第79話 2つの世界
「そんな理由で皆を!!」
あっけらかんと言ってのけるナレッジに向かって、メイが突撃しようとする。
そんな彼女を、俺は慌てて引き留めた。
「待て! メイ!!」
「茂木颯斗の言う通りにした方が賢明だとおもうよ」
「っ!? シホ……」
飛び掛かろうとしていたメイの眼前で、火球を生み出したナレッジは、その火球を仲之瀬志保の頭上に配置する。
そんな脅迫を前に、俺達は迂闊に動けない。
魔素弾で火球を消し飛ばしても良いけど、俺が動くのを想定しないほど、ナレッジは馬鹿じゃないだろうな。
癪だが、ナレッジは仲之瀬さんとエルフの国王のことを道具のように扱っておきながら、その価値をしっかりと理解してる。
「続きを話しても良いかな?」
「卑怯者!」
「なんと言われたってかまわないさ」
マリッサの言葉を軽く流した彼女は、そのまま言葉を並べ始める。
もどかしいけど、今はこいつの話を聞きながら、隙を伺うしかなさそうだ。
「キミらも知ってるだろう? 私らの世界にはびこってた、退屈な空気を。それを、全てぶち壊したかったのさ」
退屈な空気。それはつまり、龍神が全てを与えてくれるっていう考え方の事か?
そんなの、個人の考え方次第だろ。と思うのは、地球基準の考え方なんだろうなぁ。
そんな地球基準の考え方にすっかり染まったのか、マリッサが憤って見せる。
「だから……世界ごと全部壊したってこと!?」
「そんな理由で……」
あからさまに落ち込んでるメイ。
多分、家族のことを思い出したんだろうな。
たしかに、ナレッジの言うような理由で家族を奪われたんだとしたら、やるせない。
それに、もしそれが理由なら……。
「それが理由なら、アンタはもう悲願を果たしたってことだよな? だったらどうして、こんなことしてるんだ?」
世界を壊したい。
それだけが理由なら、カラミティが起きた時点で既に達成できてるはずだ。
だけど、それだけでは飽き足らずに、ナレッジは俺達と対峙してる。
その理由を問う俺に対して、彼女は小さく笑いながら応えた。
「そんなの、新しい目的が生まれたからに決まってるだろう?」
世界を壊す以上に、何がしたいんだよ。
なんて聞きたいところだけど、聞くまでも無く喋ってくれるみたいだ。
「英霊召喚。そんな魔術がある時点で、私達と別の世界が存在してるってことは知ってた。実際に呼び出された人間の手記もあったし。私は個人的に、違う世界に興味があってね。色々と調べていたんだよ。だけど、ずっと分からないことがあった」
そこで言葉を切ったナレッジは、俺のことを指さしながら続ける。
「世界の成り立ちも、生物の生態も、考え方や文化も。何もかもが違う世界のはずなのに―――どうして同じ言葉を使ってるんだろう? ってね」
「……は?」
彼女の言葉を聞き、俺の思考が停止する。
代わりにと言っては何だが、マリッサが反論しようとしてくれた。
「それは龍神様が私達に」
「授けてくれたって? 確かに、私達の世界だったらその考えも通じるだろうさ。地球とは違って、言語の壁なんて存在しないんだから」
今、ナレッジはとんでもないことを言ったよな?
言語の壁が存在しない?
確かに、マリッサやメイと俺が話せてるのも、言われてみれば疑問だけど。
同じくらい、マリッサとメイが言葉を交わせてるのも、不思議なことってことか。
「メイ、そっちの世界では、住んでる国とかによって言葉が違ったりしないのか?」
俺の問いに対して、メイが首を傾げて見せる。
「言葉は言葉でしょ? そんな、国ごとで違ってたらみんな困っちゃうよね?」
「……マジか」
俺の驚く顔を見てなのか、ナレッジはどこか満足そうな表情を浮かべてる。
そんな勝ち誇ったような表情をされるのは、マジで癪だな。
「その理由を考えた私は、いろいろと調べていくうちに1つの答えに辿り着いたのさ。2つの世界は元々、同じだった可能性がある。その証拠として、キミらの世界にも居たんだよ。龍神が」
「龍神が、地球に居た!?」
「まぁ、名前は違ってたけどね。八岐大蛇だっけ?」
何を言い出すかと思えば、そういうコトか。
確かに、龍が8つの魔素で別れてるところとか、似てると言われれば似てるのか?
八岐大蛇と言えば、首が8本あるらしいし。
一種の比喩と思えば……。
いや、流石に違うよな。
「いやいや、それはあくまでも伝説と言うか、作り話と言うか」
「作り話だという証拠はどこにあるのかな? それに、その伝説の中でも伝えられているじゃないか。キミらと私達の世界が、これほどまでに異なっていて、似ている理由が」
そんな理由、あったっけ?
伝説の内容を詳しく思い出せないでいる俺に、ナレッジは語り掛けてくる。
「キミらの祖先は、龍神から力を奪ったんだよ。相手を襲い、殺し、略奪する術をね。与えられるままに受け入れ続ける私達のつまらない世界と違って、キミらは自らの手で奪い取ることを知ったんだ」
そんな彼女の言葉を聞いて、俺はふと思い出した。
たしか、八岐大蛇は退治されて、その体内から剣が出て来たんだっけ?
その剣が、奪い取るチカラだって言ってるのか。
これは完全に比喩な気がするけどな。
「だったら、私達も龍神から力を奪い取ることができるかもしれないだろう?」
「……それが、新しい目的?」
「そうさ。龍神から力を奪い取り、その後に訪れる新しい世界を見るために、私は今ここに居る」
つまり、全てを受け入れる考え方に染まってたナレッジが、英霊の知識に触れたことで、力を奪うことに目覚めたってところか。
くだらねぇ。
くだらないけど、それを実行に移せるだけの力を、彼女は既に持ってるんだよな。
「どうだい? キミらもその世界を見たくはないかい?」
「力を奪い取って、その後に訪れる新しい世界を見る、か」
「……ハヤト?」
少し心配そうに俺を見上げて来るメイ。
彼女を安心させるために、頭を撫でた俺は、すぐにナレッジを睨み付ける。
「おいナレッジ。1つだけ教えろ。その新しい世界に、朧は居るのか? 龍たちは居るのか? 野営地に居るエルフ達は? 戦ってるドワーフ達も、ガランディバルに居る人たちも。全員揃って、その世界に行けるのか?」
「さぁ。全員が揃って行けるかなんて、私は知らないね。ただ、キミらは強いから、見れると思うよ」
「そう言うだろうと思ったよ。新しい世界を『見る』だなんて言ってんだからなぁ」
「……どういう意味かな?」
少しだけ憮然とした様子のナレッジに、俺は言い返してやることにした。
「その新しい世界に、あんたは1人だけで行くつもりなのか?」
「……もしかして、仲間だとか平和だとか、そう言う話をするつもりなのかな?」
「違うさ。あんたが言うその新しい世界ってのは、誰が作るんだって話をしてるんだ」
「誰が……作る?」
少しだけ困惑するナレッジは、少しだけ考え込んだ後、何かに気が付いたかのように口を噤んだ。
「世界を壊して、その後、何がしたいんだよ。新しい世界を見たいんだろ? じゃあ、その新しい世界は誰が作るんだって、俺は聞いてるんだ。そんな難しい話じゃないだろ?」
「……」
「結局、アンタはまだ、与えられて受け入れるって考え方から、抜け出せてないみたいだな」
「……そのようだね。気づかせてくれてありがとう。茂木颯斗」
「良いってことだ。ってなわけで、お互いに落ち着いて話し合いでも」
なんとかナレッジを説得することが出来た。
と思ったんだけどなぁ。そう簡単にはいかないらしい。
「キミのおかげで、次の目的が決まったよ。それじゃあ、始めようか。最後の仕上げをね」
そう言ったナレッジは、上着のポケットを弄ると、何かを取り出して見せた。
ルナの光を受けて輝きを見せるそれは、3色の結晶。
緑色と黄色、そして黒色の輝きを放つそれらの結晶を、彼女は夜空にかざす。
何をしてるのか、一瞬理解できなかった俺の耳が、メイの声を捉えた。
「師匠!? それに、風龍も!?」
「ほう、さぞかし目が良いんだねぇ」
「もしかして、あの結晶の中に捕まってるってことか!?」
「ナレッジ、それで何をするつもりなの!?」
「さぁ、それは見てのお楽しみだね」
ナレッジがそう告げたと同時に、俺達の頭上を何か大きな影が横切った。
その影は電波塔の上空を旋回するように飛んでいる。
2本の首を持った、白いドラゴン。
その姿を見て、俺は思い出す。
あのドラゴンが、何らかの方法で火の魔素を取り込んでいたという事実。
その後から、ドラゴンの首が増えたと言うこと。
そして、八岐大蛇の話。
「ハヤト。あのペンダントを奪わないとマズいかも」
「俺も同感だ、マリッサ」
「なに? 2人とも、どういうこと?」
いまいち理解できていないらしいメイに、俺は簡潔に説明した。
「ナレッジはあのペンダントを白いドラゴンに食わせる気だ」
「っ!? そんなことさせちゃダメだよ!!」
「分かってるよメイ。だから、そろそろ話はおしまい。あいつを本気で止めなくちゃ」
マリッサがそう言うと同時に、ナレッジの傍に座り込んでいた仲之瀬さん達が、巨大な水球に飲み込まれる。
直後、俺とメイは攻撃を開始したのだった。