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第十一話 「過保護な王子」


 一通り宮廷を見て回り、私は優雅な景色を堪能した。

 あちこち目移りしていたせいか、少し周りの騎士たちからは怪訝な視線を向けられたけど。

 そしてレグルス様のお父様……ゾスマ国王にも挨拶をさせてもらった。


「父上、彼女が噂の魔法薬師のスピカです。彼女を宮廷薬師として迎え入れることを、改めて認めていただきたく存じます」


 ゾスマ様は灰色の髪に口髭を蓄えた初老だった。

 執務室にて書類の束に囲まれながら難しい顔をしていて、少し近寄り難い雰囲気を感じる。

 けど……


「お、お初にお目に掛かります。魔法薬師のスピカと申します」


「あぁ、君が例の……」


 緊張しながら挨拶をすると、ゾスマ様は難しい顔を優しく綻ばせた。


「此度は息子の目を治していただき感謝する」


「い、いえそんな……」


「これにはまだやってもらわねばならぬことが山積している。目が使えんようではやはり不便なことが多かったからな、こうして快気させてもらえて非常に助かるよ」


 国王様から直々にお礼の言葉を頂戴するなんて。

 それに思っていたような怖い人じゃなくて意外だった。


「是非今後も、王国騎士団のため、国民たちのためにその力を貸していただきたい」


「はい、私なんかの力でよければ」


 というわけで、正式に宮廷薬師として採用されることになりました。




 国王様との緊張の対面を終えた後、私は部屋に案内してもらった。

 王族などが私生活を送る内廷部分の一室に、私も生活用の部屋を与えてもらえるらしい。


「い、いいんでしょうか? いきなり宮廷に住まわせてもらって」


 レグルス様の先導に従いながら、私は今さらのことを問いかける。

 ヴィーナス王国にいた時も、宮廷に部屋を宛てがわれていた。

 でもあの時は『聖女』として宮廷に住まわせてもらっていたわけで、ここでは私はただの宮廷薬師。

 宮廷に務める職人などは、基本的に町の方に住居を持っていることが多いので、私もそういう運びになるかと思ったんだけど……


「またスピカを危険な目に遭わせてしまうわけにはいかないからね。私生活の方もできれば宮廷の中で送ってもらいたいんだ。ここにいれば確実に安全だし」


 安全な宮廷に囲っていたい、とは言われたけれど、まさか本当に生活の方まで面倒を見てもらえるなんて。

 至れり尽くせりでいつか罰が当たりそうだ。


「それとも、政務官が使っている官舎や、王国騎士団の宿舎の方がよかったかな? なんだったら町の方に一軒家でも建てて……」


「い、いえいえいえ! 是非宮廷の方に住まわせていただけたらと思います!」


 さらっととんでもないことを言い始めたよこの王子様。

 私のためにそこまでしてくれなくてもいいのに。

 それに別に、宮廷が嫌というわけではない。

 むしろこんな素敵な場所に住める機会なんてないのでこちらからお願いしたいくらいだ。

 でもやっぱり展開が急転直下すぎて状況を上手く呑み込めていないんですよ。

 これでも私、貧乏伯爵家の生まれの貧困娘なもので。

 聖女として宮廷に迎えられる五歳までは、それは相当貧しい思いをして過ごしてきましたから。

 向こうの宮廷にいた時も、そこまで特別待遇を受けていたわけじゃないし。

 そんな私がアース王国の宮廷の景色に混ざっていいのかと、不安に思ってしまうのも仕方がないでしょ?


 というか、『官舎や宿舎の方がよかったかな?』と聞いてくるレグルス様の顔がとても寂しそうに見えた。

 そんなのを見せられて頷きを返せるはずもない。

 それだけ私と一緒に住みたかったってことだろうか?

 その寂しげな顔を、レグルス様は綻ばせる。


「僕もなるべく近くで君を見守りたいと思っているから、宮廷に住んでくれると助かるよ。何より君は僕の婚約者なんだから、自分の家のように宮廷で過ごしてほしい」


「……」


 そういえばそうでした。

 私はレグルス様の婚約者なのだ。

 改めてそう言われると頬が熱くなる。

 それにいまだにほとんど実感が湧かない。

 本当に私が、あの血染めの冷血王子であり、現代最強の魔術師と噂されるほどのレグルス様と……


「近々、父上にも正式にこの話をするつもりだから、その時はまた改めて二人で話をしに行こう。ある程度は自由に婚約者を探していいと言われているし、きっと父上も認めてくださるはずだ」


 やっぱり現実感がまったくないなぁ、と私は人知れず思ったのだった。




 生活用の部屋に案内してもらい、次に私はポーション作りのための研究室へ連れて行かれた。

 私生活用の部屋とポーション作りの部屋は別々で用意してもらえるらしい。

 具体的には、政務や謁見などを行う宮廷の朝廷部分に、ポーション作りのための研究室を設けてくれるとのことだ。

 あっ、生活用の部屋はものすごく広くて綺麗でした。


「さあっ、ここがスピカの研究室だよ」


 案内された研究室は、魔道具製作でもするようなアトリエっぽい部屋だった。

 しかも中には、すでに調合釜や木ベラも置いてあり、かまども完備されている。


「ここは元々、どのような部屋として使われていたのでしょうか?」


「宮廷魔道具師たちが魔道具の研究と製造を行っていた研究室だよ。研究の規模が少し大きくなって、ここだと手狭になったから、今では町の方の大きな工房に移ってこの研究室は使わなくなったんだ」


 どうりで魔道具工房っぽい雰囲気があるわけだ。

 でも、ポーション作りに必須の調合釜や木ベラまで置かれているのはどうして?


「元々ポーション作りのために魔法薬師を招こうと思っていたからね。ある程度は道具が揃っているんだよ」


「そういうことだったんですか」


 これなら今日からでもポーション製作に取り掛かることができそうだ。

 私が持参した道具よりいいものが揃っているし、今から使うのが楽しみである。


「それと近くの庭には小さいながらも畑がある。そこで気が向いたらハーブでも作るといいよ」


「ハーブ栽培ですか……」


 熟練の魔法薬師たちの多くは、自前のハーブ畑を持っていると聞く。

 やはりハーブの品質によってもポーションの治癒効果に差は生まれるらしいので、自作で高品質のハーブを作っている魔法薬師が多いのだとか。

 私の場合は、王国騎士さんたちが物資調達の際に素材も仕入れて来てくれるみたいだけど、確かに自分でできることは最低限した方がいいよね。

 いつでも高品質のハーブが手に入るわけじゃないし、それに少し面白そうだし。

 宮廷には図書館もあるみたいなので、そこで詳しい栽培方法も学びつつハーブを育ててみよう。

 と、その時私は、重要なことを聞き忘れていたのを思い出した。


「レグルス様、私は一日にどのくらいのポーションを作ればよろしいのでしょうか?」


 ようはノルマの話である。

 宮廷薬師として雇ってもらうからには、一定数のポーションを騎士団の方に納品する必要がある。

 その具体的な数を聞いていなかったので、改めてそれを尋ねてみたんだけど……


「スピカは一日、無茶をしない範囲でどれくらいポーションを作れるのかな?」


「えっと、そうですね、最近はまた魔力が向上してきたので……おおよそ二十から三十程度でしょうか?」


「それじゃあ、王国騎士団の方には一日五個だけ納品してもらおうかな。それ以外のポーションはスピカの自由にしてくれ。で、その納品数さえ守ってくれたら、基本的には好きなように過ごしてもらって構わないよ。好きな時に仕事を始めて、好きな時に休んでくれても」


「……」


 なんですかその超優良職場は?

 納品数さえ守れば、好きな時に仕事を始めて好きな時に休んでいい?

 伸び伸びと好きなことをさせてもらえるという話ではあったけど、よもやそこまで伸び伸びしていいんだろうか?

 それに一日五個だけって、割とすぐに作り終わっちゃう数じゃん。

 本当にそれだけの納品数で、宮廷でここまでの高待遇を受けてもいいんでしょうか?

 恵まれすぎていて罪悪感すら湧いてきました。


「あっ、でも、一人で不用意に宮廷の外に行くのは控えてもらいたいかな。もし町に買い物に行きたかったり、作ったポーションを売りに行きたいっていうなら、僕か僕の従者が必ず付いて行くから、忘れずに声を掛けてほしい。これだけは約束してくれ」


「は、はい」


 真剣な表情でそう言ったレグルス様は、私の返事を聞くなり『よしっ』と再び微笑んだ。

 やっぱりどこまでも過保護な王子様だと思った。

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