第82話 最後の戦い
2つの結晶を飲み込み、自らの身体を燃やしたナレッジ。
直後、彼女の身体は大量の魔素を纏い始める。
煌々と輝く炎と、熱気を巻き上げる風、そして風の中に雑じる雷。
とてもじゃないけど、近づけない。
思わず後退った俺とメイは、前触れなく発生した衝撃波に押し倒される。
「くっ!? 何が起きた!?」
「ハヤト! 上だよ!! ナレッジが飛んでっちゃった!!」
「飛んでった!?」
立ち上がりながら、メイの指さす方を見上げた俺は、すぐにその姿を見つける。
身に纏ってる風を駆使して、空を飛んでるみたいだな。
この期に及んで逃げるつもりなのか?
いや、だとしたら、さっきの言葉の説明ができないか。
『私の代わりに見て来ておくれよ』
それはまるで、遺言のようで。俺はすぐに、彼女の言葉の意味を察した。
「自分を道連れに、ドラゴンに結晶を吸収させるつもりか」
「ハヤト! マリッサが危ないよ!!」
ナレッジの目論見に気づけても、時すでに遅し。
空を飛べない俺とメイには、出来ることは殆ど無いからな。
それにメイの言う通り、マリッサも危険な状況だ。
「くそっ。電波塔の足場を落としたのは失敗だったか?」
「どうしよう、ハヤト。ドラゴンとナレッジの2人を相手するなんて、さすがのマリッサでも……」
「分かってる。分かってるけど……そうだ、朧は? 朧を起こせないのか!?」
「わかんないよ。結晶の中で眠っちゃってるし……どうしたらいい? ねぇ、ハヤト!」
大事そうに朧の結晶を握りしめてるメイ。
そんな彼を起こす方法なんて、今の俺達が知ってるわけもない。
考えられる方法があるとすれば、エピタフの籠手で朧の結晶を取り込むことくらいだけど。
それをして、本当に朧を元通りに戻すことができるのか?
俺がそんなことを考えている間にも、ナレッジがマリッサの元に辿り着く。
圧倒的に劣勢の中、それでもマリッサは退こうとしなかった。
多分、彼女は既にナレッジの思惑に気づいたんだろう。
風と雷の龍を取り込んだナレッジを、白いドラゴンが取り込んでしまったら、さらに状況が悪化してしまう。
本当に、何も打つ手はないのか?
そう考える俺の隣で、メイが悲痛な叫び声を上げた。
「マリッサ!! 逃げて!! 一人で戦っちゃダメだよぉ!!」
俺は本当に情けないな。
2人と一緒に生きていきたいなんて言いながら、理由を付けて諦めようとしてる。
その意味じゃ、俺もナレッジと大差ないのかもしれないな。
理由さえあれば、簡単に諦めるんだから。
この籠手を持ってたって言う、かつての英雄と大違いだ。
「……諦めてたまるかよ」
「ハヤト?」
「メイ。何とかして空に飛び上がるぞ。電波塔の上からなら、多少は距離も稼げるし。バロン達にも協力を仰ごう」
「うん。アタシも諦めたくないよ!」
強く輝くメイの瞳。
俺が改めて彼女の強さを感じていたその時、背後からバロンの声が聞こえてきた。
「その心意気や良し!! さすがは、我らの認めた者だ」
「バロン!!」
「ハヤト、それにメイ。無事か? 今はどういう状況だ?」
特に怪我はしてないと俺が頷いて見せると、メイが焦りに任せて口を開く。
「マリッサが一人で戦ってるの! あたし達も行かなくちゃなのに!」
「俺達もあそこに行って戦う。だから、バロン。少しだけ手を貸してくれ。何とかしてあそこまで飛び上がる方法を」
俺がそこまで言うと、バロンはニヤッと笑みを浮かべながら背後に目配せをした。
何か方法があるのか!?
期待する俺の前に現れたのは、大勢のエルフとドワーフ達。
表情に疲労を覗かせてる彼らの中から、レンファールが前に出てきて、ビニール袋を差し出して来た。
「これ、地下の部屋に隠されていたものだ」
「これは……風龍!?」
袋の中には、ぐったりとした様子の風龍が横たわってる。
すっかり小さくなってる彼女は、気怠そうに俺を見上げると、その口を開いた。
「キミか……ホントに、ボクは全然ついてないなぁ」
「お、おい、辛いんだろ、そんな無理に喋るなよ」
どうして辛そうにしてるのかは分からない。
けどなんとなく、ナレッジが風龍の結晶を作ってたことと関係がありそうだよな?
そんな状態で、彼女と口げんかをするつもりは無い。
対する風龍は、それでも話すことを止めなかった。
「いいから黙って聞いてよね、ボクの、お願い事」
「願い事?」
「うん。キミの、その右手の籠手で、ボクを取り込んでおくれよ」
「な!? そんなことをして、お前は大丈夫なのか?」
「大丈夫だから……それに、そうでもしないと、負けちゃうよ?」
「それは、そうだけど」
「……お姉ちゃんを、助けてよ。ボクにはもう、出来そうにないから。キミに、ボクの力を貸してあげる」
そう言った彼女は、ゆっくりと俺の方に手を伸ばしてきた。
弱弱しい手。
触れることができない彼女の手を静かに掴んだ俺は、メイやバロン達を見回した後、風龍に向かって告げる。
「マリッサは必ず助ける。そして、あのドラゴンも何とかする。これで良いか?」
「うん。頼んだよ。キミとその籠手なら、出来るはずだ……から」
そう言い残した風龍は、まるで眠るように沈黙した。
彼女の身体を袋ごと掬い上げ、籠手の中に入れる。
水龍の鱗を取り込んだ時みたいに、身体に変化が起きるんだろうか?
なんて考えている間にも、俺の全身から大量の風があふれ出してきた。
翼が生えたりはしないみたいで良かったよ。
俺、翼で飛んだことないから、扱い方なんて知らないし。
「ハヤト! アタシも行く!」
「あぁ、しっかりと掴まっててくれよ」
「うん!」
ここぞとばかりに俺の身体にしがみ付いてきたメイ。
そんな彼女に配慮しながらも、俺は風の出力を感覚的に操りながら、空を目指した。
頭上ではマリッサが空中戦を繰り広げてる。
でも、ナレッジの纏ってる雷が厄介なのか、かなり苦戦してるみたいだ。
「マリッサ!! 援護する!!」
叫びながら籠手を構えた俺は、ナレッジに向けて魔素弾を放った。
実際に発射されたのは、魔素弾じゃなくて風の刃だったけど。
「遅いよ!! それに、ナレッジに何があったの!?」
「ごめんねマリッサ!」
「遅くなって悪い。ナレッジがあの結晶を飲み込んで、あんなことになっちまった」
「やっぱり……そういうコトだったんだね」
「ハヤト! アタシ、ガルーダの方に移りたい!」
「分かった! 前みたいに、マリッサの補助を頼んだぞ」
「うん!」
ナレッジやドラゴンの攻撃を避けて飛び回りながら、俺達はそんなやり取りをする。
そうして、体勢を整えたところで、第二回戦の始まりだ。
「ここが正念場だからね。2人とも、気を引き締めて!」
「奴らを近づけちゃいけないんだよな。分かってるさ」
「師匠をこんな目に合わせたこと、後悔させてあげるんだから!」
そうして俺達の、最後の戦いが始まった。