第8話 これから先の話
サイクロプスを倒した後、このスーパーに逃げ込んでからもう5日も経ったんだよなぁ。
幸い、スーパーには沢山の食料と水があったから、俺は特に飢えることなく過ごせてるワケだけど。
かといって、それも永遠に続くわけじゃないんだよな。
昨日マリッサから聞いた話だと、多分、地球の文明は深刻なダメージを受けてるはずだし。
先のことを考えるなら、自給自足できるような仕組みを考えるべきだな。
「ねぇねぇ、ハヤト! これ、なんていう食べ物?」
「それはジャーキーだ。酒飲みがつまみに喰うやつだよ」
「じゃーきー!! 美味しい……」
耳と尻尾をぴょこぴょこと揺らしながら、ジャーキーを頬張るメイ。
うん、なんていうか、元気そうでなによりだ。
朝目が醒めたばかりの時は、少し落ち込んで見えた彼女。
全部夢だったら、なんてことでも考えてたんだろうか?
そんな彼女が少しでも元気が出るようにと、色々探した結果、ジャーキーに行きついたわけだ。
まぁ、ペット用のおやつよりはマシだよな?
対するマリッサはと言うと、俺が数日前に駅から持ってきてた周辺地図を見て、何やら頭をひねらせてる。
ちなみに、このスーパーのすぐ隣にはNRの駅がある。
さすがに電車は動いてないし、中には魔物が巣くってたから、簡単には潜り込めなかったけど。
そんな状況で手に入れた数少ない戦利品なわけだから、役に立ったみたいで良かったよ。
「ねぇ、ハヤト。食べる?」
「……良いのか?」
「うん。いいよ」
真剣な眼差しで、開けたばかりのジャーキーを俺に差し出して来るメイ。
これはあれか?
あ~んってやつか?
なんか、気恥ずかしいな。
でも、せっかく食べさせてくれようとしてるわけだし、ここは素直に貰った方が良いよな?
いや、言い訳してるワケじゃないからな。うん。
「それじゃ……」
「あっげな~い!!」
そう言って手にしてたジャーキーを咥えたメイが、ニマニマと笑みを浮かべてる。
くそっ……してやられた。
怒りで顔が引きつるのを感じながら、俺は大きく息を吐き出す。
落ち着け。
これは子供のからかいだ。そうだ、メイはおこちゃまなんだよ。
だから、俺がムキになったらダメなんだ。
「……ハヤト、怒った?」
目を閉じて黙り込んでる俺を見て不安になったのか、少し心配そうに声を掛けてくる。
そんな彼女が、すぐ目の前に来たのを薄目で確認した俺は、鼻先に突き付けられてたジャーキーに齧りついた。
「よしっ! 上手くいった!」
「っ!?」
細長いジャーキーの両端に、俺とメイが齧り付いてる図。
まるでポッキーゲームみたいだな。
なんて考えながら、俺が口の中のジャーキーを味わってると、目の前のメイが赤面し、ついにはジャーキーから口を放してしまった。
初心な奴め。
「どうした、メイ? ジャーキー好きなんだろ? 食べないのか?」
「……いい。あげる」
「朝っぱらからイチャつくなよ。見てるオイラが恥ずかしくなるだろ」
「このくらい、イチャつくに入らねぇよ」
猫缶を隅々まで嘗め回している朧にそう返した俺は、メイから簒奪したジャーキーを平らげて、立ち上がった。
その間、ずっとメイが俺を見つめて来てるのは、多分、不満を現してるんだろ。
「さて、あと食事を摂って無いのはマリッサだけだぞ」
「私は良いよ。あんまりお腹減ってないし」
「そうか? でも、ちゃんと食べてないと、いざって時に」
「私達エルフ族は、元々小食なんだよ。食事しなくても、1週間とか普通に活動できるから。気にしないで大丈夫」
「マジか……それはなんていうか、低燃費だな」
「てい……何?」
「いや、大したことじゃないから気にしないでくれ」
「そう? それよりハヤト。このあたりに地名とかってあるのかな? それと、今いる場所はこの地図で言うと、どこ?」
「ここは福岡っていう場所で、地図で言うとこのあたりだ」
「ふぅん……」
「さっきから熱心に地図を見てるけど、何か気になるモノでもあるのか?」
「そうだね。探してるものがあるから」
「探してるもの?」
「うん。それについて貴方達に話がしたいんだけど、大丈夫?」
そう言うマリッサの言葉に誰も反対しない。
まぁ、俺もメイも、これから先どうするのかという当てがないしな。
「で、話ってのは?」
「うん。簡単に言えば、これから先の話について、あなた達に手伝ってほしいことがあるって感じかな」
「アタシ達に?」
「オイラを指名するとは、お目が高いな」
「ほんと、朧は少し煽てたらすぐに調子よくなるよな」
「扱いやすそうで助かるけどね」
「おぉい!? お前さんら、オイラの扱いが酷すぎるんじゃないのか!?」
「話を戻すね。具体的にお願いしたいのは、魔術結晶を探すのを手伝ってほしい」
「無視かよ……」
「魔術結晶? それは、俺達に出来ることがあるのか?」
「アタシも、その、魔術結晶? を探すなんて出来る気がしないけど」
「うん。だから手伝ってほしいってことだよ。探すのは私がやる。だけど、私一人で探すのは、色々と厄介だってここ数日で分かったから」
ここ数日でってことは、昨日の件とか、サイクロプスの件も関係あるのかな?
そう言えば、サイクロプスを追い払った時、彼女は交差点に魔法陣みたいなものを描いてたな。
あれが関係するのか?
そう考えれば確かに、彼女にとって魔法陣を描くのを邪魔されるのを防ぎたいって意図が読み取れる気がする。
「つまり、その魔術結晶とやらを探すために魔法陣を描く必要があって、それを描いている間、マリッサの護衛をお願いしたい。ってことか?」
「……へぇ。今の説明で、どうしてそこまで分かったの?」
「まぁ、こう見えて俺もサラリーマン歴が長いからな。忖度するのは得意なんだよ」
「さらりーまん?」
「貴方のこと、少しは見直した方が良いってコトかな?」
「いや、お嬢さん方。騙されちゃいけねぇ。この男、大したこと言ってないからな」
「おい朧。お前は世のサラリーマンを馬鹿にするつもりか?」
「そんなつもりは無いけどよ。オイラにとってのサラリーマンって、道端で酔い潰れてる面白い奴らって印象しかないんだ」
「……言い返せねぇや」
「定期的に話が逸れるの、やめて欲しいんだけど……」
「すまん」
「で、まぁ、お願いしたいことはハヤトが行ったことが殆ど全部だよ。特に、メイ。貴女にはすごく期待してる」
「アタシ……?」
「うん。暴走してたとはいえ、あのゴブリンの群れの中、身一つだけで凌ぎ切ってたのは凄いことだと思う」
「そ、そうかなぁ」
頬を緩めて照れてるメイ。尻尾を小さく振ってるところを見るに、褒められて嬉しかったんだろう。
まぁ、俺もマリッサの言うことには同感だ。
平常時じゃなかったとはいえ、あの時の彼女の戦いぶりには、驚嘆するしかない。
簡単に言えば、心強いよな。
とまぁ、それは別にいいんだけど、正直、ここまで話を聞いている間に、俺は大きな疑問を抱いてしまった。
その疑問を放置するわけにもいかないので、直球でマリッサに尋ねてみよう。
「俺達がやることは、まぁ分かった。でも、1つ分からないことがある。その魔術結晶を探して、何をするつもりなんだ?」
「……昨日、私が言ったこと、覚えてる?」
「昨日? どの話だ? 色々ありすぎて分からない」
「カラミティで世界が混ざったって話と、修復する術式を作れれば、元に戻せるかもって話」
「あぁ、そう言えばそんなこと言ってた。オイラ、ちゃんと覚えてるぜ」
「うん。その術式を作るためには、魔術結晶が必要なんだ」
「術式を作るために必要……か。なるほど」
「そういうワケ。で、私からの話は以上なんだけど、さっそく返事を聞かせて貰っても良いかな?」
単刀直入に問いかけて来るマリッサ。
そんな彼女から視線を外した俺は、朧やメイと顔を見合わせた後、再びマリッサに目を向ける。
「まぁ、他に出来る事もなさそうだし。やってみるかな」
「アタシも。ハヤトがやるなら、やる」
「お嬢さんの頼み、オイラが断るワケないだろう」
「良かった。皆、ありがとう」
ホッと胸を撫で下ろしながら礼を言うマリッサ。
俺としては、彼女を手伝いながら周辺の様子を見て回るチャンスだと受け取っておこう。
少なくとも、1人で動き回るよりもマリッサやメイと一緒に動いた方が、確実に生存確率が上がる。
そうすれば、俺自身の行動範囲を広げることができるし、結果として、誰か助けが見つかるかもしれない。
こういう国家の危機とかが発生した時、たいてい自衛隊とかが動いてるはずだよな?
先のことを考えれば、そういった組織と連携をとっておいた方が、有益なハズだろうし。
とまぁ、そこまで頭を巡らせた俺は、ふと、メイの様子が気になった。
食事の時からそうだ。彼女はずっと、何かを気にし続けてる。
そんな彼女の視線を追った俺は、大切なことを思い出した。
「話もひと段落したところだし、今度は俺から話をさせてくれ」
そう切り出した俺は、メイの頭を撫でながら告げる。
「弟のお墓、ちゃんと作ってあげた方が良いだろ?」