第76話 お互いに
エルフと同盟を結んだ俺達は、いくつもの班に分かれて部屋を出た。
班って言っても、そんな仰々しいものじゃないけどな。
俺とメイは、エルフの青年レンファールの案内で地上を目指す。
エリザベート様は護衛のエルフを10名ほど連れて、安全な場所を探す。
それ以外のエルフ達は散らばって、マリッサや仲之瀬志保を探す。
っていう感じだ。
それと、やっぱりエリザベート様は、レルム王国の王女様らしい。
その時点で、エルフ達は国王を人質に取られていることが確定したワケだ。
「厄介なことにならないと良いけど」
「厄介なこと? ハヤト、何か気になるの?」
「ちょっとだけな。でも今は、マリッサ達を探すことに集中しよう」
「うん」
レンファールの後を追って、俺達は階段を駆け上がる。
既に5階分は上がっただろうか?
まだ続いてる階段の先を見上げた俺は、そこにようやく、外の光を目にすることができた。
「やっと出口か……さすがに疲れた」
「ハヤト、大丈夫? 少し休んでく?」
「いや、大丈夫だよメイ。それに、今は休んでる暇はないみたいだし」
「その通りだ茂木颯斗。こんなところで休んでいる余裕はないぞ」
「ハヤトがそう言うなら良いけど……」
ちょっとだけムッと表情を歪めてるメイの頭を撫でた俺は、レンファールの隣に歩み出た。
「ここが出口ですか?」
「そうだ。だがやはり、この扉の先にはキメラがいるみたいだな」
そう言う彼は、微かに開けた扉の隙間から外を示してくる。
促されるままに外を覗き見てみると、そこには廊下が見えた。
だけど、さっきまでの廊下とは違って、窓のある廊下だ。
つまり、地上に出たってワケだな。
そんな窓の外を、様々な種類のキメラが闊歩してる。
「おいおい、ここは魔王城かよ」
「たしかに、そう言われても否定はできないな」
「キメラがいるの? アタシ達だけで出てったら、危ないかな?」
「さすがにキツイかもしれないな。窓から見えるだけでも、10体ぐらいはいる。下手したら、数で圧倒されて、地下にあの数がなだれ込んでしまうかもしれない」
「それは困る! 地下にはエリザベート様がっ!」
「分かってますって。だから、大きな声は出さないでくださいよ」
「ウルサイよ、エルフさん」
「っ! 我はレンファールだ! そんな一括りにするような呼び方はやめてもらおう」
「それはごめんなさい」
素直に謝るメイは可愛いな。
いや、そうじゃなくて。
どうにかキメラにバレずに探索しないといけないワケだが。
朧が居れば、その辺を上手くカバーしてくれた気がする。
「仕方ない。ここからこっそり出て、窓の下の壁で身を隠しながら進むしかなさそうですね」
「だな」
「それじゃあ、ここからはアタシが前を歩くよ」
「あぁ、頼んだぞメイ」
「うん!」
そう言ったメイを先頭に、俺とレンファールは彼女の後について廊下に出た。
メイの耳と鼻があれば、キメラの接近を早めに察知できる。
理に適った選択だ。
そうなんだけど。
「メイ、ちょっと待った」
「ん? どうしたの? ハヤト」
「並びを変更しよう。メイは一番後ろから来てくれ」
「え? どうして?」
純粋な彼女の質問に、俺は一瞬言葉を濁らせる。
丈夫で、かつ、動きやすい。
という理由で、彼女は今ジーンズを履いている。
そんな彼女が、俺の前を低姿勢で歩いてるんだ。
ちょっと、その……。俺には少し、刺激が強すぎた。
心なしか、レンファールの野郎も赤面してる気がするのは俺だけか?
いや、間違いない。こいつもちょっと意識してるぞ。
これ以上、彼女のその姿をこの野郎に見せるワケにはいかん。
俺が許せない。
でも、そんな理由を直接言えるワケ無いよな?
「背後を取られたらマズいからな。メイが一番、周囲への察知能力が高いだろ?」
「そっか。うん、分かった」
快く最後尾に下がるメイが見てないところで、俺はレンファールを一瞬だけ睨み付け、先頭に行くよう促した。
結果、元々の配置のままで俺達は先に進む。
しばらく廊下を進んでも、物音一つしない。
このまま静かに、探索を続けることができればいい。
俺がそんなことを考えた時、バサバサッという翼の音が窓の外から聞こえてきた。
「羽の音? もしかして、またナレッジのキメラか?」
「だとしたらマズいな。ここで一旦止まるぞ。奴に見つかれば、周辺のキメラに襲撃を命令するはずだ」
レンファールの提案に賛同して、足を止めた俺。
何事も無く飛び去ってくれと祈るため、少しだけ視線を上げた俺は、窓の外にある木の上から、こちらを覗き込んできてる視線に気が付いた。
「? あれは……?」
「カァァァァァァァ!! カァァァァァァァ!!」
見た事のある黒い鳥。
そんな鳥と目が合ったことに、俺が違和感を覚えた途端、その鳥がけたたましく鳴き始める。
「何? 何の声!?」
突然泣き始めたカラスの声に動揺するメイとレンファール。
それ以上に俺は、赤い目を煌々と輝かせてるカラスの姿と、それに呼応するように動き始めたキメラたちの様子に慌ててしまった。
「まずい! 見つかった!! 2人とも走れ!!」
掛け声とともに、俺達は全力疾走する。
見付かってしまった以上、奴らの注意を俺達に惹き付けなくちゃいけない。
廊下の窓を突き破って侵入してくる鎌蛇や狼のキメラ。
それらに続くように、蜂のキメラも飛び込んできて、廊下の中は一気にキメラだらけになった。
「ハヤト! 援護お願い!!」
「分かった! レンファール! 後ろは任せました!!」
「了解だ!」
道を切り開くために突っ込んでいくメイを、俺は魔素弾で援護する。
狭い廊下の中だから、小柄ですばしっこいメイには有利な場所だ。
とはいえ、敵の中にも厄介な奴が混じってる。
「この蜂のキメラ、動きが速すぎるぞ!!」
「くっ! 我の魔術も避けられてしまう!」
魔術や射撃を使う俺達にとって、飛行するキメラは相性が悪いな。
せめて、広範囲に攻撃できる方法があれば……。
そこまで考えた俺の視界の端を、黒い巨影が横切った。
「っ!? メイ! 危ないぞ!!」
その影を見た瞬間、俺は先頭で奮闘してるメイに叫びかけた。
嫌な予感がしたんだ。
凶悪な形の腕と、俺よりもはるかに大きな巨体から繰り出される俊敏な動き。
そして、俺やレンファールを無視してメイの方へ突っ込んでいく姿。
間違いない。奴だ。
ウェアウルフのキメラだ。
咄嗟にそいつの気をこちらに向けるため、影に向かって魔素弾を放つけど、効果は無かった。
やっぱり、このキメラは分かってるんだ。
メイがいなくなれば、俺もレンファールもキメラたちの波に飲み込まれることを。
だから、まっすぐに彼女の元に向かってる。
この判断力は、侮れない。
「くそ! レンファールさん! メイを援護してください!!」
「援護!? そんな余裕、今の我らにあるとでもっ!?」
風と水の魔術を駆使しながら、キメラを押し返すことに精いっぱいなレンファール。
俺も迫り来るキメラの対処のせいで、メイの元に向かうことができない。
こうなると、メイの力を信じるしかないか?
俺の叫びで危険が迫ってることは伝わってるはず。
でも、状況は前よりも悪い……。
「くっ! どうすればっ!」
「大丈夫だよ!! ハヤトッ!!」
突然廊下に響いてきたのは、メイの声。
彼女の言葉の意味を俺が理解する前に、鎌蛇の攻撃をヒラリと躱したメイが、窓の外を指さした。
「来てくれたからっ!!」
咄嗟に窓の外を見上げた俺の視界に、無数の水弾と空を舞うガルーダのシルエットが映り込む。
「待たせてごめん!! 加勢するよ!!」
その言葉と共に、強烈な水流がウェアウルフのキメラに放たれる。
直後、廊下中に湧き出して来た無数の水球が、ウェアウルフのキメラに集まり始めた。
「この魔術は!? 群青の魔女!?」
「ちょっと! その呼び方やめてくれないかな!? って言うか、誰よあなた」
レンファールの言葉に文句を言いながら、廊下の中に飛び込んで来たマリッサ。
瞬く間に水球でキメラを一掃し始める彼女を、俺は思わず抱きしめる。
「わっ!? な、なによ、ハヤト!?」
「本当に助かった! ありがとな!」
「い、良いって、別に。お互いに助け合うって決めたんだから……」
「マリッサ!! ありがとう!!」
「わわっ!? メイまで。ちょっと、人前だからっ! 恥ずかしいからっ!」
俺とメイに抱き着かれたマリッサは、耳まで赤く染めてる。
そんな彼女を見て、俺とメイは笑い合うのだった。