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第十二話 「のんびりとした一日」


 今日から初出勤です。

 と言っても、宮廷の自室で起きて宮廷の研究室に行くだけなので、出勤という感覚はあまりありません。

 というか与えられた部屋が豪華すぎて、まったく自分の部屋という実感が湧かないんですけど。

 味わったことのないようなフッカフカのベッド。豪華な装飾が施された家具の数々。

 箒を伸ばしても届きそうにない高すぎる天井。

 ここ、ただの個室のはずですよね? 実家の屋敷のリビングと変わらないくらいの大きさなんですけど。


「朝食をお持ちしました」


 軽く身支度を整えると、そのタイミングで使用人さんが朝食を運んで来てくれた。

 甘い香りを放つ焼きたてのクロワッサン。見事な仕上がりの綻び一つない艶肌のオムレツ。

 水々しい旬の野菜のサラダに、滅多に手に入らない高級フルーツまで。


「お飲み物はコーヒーとハーブティー、どちらになさいますか?」


「コ、コーヒーで」


 そう答えると、使用人さんは「かしこまりました」と言ってハンドミルで豆を挽き始めた。

 コリコリと心地よい音と挽きたての豆の香りに包まれながら、私は呆然と朝食の光景を眺める。

 なんか、めちゃくちゃ豪華なんですけど。

 メニューは割と平凡ではあるけど、料理の仕上がりや素材の品質が桁違いにいい。

 かなり腕のいい料理人と、良質な素材の仕入れ先を抱えているのだろう。

 聖女時代も宮廷で生活をしていたけれど、食事の豪華さはこちらの方が圧倒的に上だ。


「お待たせいたしました。ごゆっくりお召し上がりくださいませ」


「……いただきます」


 まずはクロワッサンから。

 サクッ、と軽い食感と共に、甘い空気が生地の隙間から溢れ出てくる。

 次いでオムレツも一口食べると、とろけるような舌触りとクリーミーな風味がじんわりと広がる。

 コク深いコーヒーもこれらの朝食にとてもマッチしていて、高級なホテルにでも来たような感覚だ。

 部屋の広さと美しさも格別。窓から見える中庭の景色も最高。

 そんな中で、こんなに美味しい朝食を毎朝食べられるなんて……


「……宮廷薬師、万歳」


 これなら朝が弱い私でも、寝覚めも億劫にならず、飛魚のような勢いで毎朝ベッドから起き上がれそうである。




 さて、幸せな朝食の後はいよいよポーション作り。

 与えられた研究室に行き、王国騎士団のためのポーションを製作していく。


「さて、始めますか」


 私は用意された素材と道具を確認し、さっそく作業に取り掛かる。

 一日の仕事量も昨日決めてもらったし、ちゃんとそれが達成できるように頑張っていこう。

 まあ、定められた勤務時間はないから、基本的にはゆっくりできるんだけどね。

 好きな時にポーションを作って、好きな時に体を休めることができる。

 しかも職場の宮廷は世界的に見ても指折りの美しさだし、改めて考えると恵まれた職場だよねぇ。


 そんなことを思いながらテキパキと作業を進めていく。

 これだけ大きな釜なら、一度に十個分はポーションを作れるだろうか。

 でも失敗するのが怖いので、まずはノルマの五個分の素材を用意することにした。

 スターリーフを乳鉢でゴリゴリと潰して、必要な量を半ペースト状にしたら釜に入れる。

 次いでエメラルドハーブと水もきちんと五個分になるように量って、釜に投入。

 かまどに火をつけて、釜の中身を木ベラで掻き混ぜながらぐらぐらと煮立たせる。


「この量になると、さすがに少し時間が掛かるなぁ」


 熱が全体に行き渡って煮立つまで、それなりに時間を要する。

 それと魔力の方も五個分を注ぎ込まなければいけないから。

 ただそれも、僅か三十分ほどで終わってしまい、本日のノルマを達成してしまった。


「もう、終わり……?」


 あまりに楽チンすぎて、なんか悪いことをしているような気さえしてくるんですけど。

 ここから完全に自由時間です。

 遊ぼうが寝ようが散歩しようが思いのまま。

 まあ、さすがに時間も魔力もだいぶ余っているので、引き続きポーションを作ることにした。

 自分で売りに行く用のポーションを、今から少しずつでも蓄えていくとしよう。


「調子はどうスピカ?」


「あっ、レグルス様」


 のんびりと作業を進めて二時間ほど経った頃、レグルス様が研究室までやって来た。

 彼は卓上に並べられたたくさんのポーションを見て、僅かに目を丸くする。


「こんなに作ってたんだ。魔力の方は大丈夫? 無茶してないかな?」


「いつもこれくらい作っているので大丈夫ですよ」


 本当に過保護なんですから。

 ノルマもたった五個しか指定してこないし。

 本当ならもっと多くてもいいくらいなんだけど、レグルス様は私に無茶をさせたくないみたいだ。


「じゃあ今日の納品物、もらっていってもいいかな?」


「はい、どうぞ」


 レグルス様は二十個ほどのポーションの中から五個だけを選び、それを持って研究室を後にしようとする。


「残りのポーションはどうする? もし町に売りに行くなら、僕が付き添うけど……」


「いえ、まとまった数が出来てから売りに行こうと思います」


「そっか。じゃあ何かあれば、僕は執務室の方にいるからいつでも声を掛けて」


 次いで彼は、右手を控えめに上げて小さく振りながら言った。


「それじゃあ、今日はお疲れ様スピカ。また明日もよろしくね」


「はい!」


 ガチャッと、レグルス様は研究室を後にする。

 手を振るレグルス様は、いつもと雰囲気が少し違って、なんだか可愛らしく見えました。

 と、納品も済ませて、魔力もそれなりに消費したので、完全に今日の仕事が終わってしまった。

 まだ午前中だというのに。


「午後はどうしようかなぁ……」


 図書館でハーブ栽培のための勉強でもしようか。それとも宮廷の中を散策でもしてみようか。

 いずれにしても、なんとも自由気ままな生活である。


 これが宮廷薬師となった、私ののんびりとした一日です。

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