第83話 明日の月
ナレッジを白いドラゴンに近づけちゃいけない。
言葉にするだけなら簡単だけど、実践するのは至難の業だよな。
そういう意味では、少しの間とはいえ妨害に成功していたマリッサは、やっぱりすごい。
「マリッサ! ナレッジが右から回り込もうとしてるよ!」
「分かった!! ハヤト! 左のカバーお願い!!」
「任せろ!!」
動きは遅いけど壁に出来る水球と、ピンポイントで狙いを定めることのできる水流を使い分けることで、マリッサがナレッジの妨害をしている。
そんな彼女に周辺の情報を逐一報告するのが、メイだ。
彼女たちの尽力のおかげで、今の所、ナレッジは白いドラゴンの元に辿り着けていない。
ナレッジに意識があるのかは分からないけど、マリッサの水に触れてはいけないと、理解はしてるみたいだな。
そうして、彼女たちが足止めをしてくれている間に、眼前で怒り狂っているドラゴンを仕留めなくちゃいけないわけだ。
正直、俺には荷が重すぎる気がするよな。
「そんなこと、言ってる場合じゃないか!!」
空気を焦がすような炎のブレスを風で打ち消し、迫るドラゴンの頭に向けて風の刃をお見舞いする。
目を狙ってるんだけど、殆ど効いてないみたいだ。
それでも、俺の攻撃を嫌がって方向転換をしてるから、無意味ってわけじゃない。
でも、それを何度も続けていたって、状況は硬直したままになってしまう。
なんとかしないと。
俺がそう考えた直後、背後からバリバリという音が響いてきた。
「マリッサ! あれ! 何かしてる!」
「良く分からないけど! 動きを止めたんなら今がチャンス! メイ! 一気に畳みかけるよ!」
空中に留まり、辺り一帯に放電をし始めたナレッジ。
そんな彼女の様子を見て、好機と判断したらしいマリッサは、ナレッジに狙いを定めている。
多分、スプレッドかブルー・クラスターで、ナレッジを戦闘不能に追い込むつもりだな。
成功すれば、彼女たちもドラゴンの方に加勢してくれるだろう。
一瞬、そんな楽観的な考えが俺の頭を過る。
同時に、俺はその考えが楽観的なんだと気が付いた。
「待て! マリッサ!!」
「スプレッド!!」
俺の叫びは一足遅く、マリッサはナレッジに向けて一筋の水流を放つ。
その様子を見た俺は、風の勢いを駆使してマリッサ達の元に向かった。
2人がバランスを崩すのも構わず、ガルーダごと風に乗せて、その場から離脱する。
俺の行動に2人が何か文句を言っているようだったけど、そんな声は一瞬にして聞こえなくなった。
猛烈な熱風と暴風が、俺達の頭上から叩きつけるように、降り注いで来る。
あまりの風圧に、地面スレスレまで叩き落とされた俺達。
危うく地面と衝突して、ぺちゃんこになるところだったよ。
全身から湧き上がってくる冷汗に顔を歪めながら、俺は赤く染まった空を見上げた。
「……何が起きたの?」
「水素爆発だと思う。すまん。俺の失態だ。ナレッジが電波塔を使った時点で、警戒しとくべきだった」
良く理解できない様子のマリッサとメイ。
でも今は、こんなことを説明している暇はない。
それよりも重要なことは、ナレッジが魔術だけじゃなくて科学についても、多少の知識を得ているという事実だ。
侮っていたわけじゃないけど、見落としてた。
だからこそ、俺達はまた後手に回ってしまったワケだ。
「ナレッジが! ドラゴンの所に行っちゃったよ!!」
「くそっ! マリッサ、スプレッドでなんとか牽制できないか?」
「ダメ! 間に合わないよ!」
急ぎナレッジの元に向かって飛び立つ俺達。
だけど、既にドラゴンの前に躍り出ているナレッジを止めることはできない。
白いドラゴンの鼻先で腕を広げるナレッジ。
そんな彼女のことを少しの間見つめたドラゴンは、躊躇うことなくその大口を開いた。
一飲みで、ナレッジがドラゴンに喰われてしまう。
あまりにあっけないその光景に、俺が歯を食いしばったその瞬間。
空に輝く光龍の巣が、大きく輝きを増した。
一瞬の静寂。
その直後、まるで空が落ちて来たかのような衝撃波が、世界の空気を上から下に突き抜けていく。
「っかは!?」
「うぐぅ……」
「メイ!? マリッサ!?」
衝撃波の影響か、ガルーダと共に落下し始めるマリッサとメイ。
マズい!!
このままじゃ2人とも落下死してしまう!!
ガルーダも姿を消してしまったし、マリッサの作ってた水球も消えてる!
すぐに方向転換した俺は、風を切って急降下しながらマリッサとメイを抱き寄せ、そのまま地面に着地した。
そして気づく。
バロンやレンファールを含む地上に居た皆も、マリッサ達と同じように苦しみながら地面に突っ伏しているんだ。
動けているのは、俺だけ。
間違いない。
皆が動けなくなったのは、光龍の巣の放つ光が原因だな。
つまり、この状況を打開できるのは、俺しかいない。
どうなってるんだよ。マジで。
「ハヤト……」
「メイ、大丈夫か?」
「うん。大丈夫……だよ」
メイだけじゃないけど、皆、どう見ても大丈夫じゃない。とても苦しそうだ。
苦しいのに、メイは俺を安心させるために、笑顔を見せてくれるんだよな。
ホント、敵わないや。
「……どうして、あなただけ動けるのよ」
「さぁなぁ。俺も良く分からないけど。あれじゃないか? 魔素が普通じゃないからとか。そう言う感じだろ」
「ちょっと、待ってて。私もすぐに……立て直すから」
ムリするなよ。って言っても、多分マリッサは死に物狂いで立とうとするんだよな。
そうやって、彼女は色んな無茶をしてきたんだろう。
ホント、負けず嫌いだよ。
こんな彼女達と、生きていきたい。
そう思って、俺はあの時、2人に宣言した。
だから、今ここで、全部を失うワケにはいかない。
輝きを増していく光龍の巣の光。
間違いない。
光龍の巣が少しずつ地球に近づいて来てるみたいだ。
そんな光を全身に受けながらも、未だに空に浮かんでいるドラゴンを、俺は見上げた。
風と雷の魔素を取り込んだことで、首が4本にまで増えているそのドラゴンは、荒ぶる魔素を纏いながら、空を見上げている。
まるで、光龍を挑発してるみたいだな。
ドラゴンが魔素を取り込んだことで、世界の魔素のバランスが崩れた。
だから光龍は、地上に降りてきてドラゴンを討伐しようとしてる。
多分これが、今の世界の状況だ。
止めれる人は、誰も居ない。
助けなんて、どこにも居ない。
動けるのは俺だけなんだから。
「……ハヤト? どこに、行くの?」
「ちょっと……待ちなさい! ハヤト……何をするつもり!?」
空のドラゴンの元に向かうべく、俺が風の魔術で宙に浮かんだ途端、苦しみながら横たわってたメイとマリッサが、同時に声を上げた。
そんな彼女たちを振り返った俺は、手の震えに気づかれないよう、拳を握り締めながら、応える。
「ちょっと、世界を救って来るよ」
「なにを……言って!?」
「やめて! ハヤト! 行っちゃダメ!!」
世界が壊れてしまったら、2人と一緒に生きていけないだろ?
だったら、今こうして動ける俺が、やるしかない。
でも、多分。
2人には俺の覚悟が、まだ伝わってないみたいだな。
この際、改めて伝えておくか?
その方が良い気がするな。
行っちゃダメだと、涙を流してくれるメイとマリッサ。
そんな2人に、俺は改めて伝える。
「俺は、これからも2人と一緒に生きていきたい。だから、見ててくれ。ちゃんと、覚悟ってやつを示すからさ」
うん。
多分、ちゃんと伝わった。そんな気がする。
それに、ちょっとだけ分かった気がするな。
かつて、エピタフの籠手をしてたって言う英雄が、どんな気持ちで戦いに赴いたのか。
不思議だな。
さっきまで手が震える程怖かったってのに。もう全然怖くないや。
きっと上手く行く。そして俺は、皆と一緒に明日の月を眺めるんだ。