第80話 打開策
水球に閉ざされた仲之瀬さん達。
そんな彼女らの頭上に浮いている火球に向けて、俺は魔素弾を放った。
直後、消し飛んだ火球の熱気を受けて、水球の表面が一気に泡立つ。
「返してもらうから!!」
俺が動くと同時にナレッジに向かって駆け出していたメイが、結晶に向かって飛び掛かりながら叫ぶ。
まるで風のようなその動きを前に、対処できる者は殆どいないはずだ。
しかし、ナレッジはそんなメイの攻撃を、ギリギリのところで躱して見せた。
「おっと、危ないねぇ」
「このっ!! 待てっ!!」
手にしている3色の結晶を守りながらも、次々と火球を展開するナレッジの動きは、戦い慣れている者のそれに違いない。
「メイ、油断するなよ! マリッサ、仲之瀬さん達の無事を確認したら、頭上の奴の対処を頼んで良いか? 俺はメイの援護に回る!」
「分かった!」
「2人がかりでお姉さんを追いつめるつもりかい? 仕方が無いから、相手をしてあげるよ」
「ふざけやがって! 朧たちを返せ!」
「そう簡単に返すわけがないだろう? これらを集めるのは、大変だったんだからねぇ」
そう言ったナレッジは、結晶をポケットに押し込み、自らの掌に火球を生み出した。
「ここらで少し、反撃しとくかな?」
余裕綽々と言ってのけた彼女は、勢いよく振り下ろされたメイの右腕を躱し、さらに、その腕を足で踏みつけてしまう。
結果、攻撃を強引に止められたメイは、続くナレッジの火球を、腹部に受けてしまった。
「っ!? きゃ!!」
「メイ!!」
「ぐっぅ……だ、大丈夫!!」
軽く体が浮くほどの衝撃に、少しだけ後退ったメイは、それでも歯を食いしばりながら踏ん張ってる。
「ほう。さすがに丈夫だね」
「この野郎!!」
「一応、私は女だから、野郎と呼ばれるのは心外だな」
籠手で狙いを定めるけど、メイを盾にするように位置取るナレッジに、俺は魔素弾を放てない。
それなら、接近戦に持ち込むしかないよな。
まだ少しふらついてる様子のメイの横を駆け抜けた俺は、その勢いを右の拳に乗せて、ナレッジに打ち付けた。
でも、俺が放った渾身の拳は、容易く避けられてしまう。
そりゃ当たり前か。メイの攻撃を躱せるんだからな。
だけど、俺の目的は時間を稼ぐことだ。この間にメイが体勢を立て直してくれれば……。
なんて考えている俺の拳を、両手で払いのけたナレッジは、体勢を崩して転びそうになった俺の足を払いながら告げた。
「キミたちじゃ、私に勝てないよ」
「くっ!」
情けない。
ナレッジ一人を相手に、俺は殆ど何もできないじゃないか。
うつ伏せに転げた俺の背中を、ナレッジが踏みしめて来る。
このままじゃ、俺は立ち上がることもできないぞ。
金網状の足場に顔を押さえつけられた俺は、痛みをこらえながらナレッジを睨み付ける。
「ハヤトから離れて!!」
そんな俺を助けるために飛び掛かったメイでさえも、ナレッジに首根っこを掴まれてしまった。
「くそっ!! どんな怪力してるんだよ」
「うぅぅ……息がぁ……」
「私は君らの何倍もの時間を生きてるんだ。正直、赤子の相手をしてるようなものだよ」
そう言うナレッジの身体が、仄かに青白い光を放ってる。
身体強化の魔術か?
だとしたら、俺達は油断してたってワケだな。
魔術師であるナレッジが、これほど動けるなんて考えてなかったし。
何か打開策は無いか。足場越しに周囲を観察しようとしたその時、頭上からマリッサの声が響いて来る。
「スプレッド!!」
直後、俺の背中を踏む足の圧力が消え、同時に、大量の水が降り注いできた。
当然、俺は全身ずぶ濡れになる。最悪だ。下着まで濡れてるよ、これ。
「ちょっと!! しっかりしてよね! さすがの私も、ドラゴン相手にしながら援護は難しいよ!?」
頭上をガルーダに乗りながら旋回するマリッサ。
すぐに白いドラゴンの迎撃に戻った彼女に返事をする暇も無く、俺とメイはナレッジに向き合った。
「まだ戦うつもりなのかい? 面倒だから、諦めてくれたら助かるんだけど」
「諦めるわけないでしょ! マリッサもまだ戦ってるし! 師匠だって! 助けなくちゃだもん!!」
「仕方ないなぁ。なら2人とも、死んでもらうしかなさそうだねぇ」
面倒くさそうに告げるナレッジに、メイが唸り声を上げる。
でもナレッジの言う通り、このまま正攻法で戦っても、多分俺達に勝ち目はないな。
考えろ。
何か、この状況を打開する方法は無いか?
使える物とか、情報。そう言った物が無いかと視線を巡らせた俺は、ふと、メイの息遣いが荒いことに気が付いた。
どうしたんだ?
もしかして、疲れたのか?
確かに、激しい戦闘だから、疲れるのも無理は無いけど。
メイって、そんなに体力無かったっけ?
そこまで考えたところで、俺はようやく気づく。
「なるほど、そこまで仕組まれてたのか」
「? ハヤト?」
「メイ。少しの間で良い。ナレッジの動きを止めれるか?」
「ん? うん。やってみるよ!」
「敵の目の前で作戦会議かな? 随分と自信があるんだねぇ」
そんなナレッジの言葉を無視して、俺はポケットに入れてたスティックグローブを取り出して、メイに投げ渡した。
何かに使えるかもと思って、持って来ててよかった。
グローブを受け取ったメイは、不思議そうに俺を見上げて来る。
「ねぇ。ハヤト。これで何をするつもりなの?」
「念のために手に付けててくれ。あとは、さっきみたいにナレッジを牽制するだけだ」
「牽制ねぇ……そんなことで私を止められるとでも?」
「あぁ。出来るさ。本来のメイならな」
そう告げた俺は、間髪入れずに籠手を構えて、狙いを定めた。
目標はナレッジじゃない。
俺達の足元の足場を支えている金具に狙いを定め、俺は魔素弾を放つ。
放たれた魔素弾は、金具に当たると甲高い音を当ててはじけ飛んだ。
さすがに1発じゃ壊れないらしい。
「ここは地面の上じゃないからな。メイが本調子じゃないのは、そのせいだ。違うか? ナレッジ?」
「っ!?」
「そっか! なんか疲れると思ってたのは、そのせいなんだね!」
「メイ! 足場ごと地面に落とす! それまで、ナレッジが逃げないようにしててくれ!」
「分かったよ!!」
以前見た時、ナレッジは空を飛んでたからな。
今回、どうしてすぐに飛んでドラゴンの元に向かわなかったのかは知らないけど、リスクは取り除くべきだよな?
「思い通りにさせると思うかい!?」
「それはこっちのセリフだよ!!」
足場を壊すために籠手を構える俺を、火球で狙うナレッジ。
当然、メイがそんなナレッジを放っておくわけないよな。
すかさず妨害を開始したメイを横目に、俺はひたすら足場に魔素弾を撃ち続けるのだった。