第74話 先手を打つ
「お前ら、準備は良いか?」
「良いぞ」
「大丈夫だよ、師匠!」
「間違っても、変な場所に送り込まないでよ?」
「オイラのことを信用しろよな。それじゃ、始めるぜ」
そんな掛け声を上げた朧は、見る見るうちに本来の姿を取り戻して行く。
それと同時に発生する深い影が、俺達の身体を包み込んでいった。
俺達はこれから、仲之瀬さんを救出する為にエルフ達の野営地に侵入する。
侵入した後の動きは、あらかじめ作戦を立てておいた。
まずは朧が夜の闇に紛れて野営地の中を探り、仲之瀬さんとナレッジの居場所を探す。
2人を見つけた後、朧はナレッジの元に俺とマリッサとメイを送り込み、仲之瀬さんを連れて一時離脱する。という流れだ。
救出するだけなら朧だけでいいんだけどな。
俺達の目的には、ナレッジを問い詰めることも含まれるワケだけど。
エルフ達がこちらの事情を大人しく聞いてくれるとも限らない。
もし、俺達の居場所がバレて、エルフ達とひと悶着あってる間に逃げられたら。元も子もないだろ?
そんなことにならないようにするために、先手を打つ。
さすがのナレッジでも、不意打ちには対処できないはず。
まぁ、彼女が俺達を待ち伏せてる可能性は高いから、逃げられることは無いかもしれないけど。念には念をって奴だな。
さてと。そろそろ朧が2人を見つける頃かな?
何も見えなくて状況が分からないけど、すぐに動けるように気を引き締めておこう。
なんてことを考えていたその時、唐突に視界が明るくなった。
危うく前のめりに転げそうになった俺は、ギリギリのところで踏ん張る。
「あぶねぇ。朧、もうちょっと丁寧に……」
足元にある影に向かって文句を溢そうとした俺は、ふと気づく。
「あれ? 俺だけ……? マリッサ、メイ? どこに居る? 朧? これはどういうことだ?」
俺が今いるのは、小さな部屋の中。
俺以外には誰も居なくて、朧の気配もない。
おかしい。
何かがおかしい。
作戦が上手く進んでいれば、俺は今頃ナレッジと対面していたはずだ。
傍にはマリッサやメイも居て、奴の企みを聞き出していたはず。
でも、そうなっていない。
それに、この部屋は何か変な感じが……。
「やっと現れたみたいだね。茂木颯斗。それに、マリッサ」
「この声は!?」
どこからともなく聞こえて来たその声は、間違いない。ナレッジの声だ。
「先に言っておくけれど、私のこの声は一方通行だから、キミらの声はこちらには届いていないよ」
「くそっ! どうなってる? みんなは無事なのか?」
まるで、部屋の壁中から聞こえてくるようなナレッジの声に、俺は焦りを覚えた。
だってそうだろ?
ナレッジは以前、マリッサをダシにして俺とメイを脅迫してきたような奴だ。
もし、皆が奴の元に捕まってるなら、危険な目に合ってるかもしれない。
そんな俺の心配を知ってか知らずか、ナレッジの声は淡々と続ける。
「とりあえず、キミらには礼を言っておくとしよう。ここまで私が計画を進めることができているのは、紛れも無く、キミらの協力があったからだよ。ありがとう。だから、これは私からの温情だ。キミらはこのまま、ここから去りなさい。そうすれば、こちらから手出しをしないと約束してあげるよ」
「相変わらず、勝手なこと言ってるな」
とにかく今は、部屋を出よう。そして、皆と合流することを優先するんだ。
その後は、手当たり次第に仲之瀬さんを探す。
そう判断した俺は、すぐに扉の元に向かった。
てっきり、鍵でもかかってるのかと思ったけど、扉はすんなりと開く。
部屋から出ると、左右に伸びる長い廊下に繋がってた。
この部屋は集合住宅か何かの部屋なのか?
廊下には大量に扉があって、さっきまで俺が居たのと同じような殺風景な部屋がある。
「本当に、どうなってるんだよ? 皆はどこに居るんだ? 朧、お前、こっちの状況を……」
そう言いながら足元に影を探した俺は、そこでようやく気が付いた。
さっきから感じていた、違和感の正体。
「影が……無い……?」
部屋の中を見ても、廊下を見ても、俺の足元を見ても。
どこにも影が見当たらない。
どうしてそんなことになっているのか、理由はすぐに判明する。
壁や床や天井が、全て微妙に発光してるんだ。
それらの光とは別で、赤い光を放つランプが所々にあるから気づきにくかったけど、確かに全ての物が発光してる。
そのせいで、足の裏に影ができたとしても、非常に薄い影になってて、その影からは朧の気配がしない。
どうしてこんな造りになってるんだ?
湧いて出て来たその疑問の答えを、俺は一瞬で導き出すことができた。
「……対策してた? 朧の力を、知ってたのか?」
どうやって知ったんだ?
いや、今はそこを考えてる場合じゃないか。
朧はどうなった?
この対策はつまり、影の中に紛れてる朧をあぶりだす対策だろ?
だったらどうして、俺は影の外に放り出されたんだ?
「情報が無さすぎて、意味が分からん。今はこの廊下の先に向かって、マリッサとメイを探すか」
この廊下が、エルフ達の野営地のどこに当たるのか分からない。
だけど、明らかにおかしな点があった。
エルフが1人も見当たらない。
彼らはこの野営地に逃げ込んでるんじゃないのか?
「完全に先手を取られたな……これはマズいか?」
誰も居ない部屋と廊下をひたすらに走り、突き当りに到着する。
そこに上と下に行ける階段を見つけた俺は、迷わず上を目指した。
部屋にも廊下にも、どこにも窓がない。
それに、壁とか天井は石造りっぽく見える。
と言うことは、俺は今、地下に居る可能性がある。
そう考えた結果の判断だ。
そして、俺のその判断は、どうやら正解だったらしい。
階段を駆け上がり、さっきと同じような廊下に出たところで、俺は廊下の先に2人の人物を見つける。
1人は俺に背を向けた状態で威嚇をしているメイ。
そんなメイと対峙しているのは、火球を発動しているナレッジだ。
だけど、そのナレッジの姿を見た俺は、思わず息を呑んだ。
「嘘だろ……? メイ! 大丈夫か!」
「ハヤト! こいつ、ヤバいよ!!」
こちらを振り向くことなく返事をしてくるメイ。
それもそのはずだ。
だって彼女が今、対峙しているナレッジは、間違いなくキメラなのだから。
火の魔術を操っている彼女の姿は真っ白で、更に、背中に巨大なコウモリの羽を備えている。
「どういう状況だよ。どうしてナレッジがキメラに……」
そんな俺の疑問に、キメラのナレッジが応えるわけもない。
まるで、魔物のような奇声を発したナレッジのキメラは、俺とメイに向けて火球を放ったのだった。