第77話 幸か不幸か
「やっぱり、朧はどこにも居ないんだな」
「うん。上から見たけど、少なくとも外には居ないよ。それに、あの火球が影を消しちゃってるから、隠れこんだりも出来てなさそうだね」
「やっぱりあの火球は罠だったんだな」
「ねぇマリッサ。シホは見なかった?」
「人間の女性だっけ? 見てないよ」
「そっか……」
「ナレッジの居場所も分かって無いし。完全に後手に回ってるな」
キメラの襲撃を退けた後、俺達は情報交換をした。
マリッサは俺達よりも上の階の廊下に放り出された後、いち早く外に出て、ガルーダで周囲の偵察をしてたらしい。
さすがと言うかなんというか。優秀だよな。
なんて、俺が感心していると、レンファールが苦言を呈してくる。
「お、おい茂木颯斗。よもや忘れてはいないだろうな?」
「え? あぁ、国王陛下の事ですよね? それもちゃんと」
「ちょっと、人にお願いしておいて、どうしてそんな偉そうな態度を取れるワケ?」
「なっ!? そ、それは」
マリッサも最初の頃は似たような感じだったけどな?
まぁ、わざわざそんなこと言わないけど。たぶん、メイも同じこと思ってるぞ。今。
「レンファールって言ったっけ? 私の前でハヤトを馬鹿にするつもりなら、私が受けて立つからね? 分かってる?」
「ま、まぁまぁ。マリッサ。落ち着いて。レンファールさんも。王様もちゃんと探すから。安心ほしいな」
「そ、それなら良い」
「さてと、それじゃあどこから探すかだけど。みんな、何か考えはあるか?」
「そう言う話なら、ここで暮らしてたエルフに聞くべきなんじゃない? レンファール。あなた、人間の女性を見てないの? それと、本当にナレッジの居場所を知らないのよね?」
「人間の女がいたことは知ってる。だが、今どこに居るのかは知らない! 少し前までは野営地を歩く姿を見ていたが、ある時期からぱったりと見なくなった」
「ある時期? それっていつなの!?」
「お、覚えていない。そもそも、誰もあの女のことなど気にしていなかった。むしろ、いなくなって清々すると言ってた者も居たくらいだ」
「そんな……」
やっぱり、エルフにとって俺達人間はその程度の存在なんだな。
対等に接してくれてるマリッサが、特別なだけなんだろう。
文化が違うから、そう簡単に考えが変わるはずもないし。
ん? だったらどうして、エルフ達は仲之瀬さんをここに連れて来たんだ?
キメラに駐屯地を襲撃された時、わざわざ彼女を連れて逃げる必要は無いはずだよな?
自衛隊駐屯地に俺達が捕まった時は、魔王軍に対抗するための労働力にするためとか聞いた覚えがある。
……そもそも魔王軍はナレッジが生み出してたかもしれないんだよな?
そして今、ナレッジはエルフ達の国王を人質に、実権を握ってる。
たった1人でここまで大胆な行動に出ることができたってことは、それなりの準備が必要なはずだ。
「みんなで手分けするしかなさそうだね」
各々が思考を巡らせていると、メイがぽつりとつぶやいた。
彼女の言う通りかもしれない。
だけど、この野営地には大量のキメラがいる。
手分けをすると言うことは、そいつらを相手に少人数で相手するしかなくなるわけだ。
「私は、この全員で動く方が良いと思うな」
「我もそう思う。先ほどのような状況になった時、助けがないのは致命的だ」
「そうだな。俺もマリッサ達に賛成だ。それに、もう少しで状況は変わるはずだし」
「あ、そっか。皆が来てくれるもんね」
「ん? 皆とは誰のことだ?」
「あぁ、そう言えば話してなかったですね。俺達は先発隊で、後からガランディバルのドワーフ達が隊列を組んでここに来てくれることになってるんです」
「なっ!? なんだと!?」
「バロン達が来れば、キメラの相手を任せて、私達は動きやすくなるね」
「ってことで、俺達はバロン達の到着まで4人で行動する。それでいいか?」
「うん」
そうやって、俺達が今後の動き方を確認した時。
バチッという音が、周囲の空気を震わせた。
一瞬だけ聞こえたその音に、俺達が首を傾げていると、再び音が鳴り始める。
バチッ。バチバチッ。バチバチバチバチッ。
細かく繰り返されるその音が、どこから聞こえて来るのか。
音のする方を見上げた瞬間、俺の視界がまばゆい光に包まれた。
「きゃあぁ!!」
「なにっ!?」
「おわっ!? 眩しい!! 雷か!?」
空が地面に叩きつけられたような乾いた音が鳴り響く。
雷かと思ったけど、空には雲一つなくて、どうも違うらしい。
いや、違うわけでも無いのか?
一瞬だけの光と音が止み、静寂が広がった夜空を見上げながら、俺は呟いた。
「なぁみんな。もしかして、ナレッジはあそこにいるんじゃないのか?」
俺の呟きに、皆が俺の視線の先にある建物に目を向ける。
「あれって、何かの塔だっけ?」
「たしか、椿山さんが何か言ってたよね。でんぱ塔? ねぇハヤト、あってる?」
「あぁ、正解だよメイ」
って言うか、俺はどうしてもっと早く気付かなかった?
ナレッジが俺達に話しかけて来たあの声。
まるでラジオみたいじゃないか。
電子機器も無しにどうやったのかは知らないけど、もしかして、魔術と科学を混ぜ合わせたのか?
だとしたら、ナレッジは本当に天才かもしれないな。
「とにかく、今の雷が何なのかは分からないけど、あそこに行ってみよう」
「お、おい! 待て! その電波塔とやらに国王陛下が居る保証はあるのか!?」
「分からないから見に行くんでしょ」
「だが! この野営地を調べるのが先決ではないのか!?」
レンファールの言うことも一理ある。
さて、どうしたものか。
俺がそんなことを考えていると、今度は野営地の外からけたたましい雄叫びと角笛が鳴り響いてきた。
程なくして、野営地の堅牢な門が何者かによって破壊され、ゾロゾロと影がなだれ込んでくる。
「皆の者ぉぉ!! 進めぇ!! 今こそ我らの雄姿を見せつけるのだぁ!!」
先陣を切って走っているバロンを見つけた俺達は、すぐに建物から飛び出して、彼の元に向かった。
「バロン! 良い所に来た!」
「おぉ! ハヤトにマリッサ、それにメイも、無事であったか! 朧の姿が見えぬが?」
「そうなんです、バロンさん! 師匠が捕まっちゃったんです!」
「何!? それは由々しき事態だ! 先ほどの音と光。何か嫌な予感がしてはいたが、杞憂ではなかったようだな」
幸か不幸か、さっきの雷みたいな音のおかげでバロン達が急いで駆けつけてくれたらしい。
これで、俺達も思う存分動けそうだな。
「バロン。俺達はあの塔に向かう。だから、この野営地のことを任せても良いか?」
「野営地のことを?」
「私達もまだ、この野営地全体を探し回れてないから、代わりに見て回って欲しいの。それと、エルフ達と協力して、キメラも無力化してくれたら助かるかな」
「エルフ達と……?」
マリッサの言葉を聞いてようやく、バロンは俺達の傍に立ってるレンファールに気づいたらしい。
「エルフ……こ奴らを信用しても良いのか?」
「取り敢えずこの事態の収束まで、手を結ぶことにはなってる」
「ほう?」
まぁ、俺の言葉だけじゃ信頼はできないよな。
片方の眉を吊り上げたバロンは、手にしていた戦斧を地面に置いて、レンファールの元に歩み寄った。
「我の名はバロン・ガラン。誇り高き戦士だ。主は我らと共に戦うだけの誇りと勇気を持ち合わせておるか?」
「な、何を言って……」
突然の問いかけに動揺するレンファール。
そんな彼をキッと睨み付けるマリッサの視線が効いたのか、彼はゴクリと生唾を飲み込んだ後、バロンに向けて告げた。
「わ、我の名はレンファール。龍神様の名の下に、その知恵と魔術を行使すると誓おう」
「……ふんっ」
バロンの好みの返事じゃなかったみたいだな。
それでも、レンファールを咎めるでもなく戦斧の元に戻ったバロンは、それを手に取ると、力強く言ってのけた。
「正直、主らエルフ共のことは好きになれんが、マリッサ殿の願いとあらば、聞かぬわけにはいくまい」
「わ、私?」
「マリッサってば、罪な女ってやつだよね」
「ちょ、何言ってるの? メイ!?」
メイもマリッサもやめてやれよ、バロンが恥ずかしそうにしてるだろ?
なんて、俺が2人を止めに入るまでも無く、バロンは大きな咳ばらいをした。
「何をしている? 主らは早く塔に向かえ」
「あぁ。頼んだぞ、バロン!」
「任せておけ! だが、このツケは大きいと思っておけよ、ハヤト」
「分かったよ。飲みでもなんでも付き合ってやる」
「そう言うわけだから、レンファール。他のエルフ達と一緒にバロン達の手助けをしてあげてね」
捲し立てられたレンファールは、あっけに取られてる。
そんな彼をバロンに任せ、俺達は電波塔の方へと走り出したのだった。