第84話 壊したい日々、創りたい明日
風の出力を最大にして、俺は白いドラゴンの元へ飛び立った。
どうでも良いけど、もはや白いドラゴンって呼ぶには姿が変わりすぎてるな。
八岐大蛇になり損なった化け物だから、オロチとでも呼ぶことにしよう。
オロチは俺が風の魔術を発動したことに気が付いたのか、首の一つをこちらに向ける。
「出迎えてくれるのか? 気持ちは嬉しいけど、俺に構う必要は無いんだぞ?」
そう言う俺に向けて、オロチは風のブレスを放ってくる。
まぁ、撃ってくることは予想できてたから、簡単に避けれたけど、避け続けることができるかちょっと自信が無くなって来たな。
「だから、出迎えは要らないって言ってるんだけどな!」
俺がブレスを避けたことで、オロチの他の首もこちらに注目し始めている。
そして同時に放たれる3本のブレス。
一番厄介なのはやっぱり、雷のブレスだな。
光と共に空気中を走る無数の稲妻は、容易に避けれるものじゃない。
それに、他のブレスも侮れない。
炎のブレスは、拡散する火炎放射みたいなものだから、攻撃範囲が異常に広い。
風のブレスは、少し掠っただけでも俺の風の魔術に干渉して、こちらの速度を落として来る。
マジで。どうして俺はこんな化け物とたった一人で戦わなくちゃいけないんだ?
一瞬過った弱気な考えに、俺は思わず自嘲してしまう。
「俺ってホント、弱っちいよなぁ」
世界が壊れる前、自室のベッドに横たわってた俺は、息苦しさを感じてた。
その苦しさを、俺は今も感じてる。
そりゃ当たり前だよな?
使い慣れてない風の魔術で、オロチの攻撃を避け続けてるんだ。
息が上がるのは当然だろう?
結局、あの時も今も、俺は全然変わってない。
毎日が退屈で、くだらなくて、無くなればいいと思ってたあの日々も、俺は全力で生きてたんだよな。
だから、壊したいと思った。
壊して、より良い世界を、創り直したいって、そう思ったんだ。
「ナレッジ、お前もそう思ったんだろ!?」
オロチに向かってそう叫んでみるけど、当然、返事はない。
もう少し早くあの魔女に会えていれば、答えを聞けたんだろうか?
そんな『たられば』のことを考えても仕方が無いか。
出会いはしたけど、理解はしあえなかった。
それが俺とあの魔女の、巡り合わせなんだろう。
きっと、そんな邂逅録が、世界には沢山溢れてる。
炎が俺の左足を焼き、雷で左腕が痺れる。
それでも風の魔術を最大まで出力した俺は、一直線に1つの首を目指した。
4本ある首の内の1つ。
今までブレスを放っていない白い首。
近付くなら、その首一択だよな?
俺がその首を狙っている事に気が付いたのか、3本の首が大口を開けて狙いを定めてきた。
それらの首を無視して、俺はその白い首に向かって突撃する。
当然、俺の襲撃に気づいているオロチは、その白い首で迎撃してくる。
大きく開かれた口。
ギラギラと光る牙とヌラヌラと光る唾液に覆われた口の中に、俺は勢いよく飛び込んだ。
すぐに閉じられた口の中、俺はオロチの肉をかき分ける。
水龍から聞かされた、英雄の話。
たしかあの話の中で、英雄ガラン・バロンはドラゴンに飲み込まれた後、魔術結晶を見つけたらしい。
その話が本当なら、オロチの腹の中にもあるはずだ。
「くそっ! 臭いな!」
ぬめぬめとした粘液と暗闇に閉ざされてる狭い空間を、俺は強引に押し進んでいった。
そうしてようやく、広い空間に放り出される。
「ここは多分、胃の中だな!」
細い管のような場所の先にある広い空間。
足元に溜まってる胃液に落ちないように、風の魔術で浮遊した俺は、胃液の底で赤く輝いている結晶を見つける。
「あった! 残りはナレッジだけだが……」
そう呟きながら周囲を見渡した俺は、胃の一番奥で壁にもたれかかってるナレッジを見つける。
「ナレッジ!」
「……」
俯いたまま反応のないナレッジ。
すぐに彼女の傍に向かった俺は、すっかり衰弱した様子の彼女を目の当たりにする。
「ナレッジ! おい、大丈夫か?」
「……なぜ、キミが私の心配をするんだい?」
「それは確かに、変だとは思うけどさ……いや、そんなこと言ってる場合じゃない! 立てるか? すぐにここから出るぞ」
そう言ってナレッジの腕を引き上げようとした俺は、その彼女に激しく突き飛ばされる。
「痛っ。なにするんだよ」
「キミは本当に……バカなんじゃないかい?」
「そうでも無いんじゃないか? このオロチが結晶を喰っちまったから、世界の魔素のバランスが崩れたんだろ? だったら、吐き出させちまえば良い。つまり、お前とあの赤い結晶を持って外に出れば、全部解決だ」
多分、間違ったことは言ってないはずだ。
だけど、俺の言葉を聞いた彼女は、小さく笑みを溢した。
「なんだよ」
「間違っては無いと思うけど……随分と強引なんだね、キミは」
「仕方ないだろ」
「……どうやってここから出るつもりなんだい?」
「今の俺は風の刃を使えるから、地道に腹を切り裂いていくさ」
「本当に、地道で強引なやり方だよ。それは……」
そう言ったナレッジは、震える右腕を自身の腹に添えた。
直後、彼女は自らの放った風の刃で、自身の腹を切り裂いてしまう。
「っ!? 何やってんだ!? おい! ナレッジ!!」
「っがはっ……なにって、腹を切り裂いたのさ」
吐血しながら笑って見せるナレッジ。
慌てて彼女の傷を抑えようと傍に寄った俺の耳に、彼女は小さく囁いて来る。
「代わりに見てくれって、頼んだだろ?」
「何バカなこと言ってんだ!? このっ! 血がとまらないぞ!」
「私はもう、良いんだよ」
そう言った彼女は、再び自身の腕を腹に添えると、勢いよく傷口に手を突っ込んだ。
痛みに叫び声を上げるナレッジ。
俺が思わず目を逸らしている間に、腹から手を引き抜いたナレッジは、血まみれになった手で2つの結晶を手渡してくる。
「……これはお詫び……げほっ。だから、キミはここで死ぬな」
血を吐きながら続けたナレッジは、俺の右手に手を伸ばすと、最期の最期に、こう呟く。
「この籠手で……解放してあげなよ……そうすれば……」
「ナレッジ!? おい、しっかりしろ!」
掠れていく声を最期に、彼女は動かなくなった。
なんとも後味が悪い。
結局、何を考えているのか、知ることはできなかったけど。これがナレッジの望んでたことなのか?
いや、まだもう1つあったな。
ここから出て、見届ける。
その望みを叶えるために、俺は受け取った結晶を握りしめる。
あとは胃液の底にある赤い結晶を拾い上げて、オロチの中から脱出するだけ。
気が遠くなりそうだけど、悠長にしてる暇はないよな。
……そう言えば。事切れる前にナレッジが言ってたことは、どういう意味なんだ?
籠手で解放?
それは、この腹の中から俺が出ることを言ってるのか?
それとも……。
緑の結晶の中では、風龍が膝を抱えて眠り続けてる。
もちろん、黄色い結晶の中にも雷龍が居て、多分、赤い結晶の中には火龍が居るんじゃないかな?
そういうことなのか?
今の俺は既に、弱り切った風龍を籠手に入れて取り込んでる。
それと同じだと考えれば、確かに変な話じゃないような気もする。
一か八か。
ここまで来たら、賭けてみるとするか。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
ハヤトが白いドラゴンに喰われた。
その瞬間を見てしまった私は、全身から力が抜けていくのを感じてた。
彼のことを信じたい。
でも、心配が上回っちゃう。
メイも同じ感情なのかな。さっきから涙をボロボロ零しながらも、私と同じように空を見上げ続けてる。
このまま、私達も皆、死んじゃうのかも。
だったら、それはそれで受け入れるしかない気がする。
だって、一緒に生きていけないんだったら、意味ないよね?
そんな考えは甘えなんだって。分かってはいるんだけど。
考えずにはいられない。
私は弱い。だから、誰かと支え合わないとダメなんだ。
やっと、そんな簡単なことが分かってきたばっかりなのになぁ。
光龍の巣に向かって咆哮するドラゴン。
きっと、弱い私達のことをあざ笑ってるんだ。
なんてことを考えたその瞬間。
不意に、ドラゴンの咆哮が鳴りを潜めた。
何事かと、全身の痛みに耐えながら、私はドラゴンを見上げる。
相変わらず光龍の巣の光に照らされているドラゴン。
だけど、その様子が少しだけ変だと言うことに、私は気が付いた。
「マリッサ……あれ、何がおきてるの?」
「わかんない。でも……」
4本あるドラゴンの首のうち、3本が力なく項垂れ始めてる。
その様子はまるで、力を失っているように見えるワケで、私の中で小さな何かが、沸き立ち始めたような気がした。
「ねぇ……マリッサ! あれ! あれっ!!」
「うん! うんっ!」
項垂れた首がボロボロと朽ち果て始め、残っていた首も苦しそうなうめき声を上げ始める。
巨大な翼や四肢も、ジタバタと暴れはじめて、その様子は完全に苦しんでいるように見えた。
間違いない。
ハヤトが中で何かしてる。
つまり、彼はまだ諦めてない。
『覚悟ってヤツを、示すからさ』
手を震わせながらそう言ってた彼。
ホントにズルいよ。
そう思いつつも、まだ続く痛みに私が耐えていると、ついに大きな異変が空を包み込んだ。
苦しむドラゴンの腹が輝き、喉が輝き、頭が輝く。
その直後、眩い光と共に爆散したドラゴンは、そのまま地面に落下していった。
深い山の中に落ちていく黒い影。
そんな影の上空、元々ドラゴンが浮かんでいた場所に、小さな影が1つ残されている。
その影は、なにやら右腕を頭上に掲げて、静止する。
ほんの一瞬。
永遠に感じられるほどの一瞬を目に刻んだ私は、直後、眩い魔素が放たれるのを目にした。
燃え盛る炎と荒れ狂う風、そして空を切り裂く雷。
光龍の巣に向けて放たれたそれらの魔素は、まるで空気に溶け込んでいくようにして消えていく。
まるで、元居た場所に還るように。
数十秒間の魔素の放出を目にした私は、少しの余韻に浸った後、ようやく気が付いた。
全身の痛みが消えてる。
ほぼ同時に起き上がったメイと顔を見合わせ、頷き合った後、私達はすぐに走り出した。
ガルーダを呼んで、空に飛び立つ。
目指すのはもちろん、彼の元。
話したい事が沢山あるし、朧のことも何とかしなくちゃだけど。
今はとにかく、迎えに行きたい。
待ってたんだと、伝えたい。
そしてなによりもまずは、ありがとうって伝えなくちゃだよね。
明日を創ってくれて、ありがとうって。




