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第十話 「聖女の秘薬」


「本当に普通のポーションの作り方だったね。てっきり何かしら特別なことをしていると思っていたんだけど」


 レグルス様は私のポーション作りを見て意外そうな表情をしている。

 同様に他の騎士たちも訝しげな顔を見合わせていた。


「これが本当に、噂の秘薬か?」


「普通のポーションにしか見えないが……」


 そう思われてしまうのも無理はない。

 実際、私だって最初は他の魔法薬師に倣って普通にポーションを作っただけだし。

 それであんな規格外の効果が宿るなんて思ってもみなかった。

 でもこれでちゃんと完成している。

 皆が期待している奇跡を引き起こす秘薬は。


「アンセル、ちょっといいか?」


「は、はいぃ!」


 近衛騎士さんは一人の金髪騎士さんを呼び出す。

 どことなく小鹿を思わせるような、ビクついている青年騎士。

 私と同い年くらいだろうか、前髪が長くて目元を半分まで覆っている。


「アンセル、確か額に大きな傷があったよな。ポーションでも治らないって」


「は、はいぃ。幼い頃、魔物に襲われたことがあって、その時に深傷を負ってしまって……」


 チラッと前髪を上げてその傷を見せてくれる。

 まるで太い刃で切り裂かれたかのような、十字の深い傷。

 傷口は確かに塞がっているが、痕がくっきりと残ってしまっている。

 これではポーションで治すのは無理だろう。

 なるほど、それで前髪を長く伸ばして傷を隠しているってことか。


「噂の奇跡の秘薬なら、千切れた腕も元に戻せるし、一生ものの傷も完治させることができるのだろう? このアンセルに飲ませてみてもよろしいか?」


「はい、是非そうしてください」


 検証のために金髪騎士君は呼ばれたらしく、私は出来立てのポーションを彼に渡した。

 アンセルは臆病な性格ゆえに、ひどく怯えた様子で私からポーションを受け取る。

 よくこれで王国騎士になれたなぁ、なんて人知れず思っていると、アンセルは意を決したようにポーションを煽った。

 他の王国騎士さんたちが見守る中、アンセルの喉がゴクゴクと音を鳴らす。

 そして小瓶の中身をすべて飲み干すと……


「お、おぉ……!」


 アンセルは額に違和感を覚えたのか、前髪の上からペタペタと触って確かめた。

 それを皆にも見せるように、前髪をゆっくりと上げてくれる。

 すると、そこにあったはずの傷が…………綺麗さっぱり消えていた。


「な、治ってる!?」


「アンセルのあの傷が、ポーションを飲んだだけで……!」


 王国騎士さんたちは口をあんぐりと開けて驚愕を示す。

 確かに一生もののあの傷がポーションで治るなんて普通は思わないよね。

 アンセルも驚いた様子でこちらを向いたので、私は微笑んで声をかけた。


「もう前髪を伸ばしておく必要はありませんね。これからはその綺麗な額を、みんなの前で存分に出しちゃってください」


「……は、はいぃ!」


 アンセルは変わらずおどおどした様子で、ぺこりと頭を下げて持ち場に戻って行った。

 それを見届けると、今度はレグルス様が近衛騎士に言う。


「これでスピカが秘薬の魔法薬師であることは証明できたかな? どうか彼女の宮廷入りを認めてあげてほしい」


「は、はい……。無礼な要求をしてしまい、大変申し訳ございませんでした。秘薬の魔法薬師のその才腕、深く感服いたしました」


「い、いえ」


 当然の確認を行っただけなので、無礼なんて思っていない。

 私もこれでみんなに信用してもらえて、気持ちよく宮廷に入ることができるんだから。


「それにしても、本当にスピカのポーションはすごいね。あんな複雑な古傷まで綺麗に治してしまうんだから」


「私も自分のポーションで大きな傷が治るところは初めてみました」


 あれだけ綺麗に治るなんて、我ながら驚きである。

 こうして改めて自分のポーションの回復力を確かめることができたので、私としてもいい試練だった。


「ところで、どうしてスピカのポーションだけこのような特別な力が宿っているんだろう? 特別な製法というわけでもないのに」


「あぁ、それは……」


 言いかけて、私はふと口を止めて考える。

 その理由は概ね予想がついているけれど、それを説明するには聖女のことを明かす必要があるんだよね。

 まあ、別に話しても大丈夫か。

 こうして宮廷にお世話になるわけだし、素性は明らかにしておいた方がいいと思うから。


「まだ確証はないんですけど、おそらく私が“聖女”だからだと思います」


「「「聖女!?」」」


 驚きを示したのは、周りにいた王国騎士の皆さんだった。


「聖女と言えば、確かヴィーナス王国の……」


「向こうの宮廷で治癒活動をしている、白魔力を持った令嬢のことか?」


 どうやら私のことは、ある程度はこの国にも知れ渡っているらしい。

 まあ、すぐお隣の国のことだし、聖女のことが知られていても不思議じゃないか。

 となると、強制解雇と婚約破棄をされたということも、じきにこの国に知れ渡るかな。


「どうして隣国の聖女がここに?」


「そ、それはちょっと、話すと長くなってしまうんですけど……」


 ポーション技術の発展でお払い箱になりました! なんて自分の口からは言いたくないなぁ。

 おまけに婚約も破棄されているし、自然に噂が流れてくるまでこのことは黙っておくことにしよう。


「とにかく私は聖女として、白魔力をこの身に宿しているんです。唯一治癒魔法を扱うことができる魔力で、それをポーションを作る際に注入しているから、このような効果が現れているんじゃないかなって考えているんですけど」


 改めてそう説明すると、レグルス様は納得したように頷いた。


「なるほど、白魔力によるポーション精製か。それなら確かに未知の効果が宿っても不思議ではないね。白魔力でポーションを作った人は、今まで一人もいないだろうし」


 白魔力――通称『聖女の魔力』でポーションを作ったのは、たぶん歴史上でも私が初めて。

 そもそもポーション技術がここまで発展したのはここ最近の話だ。

 だから皆がこの可能性に気が付けなかったのも無理がないということである。


「聖女が作る特別な秘薬……」


「差し詰め『聖女の秘薬』、と言ったところか」


「彼女が宮廷入りするということは、この秘薬が王国騎士団に常備されるということか!?」


 なんだか周りの王国騎士さんたちがざわざわし始めた。

 アース王国の王国騎士団と言えば、世界的に見ても実力派で、高い統率力もある。

 だから堅実な印象がすごく強かったけど、意外にも賑やかな一面もあるんだ。

 その様子に少し面食らっていると、レグルス様が私の手を取って微笑んだ。


「じゃあ宮廷への立ち入りも許可されたところで、改めて中を案内させてもらうよ。父上にもスピカのことを紹介して、正式に宮廷薬師として認めてもらいたいからね」


「はい、お願いいたします」


 突発的に行われた試練を達成して、私は改めて宮廷に入ったのだった。

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