

 それともレグルス様からしっかり警護してと言われたから、忠実にそれを守っているだけなんだろうか?


 だったら別に窓の外とか研究室の中とか、テキトーに見てていいんですよ?

 私ならどこにも行きませんから。

 なんなら部屋から出て外で待っててくれてもいいのに。

 どうしてここまで徹底して私のことを見ているのだろうか?


 これじゃあ警護じゃなくてただの監視だよ。

 本当は私がちゃんと仕事をしているかどうか、見張りに来たってことじゃないよね?

 いや、それも違うか。

 だってベガ君は、私の手元ではなく、私自身のことをじっと見ているからだ。

 ついに耐え切れなくなった私は、気まずい思いでベガ君に問いかけた。


「…………あ、あの、私の顔に何か付いてるかな?」


「……いえ」


 ベガ君は控えめにかぶりを振る。

 その際も私の方からは一切視線を逸らさず、曇りなき眼でこちらを凝視していた。


「じゃあもしかして、私が何かベガ君の気に障るようなことでもしちゃったかな?」


「……いえ」


 再びかぶりを振って否定を示す。

 えぇ、じゃあなんでこんなに見つめてくるんですか。

 別に、邪な思いがあるようには見えないから、不快な視線というわけではないけど。

 むしろ逆に、その綺麗な碧眼に一縷の淀みもないから、なんだか自分が悪いことでもしてしまったんじゃないかなって、そんな気分になってくるんですよ。

 その純粋な瞳の裏で、いったい何を考えているのか……


「……不躾に見てしまい、申し訳ございません」


「えっ?」


「少しスピカ様のことが、気になっていたものですから」


 気になっていた?

 えっ、それってどういう意味で?

 捉え方によっては誤解でも招きそうな台詞だけど、ベガ君からはそういった類の熱は感じられない。

 となると、純粋に人として、私のことが気になっていたってことかな?


「単刀直入に、聞かせていただいてもよろしいですか?」


「えっ? う、うん。なんなりと」


 不意にこの場に、妙な緊張感が生まれる。

 ベガ君の瞳が少し細められたような気がして、いったい何を聞かれるのか私は冷や汗を滲ませた。

 すると彼は、私が思ってもいなかったような問いかけをしてきた。


「レグルス様が、スピカ様のことを好きだと仰っていました。では、スピカ様自身は、レグルス様のことをどう思っているのですか?」

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