第75話 根底が揺らぐ
「メイ! 俺が火球を消すから、隙を見て攻撃頼む」
「うん!!」
放たれた火球を魔素弾で消し飛ばした俺は、メイにそう伝えながらも次の火球に狙いを定めた。
それにしても、ナレッジと同じ火球を、宙を舞いながら使われると厄介だな。
翼が巻き起こす風が火球の速度を上げてるし、フラフラ動くから俺の狙いも定まりにくい。
「狙って組み合わせたとかか? それはそれで狂気を感じるけど」
「ハヤト、行くよ!」
「おう! 援護は任せろ」
勢いよく飛び出して行くメイの後姿を目で追いつつ、俺は彼女の周辺に迫る火球を撃ち抜いて行く。
だけど、俺が全ての火球を撃ち抜けるわけじゃない。
そうして撃ち漏らしてしまった火球の合間を潜り抜けるように、メイは一気にナレッジのキメラへ接近した。
そうして、鋭利に尖らせた手刀でもって、キメラを切り裂いてしまう。
「ふぅ……ハヤト、やったよ!」
「あぁ。さすがだな。凄く頼もしいよ」
「えへへぇ。もっと褒めてぇ」
「後でな。今は、それどころじゃないかも」
「そ、そうだった! ハヤト、マリッサと師匠は? ここはどこなの? それに、どうしてキメラがここに?」
「俺も良く分かってない。でも、さっきのナレッジの声、メイも聞いただろ?」
俺の問いかけに、メイは大きく頷く。
「うん。あれってやっぱり、アタシ達、罠に掛かっちゃったってことなのかな?」
「多分な。この廊下も部屋も、影が一切ないから、朧の力を把握されてたのは間違いないと思う」
「ホントだ!? そっか、それで師匠はアタシ達を放り出すしかなかったってことなのかな? みんな同じところに捕まっちゃったら、どうしようも無くなるもんね」
「え? メイ、それはどういう意味だ?」
メイの言葉に、俺は思わず問い返してしまう。
対するメイは、少し自信なさげに説明してくれた。
「え? ち、違うかな? この廊下とか部屋に影が無いから、師匠はアタシ達を放り出したんだよね? ってことは、どこかに師匠が隠れれる影があるのかなと思ったんだけど」
「……そうか。そういうコトか。影を全部消せるってことは、意図的に影を残す場所を作れるってことか。いや、マジで天才だよメイ!」
逆にどうして俺は気づけなかった。
嬉しそうに顔を綻ばせながら尻尾を振ってるメイの頭を、俺は撫でる。
「つまり朧は、ナレッジに捕まってる可能性が高いってことだな」
「うん。そうだね」
「となると、早めに見つけないとマズいかもしれないな。マリッサも探さないとだし。メイ、マリッサのニオイとか分からないのか?」
「ううん。今は感じないよ」
「分かった。とにかく今は上を目指そう。ここが地下だったとしても、地上の建物だったとしても、上に行けば何かしらの情報を得られそうだし」
「うん」
人気のない廊下と部屋を駆け抜けて、俺達は上を目指す。
道中、上の階に行くほどにキメラと遭遇することが増えたのは、目的地に近づいている証拠だろうか?
それにしても、邪魔をせずに去れば危害は加えないなんて言っておきながら、キメラを配置してるのはいやがらせなのかな?
まぁ、俺もメイも、そして間違いなくマリッサも、邪魔をする気満々なんだけどさ。
そうして幾つかの階段を登ったところで、俺達は知らない声を耳にする。
「助けてくれ!! 誰か、誰かいないのか!?」
「ハヤト! 誰かいるよ!」
「あの部屋からだな!」
いそいで声の聞こえてくる扉を開けようとするけど、ビクともしない。
どうやら鍵がかかってるみたいだ。
俺がドアノブを回したからか、ドアの向こうの何者かがすぐに反応を示してきた。
「そこに誰かいるのか!?」
「俺は茂木颯斗。人間です。あなたは、エルフですか?」
「なっ!? 人間だと!? どうしてこんなところに人間が」
そんなこと、今気にしてる場合じゃないだろ?
なんて言葉が口を突いて出てきそうになったけど、俺はギリギリ持ちこたえた。
「ここに閉じ込められてるんですか?」
「あ、あぁ。そうだ。あのメギツネめが、我らを騙してこのような場所に」
メギツネってのはナレッジのことだよな?
ってことは、少なくともエルフ達は俺達の明確な敵ってわけでも無いらしい。
「ちょっと待っててください、今この扉を開けますので!」
「ハヤト、大丈夫かな? エルフってハヤト達のことを……」
「まぁ、そうだけどさ。ここで放置してったら、それこそ蔑まれて当然な行為だろ?」
「そうだね。うん。分かった」
納得して一歩引いたメイが、扉に向けて身構える。
そんな彼女の様子を見た俺は、右手の籠手を扉に向けながら、部屋の中に呼びかけた。
「5秒後に扉を破壊します! 離れてください! 5、4、3、2、1!!」
宣告通り、5秒数えた俺は、容赦なく扉に向けて魔素弾を放った。
2発、3発と命中する度に、頑丈な扉にひびが入って行く。
そうして傷ついた扉を、最後に蹴破った俺は、部屋の中でこちらを見つめて来るエルフ達を見渡す。
10人、いや、20人くらいは居るのか?
思ったより多いな。
これだけの人数がいて、さっきの扉を魔術で破れなかったのか?
なにか理由がありそうだな。もしくは、企みか。
「皆さん、無事ですか?」
「あ、あぁ。我らは無事だ、だが……」
「どこのどなたかは存じませんが! 父を、父を助けてください!!」
さっきまで扉越しにやり取りしていたらしい青年のエルフ。
そんな青年の背後から人波をかき分けるようにして現れたのは、マリッサと同じような美しい金髪を持ったエルフの女性だった。
「エリザベート様! ここは我らにお任せを!」
「ですが、父が! 父が……」
あからさまに落ち込むエリザベート様。
様付けってことは、それなりに偉いエルフってことだよな?
そんな偉いエルフの父親の身に、何かがあったのか?
……状況から察するに、その父親って、国王だったり?
なんてな。そんなこと、無いよな?
「茂木颯斗。だったな。貴様、どうやってここに来た? 何が目的なのだ?」
「ここに来た方法は、まぁ、事故みたいなものですね。目的は、ナレッジに文句を言いに来たってところですかね」
「文句? 貴様はまさか、あのメギツネの仲間か!?」
「違いますよ。証拠は……そうですね。俺達の仲間には群青の魔女、マリッサがいます。彼女は以前、ナレッジに騙されて処刑されそうになってましたよね? だから今日は、その辺の仕返しと言うか、事情を問い詰めに来た感じです」
「そ、そうか」
「はい。だから、俺達は皆さんの敵じゃありません」
そう言って、俺は背後にいたメイを隣に呼んだ。
「彼女はメイ。俺達の仲間です。今は色々あってマリッサとはぐれてしまってるんです」
「ウェアウルフ……」
エルフの青年はメイを見て呟いた。
他のエルフ達にも緊張が走ったところを見るに、エルフ達は皆、自衛隊駐屯地で奮闘してたメイのことを思い出したのかもしれないな。
あれ?
これってもしかして、俺は今、エルフ達を脅迫してるんじゃないか?
いや、確実にしてるな。
メイはまだ、エルフ達を完全に信頼してるわけでも無いみたいだし。
とはいえ、ここでエルフと敵対するのは得策じゃないな。
そうとなれば、仲間に引き入れるに限るだろ。
そう判断した俺は、もう少しだけ判断材料を提供するために、口を開く。
「実は、メイとマリッサは俺の婚約者なんですよ」
「ふぇぇっ!? ハヤトっ!?」
「んなっ!? あの群青の魔女が、婚約者だと?」
驚きつつ赤面するメイと、騒めくエルフ達。
そんな彼らを一望した俺は、メイの肩を軽く抱き寄せながら、単刀直入に切り出した。
「それで皆さんに相談なんですが、この事態が収束するまで、共闘しませんか?」
「共闘……だと?」
まだ少しだけ躊躇いを見せるエルフ達。
まだもう一押し必要らしい。
仕方が無い。これは賭けになるけど、まぁ、多分間違っては無いだろうから、言ってみるか。
「皆さんも、もう既に知ってるんじゃないですか?」
「何の話だ?」
「ナレッジの事ですよ。彼女、もしかして外に居る白い魔物、キメラを作り出してたり、しませんか?」
「……」
あからさまに動揺するエルフ達。
それもそのはずだよな。
もし、ナレッジがキメラを作り出してたんだとするならば、彼らにとって、長らく続いていた戦いの根底が揺らぐはずだから。
「キメラを作ってたのは、魔王軍。俺はそう思ってましたけど、まさか、ナレッジが絡んでいたとは。それってつまり、こういうコトですよね?」
そこで一度言葉を切った俺は、エルフの皆さんを見渡した後、続ける。
「皆さんの国を襲ってた魔王軍は、全てナレッジの作り出したものだった。どうしてそんなことをしたのか、目的とかそこら辺を、問い詰めに行きたくはないですか?」
一瞬の静寂。
互いに視線を交わし合ったエルフ達の中で、青年エルフとエリザベート様は頷き合うと、青年が一歩前に踏み出してくる。
「その提案。受けてもいいだろう」
「それは良かった。それじゃあ改めて、よろしくお願いします」
そう言って突き出した俺の手を、青年が怪訝そうに掴んできて、俺達は握手を交わしたのだった。