第81話 さよなら、私
カラミティが起きる前。
レルム王国の魔術院長として、私は多くの魔術を授かる事を使命としていた。
龍神様が魔術を授けてくれるきっかけは、誰も知らないから。
様々な行動や発言を組み合わせることで、新しい魔術を授かることができないか、日々、試行錯誤を繰り返す。
そんな日々の中で、私はとある書物に出会ったんだ。
それはたしか、『本棚から本を抜き取りながら呪文を唱える』という動作の途中。
古びた本の隙間に隠されていた、名のない誰かが遺した日誌。
なんとなく中身が気になった私は、すぐに自室に戻ってその日誌に目を通した。
読み始めてすぐに、日誌を書いたのが、かつてレルム王国に召喚された英霊であることに気が付く。
私は興奮した。
英霊召喚という魔術が存在している事は知っていたが、実際に効果があるかどうかは、明確に分かっていなかったからだ。
それもそのはずで、レルム王国の長い歴史の中でも英霊の召喚に成功したのは、一度だけだと伝えられているから。
きっと、龍神様が望んでいるときにしか発動しない魔術なんだろう。
だから、特に理由も無く英霊召喚の魔術を行使することは禁じられている。
誰もがそう思っていたくらいだ。
だけど、その日誌を読み進めていくうちに、私は驚くことになる。
初めの頃は普通の日誌だったその書物は、ページをめくるにつれて、内容が様変わりしていったからだ。
英霊は記していた。
魔術は龍神から授かったモノではないのだと。
あくまでも、魔素や龍神が存在する、この世界の法則に従って、発動しているだけなのだと。
まるで証明をするように、彼は手記の中で多くの魔術の発動条件を残していた。
それらの中で、私が最も注目したのは、言うまでも無く英霊召喚だ。
『水の魔素が持つ流動と分裂の特性により、別世界の死者の魂を、こちらの世界で再構築する魔術が、英霊召喚と呼ばれている。この魔術は応用することで、2つの世界の移動に使える可能性あり。※失敗すれば、流動の影響で世界が混ざるかも……』
私達が長年培ってきた知識は、何だったのか。
ただ、発動した結果ばかりを遺して、記録の通りに実行するだけ。
それじゃあただの真似事じゃないか。
なぜ発動したのか。どうやれば、同じことができるのか。
何度も試行錯誤する英霊のその姿勢に、私は興味を覚えた。
彼が生まれ育った世界を、見てみたい。
多分、そんな願望が、この計画を始めたきっかけなんだろう。
でも結局、私はやはり、地球人の考え方に慣れることができてないらしい。
それは先ほど、茂木颯斗からも指摘されたことだ。
「これで最後だっ!! メイ! 掴まれ!!」
火弾で妨害していたけど、茂木颯斗はついに、足場の金具を壊し終えてしまった。
途端に私は、全身に強烈な浮遊感を覚える。
少しだけ使える風の魔術で、着地の衝撃には耐えることができるだろう。
だが、問題はそこじゃない。
地面に降りたが最後、恐らく私は、ウェアウルフのメイの猛攻をしのぐことはできない。
足場が落下し、周囲に甲高い轟音が響き渡る。
茂木颯斗はスティックグローブを装着したメイに助けられたらしい。
対する私も、風の魔術で着地を決めることはできた。
だけど、逃げることはできない。
私に使える風の魔術では、空を自由に飛ぶなんてできないからねぇ。
せいぜい、地上から数メートルの位置に浮かべるくらいだ。
このまま、計画は全て失敗に終わるんだ。
自然と、私はそんなことを考えていた。
「ははは。やっぱり、まだ私にはつまらない考えが染みついてるみたいだね」
自嘲しながら、私はポケットから3つの結晶を取り出す。
収束の闇の魔素と、変化の火の魔素を組み合わせて作ったこの結晶。
結晶の中には、風龍と雷龍を閉じ込めてある。魔素の結晶だから、これもある意味、魔術結晶と呼んでも構わないだろう。
これらを手に入れるのは、本当に苦労したんだ。
初めに手に入れたのは風龍。
こいつは偶然にも私らの野営地を見つけて忍び込んで来たところを捕まえた。
捕まえたと言っても、増殖し続けていたウチの1体だから、本体じゃないけど。
それでも、計画には十分な魔素を秘めてる。
逃げられないように捕まえておくのが難しいと思ってたけど、ビニール袋という優れモノのおかげで、なんとかなったね。
一番苦労したのは、次に手に入れた闇の魔素だ。
だってそうだろう?
夜という巨大な影となっている闇の魔素は、非常に薄く広がっているから、集めるのが難かしい。
そういう意味では、濃い闇の魔素を持った猫が現れて、良かったと思っているよ。
そして最後に雷龍。
世界中を雷となって飛び続けている雷龍を、手元に捕え続けるというのは、至難の業だ。
だから、地球に電波という技術があることを知ったときは、喜んだものだよ。
これらを失うワケにはいかない。
なんとしてでも、ドラゴンに取り込ませなければ。
そして、空に浮かぶ巣から私達を見下ろしている光龍を、地上に引きずり下ろすんだ。
そうすることで、ドラゴンが光龍を取り込み、光に属する4つの魔素が、全て1箇所に集まる。
こんなことが起きれば、龍神も黙ってはいないはずだよねぇ?
世界を構成する光と闇
その半分が失われれば、龍神も慌てて巣から飛び出てくるはずだ。
もしかしたら、巣と一緒に地上に降りて来るのかもしれないね。
「それはそれで、楽しみだな」
「師匠を返せ!!」
手にしていた結晶を眺めていた私が、ポツリと呟いた瞬間。
背後からウェアウルフのメイが攻撃を仕掛けてきた。
慌てて回避を試みるけど、もはや、今の私じゃ彼女の攻撃に対応できない。
「っ!!」
左腕を強く弾かれた私は、結晶を勢いよく前方に放り投げてしまった。
急ぎ、風の魔術で回収を試みるけど、手元に還って来たのは緑と黄の2つのみ。
「まずは師匠!!」
「ナイスだメイ!! 残りも頼んだぞ!!」
「うん! アタシに任せて!!」
無邪気にはしゃぐメイ。
やっぱりこのままじゃ、彼女に全て奪われてしまうだろう。
残念だけど。もう、こうするしかないようだね。
本当は、こんなことやりたくない。
だって私は、新しい世界を見たいんだから。
でも、新しい世界を生み出すことすらできないのは、見れないことよりもやるせないじゃないか。
「あっ!?」
「ちょ、何やってるんだ!? ナレッジ!!」
驚くメイと茂木颯斗。
そんな2人の声を聞きながら、私は口に入れた2つの結晶を嚥下した。
さよなら、私。
後のことは、新しく生まれてくる私に任せることにしよう。
そうすれば、私が自分で世界を作り変えることもできるかもしれないし。
自分で作る新しい世界。
良い響きだな。
さっき茂木颯斗に指摘された通りだ。
そう考えれば、別に悪いことでもないような気がしてきたよ。
少しだけ気分が良くなった私は、右手に生み出した火球を自分の腹に撃ち込みながら、茂木颯斗に告げた。
「新しい世界、私の代わりに見て来ておくれよ」
直後、全身が炎に包まれ、私の意識が消えていく。
なにもかもが、消えていく。