第9話 水龍様の住処
スーパーの裏にメイの弟の墓を作った俺達は、ひとしきり別れを告げる彼女を待ちながら、目的地について話し合っていた。
「埠頭の方ってことか」
マリッサが示したのは、ここから西にある埠頭のあたり。
地図上でいうと、国道とか都市高速とかを更に越えた先にある場所だ。
「ガルーダに乗って空から様子を見てみたけど、このあたりよりも魔物の数が多くて近寄れなかったんだよね。それに、実際に見た光景とこの地図とじゃ、全然地形が違ってる。間違いなく、カラミティの影響かな」
「地形が変わってる? 地割れでも起きてるのか?」
「地割れよりも酷いかな。まぁ、説明するより見てもらった方が早いと思う。あれは多分、水龍様の住処になってるんじゃないかな」
「水龍様? それもそっちの世界の要素ってことだよな」
「そうだね」
肩を竦めながら頷くマリッサ。
すると、スーパーの裏口から中に戻って来たメイが、俺達の会話に混ざってくる。
「水龍様と戦うってこと?」
「できればそれは避けたいけど。どうなるかは行ってみないと分からないよ」
「思ってたよりも危ない感じだな……俺、着いて行っても大丈夫なのか?」
「大丈夫だよ。言ったように、今の貴方は魔素の影響で体が丈夫になってるはずだから。それに、支援魔術も掛けるつもりだし」
「しっかり戦えよ、ハヤト。オイラ達を守ってくれ」
「他人事と思いやがって。そう言う話なら武器の一つくらい探しておいた方が良さそうだな」
「武器ならもう持ってなかった?」
「これの事か? いいや、これは武器じゃない。雨を避けるための道具。傘だよ」
「へぇ、こっちの世界の傘って、こんなに頑丈に作ってるんだね」
興味深そうに傘を手に取ったマリッサ。
俺とメイがそんな彼女を見ていると、フラフラと現れた朧が口を開く。
「話し込んでるところ悪いけど、出発しなくていいのか? オイラ的には、日向ぼっこできるから構わないけどよ」
「日向ぼっこ、気持ちよさそう……」
「お、メイも一緒にやるか? オイラが絶好のスポットを紹介してやるぜ?」
「本当!?」
「あぁ、その代わり、オイラのことは師匠と呼んでもらおう」
朧のアホみたいな提案を聞いても、メイは目を輝かせてる。
いつか本当に、朧のことを師匠って呼び出しそうだな。
とまぁ、そんなことを考えて悠長にしてるのは時間がもったいないよな。
ここは1つ、朧の提案に乗っておくことにしよう。
「そろそろ出発するとするか」
あらかじめまとめてた荷物を肩から提げた俺は、皆を先導するようにスーパーの外に出る。
幸い、昨日メイが暴れてくれたおかげで周辺の魔物達は俺達のことを警戒してくれてるらしい。
おかげで交差点付近をうろつくゴブリンは見かけない。
まぁ、俺がゴブリンだったとしても、なるべく近づかないようにするから、真っ当な判断なんだろう。
それにしても、埠頭まで歩いて行くのは骨が折れるな。
西に向かって歩き出したはいいものの、到着までどれくらいかかるのか。日を跨ぐことは無いだろうけど。
荷物もあるワケだし、面倒だよな。
「使えそうな車とか転がってねぇかなぁ」
「それはさすがに都合よすぎるんじゃないか?」
「そうだよなぁ」
「ねぇハヤト、くるまってなに?」
「車っていうのはな、そこに停められてるやつのことだよ」
首を傾げてるメイに伝えるために、俺は近くの道端で事故を起こして停まった状態の車を指さした。
様子から察するに、カラミティ発生直後、逃げようとして事故ったんだろうなぁ。
ボンネットが大きく凹んでるから、多分もう乗れない気がする。
「ん? そこにあるなら、どうして使わないの?」
「あれは見るからに壊れてるから、使えないんだよ」
「そっか……じゃあ、じゃあ、アタシが使えそうな『くるま』を見つけたら、褒めてくれる?」
「ん? そりゃもちろん、褒めるに決まってるだろ」
「ほんと!? じゃあ、アタシ頑張る!」
そう言ったメイは、壊れて動かなくなった車の元に駆けて行った。
走って行くその後姿は、まるで新しいおもちゃを見つけた子供みたいだな。
フリフリと揺れる尻尾が可愛い。
「貴方、やけにメイに懐かれてるよね」
「そうだな。まぁ、彼女なりに寂しさを埋めようとしてるんじゃないか?」
「なるほど……寂しさに付け込んでるってワケね」
「いや、違うが!?」
「悪い男だなハヤトは。オイラ、見損なったぜ」
「人の話聞けよ……」
これ以上文句を言っても聞いてくれそうに無いな。
ここは、話題を変えておこう。
そう考えた俺は、道路に散らばってる瓦礫と地割れを見渡しながら呟く。
「それにしても、随分ひどく崩れてるな……道路が道路としての機能を果たしてないぞ、これ」
「たしかに、車があってもあまり遠出は出来そうにないな」
結局、朧のその返事を最後に、俺達はしばらくの間黙々と歩いた。
どれだけ歩いただろうか。ようやく状況が変わったことを知らせたのは、メイの声だ。
「ハヤト!! なんか、すっごいのが見える!!」
「すっごいの?」
少し先にまで駆けて行ってたメイが、西のビルの合間を指さしながら俺達に向かって叫んでくる。
そんな彼女の言うすっごいのを見るために、小走りで進んだ俺達は、ビルの合間から見える巨大な水の柱を目の当たりにした。
もっと詳細な様子を見るために、俺達は西に向かって歩を進める。
ビルの合間を抜け、埠頭の手前にまで差し掛かったころ、ようやくそれが全貌を顕わにした。
「な、なんだ、あれ?」
「あれが目的地だよ。まぁ、あそこのどこに魔術結晶があるのかまでは、私も把握できてないけどね」
マリッサは平然と言ってのけるけど、俺は埠頭の壮大な光景に唖然とするしかない。
埠頭の先端から更に沖に出た辺りを中心に、海に巨大な穴が空いてるんだ。
その穴に向かって大量に流れ込んだ海水が、穴の中心から勢いよく空に向かって打ち上げられ、そこから螺旋を上げくように曲線を描いてる。
いや、意味分からねぇよ。
埠頭は半分以上が穴の中にせり出してしまってるし、あれじゃいつ崩れて落ちてもおかしくない。
「いやいや、魔術結晶どころの騒ぎじゃないぞ。どうなってるんだよ。水流が浮いてるし? っていうか、海がでっかい噴水みたいになってるし」
「あれは、水龍の仕業だとおもう。水を操る龍神だから」
「マジかよ。俺たち、今からあの中に入るのか?」
「仕方ないでしょ? どっちにしても、魔術結晶の周辺には魔素に敏感な魔物が集まるんだし」
「そういう話は先にしてほしかった」
「とにかく、そういう場所で魔法陣を描く時間を捻出するために、あなた達に手助けをお願いしたんだよ。こうして中に入る前に伝えてるだけ、まだマシじゃない?」
「それはそうだけどなぁ……」
「ハヤト、行きたくない?」
「逃げ出したいって気持ちはメチャクチャあるけど……」
「でもまぁ、メイもいることだし、なんとかなるよな」
とまぁ、そんな軽いノリで、俺はこの先に足を踏み出してしまった。
この時の俺は、まだ完全には実感できてなかったんだろうな。
俺達が生きてるこの世界が、本当に変わってしまったんだってことを。