第85話 変えたくない道
夜空を覆い尽くしてた光龍の巣は、2日ほどで元の大きさに戻った。
オロチが取り込んでた魔素が解放されたことで、バランスが元に戻った、ってことだよな。
まさかエピタフの籠手にそんな使い道があるなんて知らなかったけど、ナレッジは知ってたんだろうか?
まぁ、そんなことを今更考えても、何の意味も無いんだけどな。
籠手の力で結晶の中から解放された龍達も、そのままどこかに飛び去って行った。
それぞれ、自分の役割を全うしに戻ったんだろう。
できれば、風龍からお礼の言葉を引き出したかったけど、わがままは言うまい。
それに、俺達だってあの後は忙しかったわけだしな。
結晶に閉じ込められてた朧を解放したり、キメラとの戦いで傷ついた人々の治療をしたり、てんやわんやだ。
中でも大変だったのは、仲之瀬さんのことだな。
光の魔術結晶で洗脳状態にされてた彼女は、事のあらましを聞いて、かなりのショックを受けてた。
そりゃ当たり前だよな。
自分が描いた絵のせいで、大勢の人に危害を加えることになっただなんて、俺だったら知りたくない事実だ。
エルフやドワーフ、それに日本人の中にすら、彼女に批判的な意見を持つ人がいる。
正直、この問題を簡単に解決する方法があるようには、思えない。
それに加えて。
エルフとドワーフは相変わらず不仲だし。
ガランディバルの建物は壊れまくりだし。
気温が下がってそろそろ冬に突入しそうだし。
前途多難だ。
だけど、道がないワケじゃない。
俺はそう思う。
「ハヤト。何か悩んでる?」
「んー。まぁ、色々とな」
空が白み始めた頃、固いベッドの上で物思いに耽ってた俺に、メイが声を掛けてきた。
俺の右腕にしがみ付いてる彼女の柔肌が、タオルケットの隙間から覗いてる。
うん。良い景色だ。
と、そんな俺の視線を咎めるように、細い手が俺の左頬を軽く叩く。
「ちょっと抱え込みすぎじゃない? もう少し、誰かに仕事を割り振ったらどうなの?」
そう言って俺の頬を叩いたのは、左隣に寝てるマリッサだ。
彼女の方を振り向くと、少し乱れた金髪に隠れた綺麗な目が、こちらを見つめていた。
心配、してくれてるんだよな。
確かにここ最近の俺は、我ながら大変だったもんなぁ。
そういうコトなら、早速仕事を割り振ってみようか。
そう思い、俺はマリッサに提案する。
「それじゃあマリッサ。ガランディバルの再建を手伝ってくれって、エルフの王様を説得してくれよ」
「嫌よ。って言うか、それはハヤトじゃないとできない仕事でしょ」
「そうだねぇ。王様はアタシ達にこの家を作ってくれるくらい、ハヤトの事、気に入ってるし」
「別に気に入られたかったわけじゃないんだけどなぁ」
あっさり断られたんだが。
まぁ、そう言われるのは分かってたけどさ。
朧に聞かれてなくて良かった。聞かれてたら、絶対に笑われてたよな。
そう言えばアイツ、今はどこで寝泊りしてるんだろう?
俺達の邪魔はしたくないって、別の家で寝てるんだよな。
まぁ、俺も同じ立場だったら、別の家で寝泊りするだろうから、彼の気持ちはわかる。
そんな話はさておき、俺の悩みは一切解決できてない。
エルフ達の魔術があれば、街の復興が捗るのは言うまでもないけど。
エルフとドワーフの間にあるわだかまりが、彼らの協力を妨げてるみたいなんだ。
俺達の家やエルフ達の拠点は、あっという間に建てたってのに。
ガランディバルの復興は、地道に人の手でやってくしか無いらしい。
もしくは、エルフ側に何らかのメリットを提示して、手伝ってもらうかだな。
これはあれか、営業マンの腕の見せ所ってやつか。
「まさか、ここにきて営業スキルが重要になってくるとは、思っても無かったよ」
「大丈夫! ハヤトならできるよ!」
「励ましてくれてありがとな、メイ。俺、頑張るから、見ててくれよな」
「うん。アタシも頑張るから、見ててよね!」
「分かった」
「えへへ」
耳をピクピクとさせながら、はにかむメイ。
そんな彼女の頭を撫でていると、マリッサが先にベッドから出て着替えを始めた。
「マリッサ。もう起きるの?」
「うん。私もなんだかんだ言って忙しいからね。少しでも早く研究を進めたいし」
「そっか……じゃあアタシも!」
そう言ってベッドから飛び起きたメイは、刺激的な薄着のままマリッサの元に駆けて行き、着替えを始める。
あぁ……。この光景が、俺にとっての日常になって行くんだよな。
幸せだ。
そう思えるからこそ、俺は今日も頑張れる気がするよ。
「俺もそろそろ起きるかな」
ベッドから出て着替えた俺は、2人と一緒に朝食を摂るため、家を出た。
俺達の家が建っているのは、ガランディバルの街を見下ろせる大穴の縁付近。
エルフの魔術で作り上げられた街並みを歩いた俺達は、新しく出来たばかりのレストランに入る。
適当な席に腰を下ろし、各々《おのおの》好きなものを注文した俺達は、ここ数日で恒例になり始めた情報共有を始める。
マリッサは、ナレッジが遺していった物を整理しながら、魔術や魔素についての研究結果を調べている。
ナレッジには散々《さんざん》な目に合わされたけど、役に立つ研究もしてたみたいだな。
それらが復興に役立つなら、使わない手はない。
メイは、ガランディバル周辺の探索と魔物の討伐をしている。
ドワーフの戦士を差し置いて、討伐隊の副隊長に抜擢されるくらい、良い働きをしてるそうだ。
彼女たちのおかげで、俺達は日々を安全に過ごせてると言っても過言じゃないよな。
そして俺は、ガランディバル周辺に住む日本人代表として、エルフやドワーフとの間の調整役をしてるわけだ。
いや、マジでさ。一番つまらない役回りだよな。
正直、椿山さんの方が向いてるんじゃないかと思うんだけど、断られたし。
致し方ない。と思って、自分を納得させるしかないワケだよ。
2人の報告を聞いた後、俺が小さなため息を吐いたところで、旨そうな朝食が運ばれてくる。
「美味しそう!!」
「だな! 出来立ての内に食べてしまおうか」
反対の声が上がるワケも無く、俺達はあっという間に朝食を食べ終えた。
さてと、あとは食後のお茶を飲んで、仕事に向かうだけだな。
淹れたてのお茶を、俺達3人はちびちびと啜る。
なんていうか、皆考える事は同じなのかもな。
俺がそう考えた途端、大きく息を吐いたマリッサが、お茶をグイッ飲み干していった。
その様子に、俺とメイが呆気に取られてると、空のカップをテーブルに置いたマリッサが、首を傾げながら訊いて来る。
「2人とも、仕事に向かわないの?」
早く飲めと言われてるような、圧を感じるな。
まぁ、そう言われたら、飲むしかないけどさ。
そう思って、俺がカップを口につけた瞬間、メイがクスッと笑った。
「ふふふ。マリッサ。そんなに早く仕事に行きたいの?」
「そ、そうだけど? 何か文句でもあるの? メイ?」
「ううん。でも、なんか、可愛いなぁ~って思って」
「ん? それはどういう意味だ? メイ?」
「ちょ、メイ!? 何を言うつもりなの!?」
なぜか慌てるマリッサを横目に、メイもお茶を飲み干した。
そうして立ち上がった彼女は、マリッサを強引に立ち上がらせると、店の外に向かい始める。
取り残された俺。
どうしたものかとカップの中身を覗き込んでいると、扉の所で振り返ったメイが、悪戯っぽい笑みを浮かべながら口を開く。
「ハヤト、仕事なんか早く終わらせて、家に帰って来てよね! アタシ達、待ってるから」
そういった彼女は、マリッサの背中を押しながら外へと駆けて行った。
静かに閉まる扉。
同時に、店に居た少ない客と店員の視線が、全て俺に集まる。
くそっ。
メイにしてやられたな。
少し前までは、俺が彼女を赤面させる側だったってのに。
大人になったもんだ。
なんてことを考えながら俺が恥ずかしさを紛らわしていると、エプロンを纏った吉田さんが、お冷を差し入れてくれる。
「お熱いですねぇ。いやはや、羨ましい限りですよ」
「やめてくださいよ。吉田さん。ごちそうさまでした。美味しかったです」
苦笑いをしながら彼にそう言った俺は、お茶を一気に飲み干す。
その後、お冷で喉を冷やした俺は、お礼を告げて吉田さんの店を出る。
問題は山積みだけど、少しずつ前に進んでいこう。
少なくとも、俺達は大きな山を1つ、乗り越えることができたんだから。
次の山だって、乗り越えることは出来るよな?
人生、山あり谷ありってのは、こういうことを言うんだろ。
壊して創って。それを繰り返して、皆生きてる。
その中で、壊したくないものとか、創れないものに気づいて行くのが、大人になるってことなのかもしれないな。
なんて、偉そうに言えるほど、俺は大人なのか?
少なくとも今の俺は、喉がつかえるような息苦しさを紛らわす方法を知れたんじゃないかと思う。
「それもこれも、自分一人じゃできないことだったけどな」
歩きながら、俺は空を見上げる。
どこまでも澄み渡ってる青い空は、いつも目にしてたものと同じはずなのに。
また1つ、世界が変わったような気がした。
いや、変わったのは俺の方なのかもな。
そんなことを思いながら、俺はガランディバルの街に降りるための坑道に向かう。
早く仕事を終わらせて、2人の待つ家に帰りたいからな。
仕事を終えて夕方に見るこの道は、今よりもずっと綺麗なんだろう。
不思議だよな。歩いてる道は同じなのに。
この道は、俺にとって壊したくない道だ。
どれだけ世界が変わっても、変えたくない道なんだ。