第73話 新しい世界
アイオンからさらに東、奥深い山の山頂付近に、なにやら野営地が作られている。
野営地と言っても、小さな城のような感じらしい。
多分、魔術で作ったんだろうな。
更に言えば、その野営地の上空に魔術と思われる火の弾が浮かんでいることも、マリッサは報告してきた。
「まるで、アタシ達に見つけて欲しいって言ってるみたいだね」
「そうだな。罠かもしれないぜ? どうする、ハヤト」
「どうするも何も、放っておくわけにもいかないだろ? たとえ罠だったとしても、見に行くしかないだろうな」
「私もハヤトに賛成かな。あまり気乗りはしないけどね」
「そうと決まれば話は早い。すぐにでも出発するか? 我らも付き合うぞ」
「いや、ちゃんと準備を整えてから向かおう。俺達を誘い出そうって魂胆なら、多少遅れたとしても、待っててくれるだろ」
そんな話を経て、俺達は数日を出発するための準備に当てた。
案の定、こちらが準備をしている間も、エルフの野営地は移動しないし、上空の火の弾も浮かんだままだ。
いよいよもって、エルフ達も俺達に話があるらしいな。
こちらとしても、ナレッジを問いたださないといけないから、ありがたい話だけど。
エルフ達はナレッジの企みとかに少しは気づいてるのかな?
気にしても仕方ないか。
そんなこんなで、俺達は各々の準備を整えた。
装備を新調したり、新しい力を試したり、休息を取ったり。
本音を言えば、龍たちにも手伝ってもらいたいんだけどな。
地龍は眠いからって手伝うつもりは無いらしいし、水龍は引きこもって出てこない。
風龍に関しては、どこに居るのかも分かって無いありさまだ。
まぁ、彼女達らしいって言えばそうなんだけど。頼りがいが無いよな。
助けを得られなかったのは少し不安だけど、今の俺達に出来ることは全部やった。
あとは、出発するだけだ。
自衛隊の車を借りた俺達はバロン達に先駆けて出発する。
目指すは三郡山の山頂。
椿山さんの話では、三郡山の頂上には、結構重要な通信施設があるとのことだ。
可能なら、施設の様子も見ておきたいところだけど、まずはナレッジの方をどうにかしよう。
運転しながらそんなことを考えていると、助手席に座ってるメイが質問してくる。
「ねぇハヤト。どうしてアタシ達だけ先に出発したの?」
「車で向かった方が速いってのもあるけど、一番の理由は仲之瀬さんだよ」
「志保!? もしかして、どこにいるか分かったの?」
「いいや、その逆だよメイ。彼女がどこにいるか、まだ分かって無い。だから、先に出発した俺達が野営地に侵入して、彼女を救出するんだ。そうじゃないと、人質にされかねないからな」
「オイラ達がバロン達を引き連れて行けば、さすがのエルフ達もビビるだろうな」
「私達を待ち構えてるみたいだしね」
「そっか。師匠がいるから、侵入も簡単だしね」
「おうよ! オイラに任せとけ!」
「頼りにしてるよ、朧。でも、油断しないでね皆。相手は魔術を使うエルフ。特にナレッジは並大抵の相手じゃないから。魔術って意味でも、知略って意味でもね」
「そうだな。色々と企んでるみたいだし。この際、全部吐き出させてやろう」
「うん」
後部座席のマリッサが、バックミラー越しに強い視線を向けてくる。
まず間違いなく、今回の作戦に一番気合を入れてるのはマリッサだろうな。
彼女にとってナレッジは、因縁の相手とでも言うべきか。
そんな彼女の意気込みに背中を押されるように、俺はアクセルを踏み込んだ。
そして、そろそろ日が落ちようとする頃。
俺達は三郡山の麓に辿り着く。
予定では、夜になってルナの光が強まると同時に、朧の闇が深まってから、彼の力で山頂の野営地に忍び込むことになってる。
つまり、ここで一旦、待機することになった。
それにしても、朧の力はかなり便利だよな。
初めてその力を発現した時も、空高くの空港からガランディバルの街まで、吉田さん達を含む俺達を全員、一瞬で運んだし。
今回も、山の麓から山頂まで、ほぼ一瞬で移動できるって話だ。
朧曰く、ここまで強い力を使えたことは、今まで無かったらしい。
つまり、ルナの光が影響してるってワケだな。
とまぁ、俺がそんなことを考えていると、メイとマリッサが2人して車から降りて行った。
なにやら目配せをしてたように見えるけど、どうしたんだろう?
ガールズトークってヤツかな?
「なぁハヤト」
「ん? どうした? 朧」
「お前さん、将来を誓い合った伴侶とかいたのか?」
「はぁ? どうしたんだよ急に」
「深い意味は無い。で、どうなんだ?」
「深い意味はないって、まぁ、良いけど。いないよ、そんな相手。働き出してからは彼女もいなかったし」
「そうかそうか」
「なんだよ。もしかして、馬鹿にしてるのか?」
「ちげぇよ。でもまぁ、冷やかしてはいるのかもなぁ」
「は? それはどういう―――」
後部座席の朧を問い詰めようと、俺が後ろに身を乗り出そうとした時。
突然、運転席のドアが開いた。
何事かとそちらに目を向けると、神妙な面持ちのメイとマリッサが立ってる。
「? どうしたんだ? メイ、マリッサ」
「……ハヤト。ちょっとだけ、話がしたい、な」
やけに緊張してるメイが、言葉を濁らせる。
「話? うん、全然いいけど」
「あぁ。もうっ! 話があるから、車から降りてって言ってるの」
「あ、そういうコト?」
そういうコト? と言っておきながら、良く分かってない。
話なら別に、車の中で出来るだろ?
いや、違うか?
朧の居ないところでってコトなのか?
ん? ちょっと待て。
冷やかしてるって言ってたな、朧。
それってつまり。
考えすぎか? 俺、自意識過剰か!?
取り敢えず、落ち着こう。
マリッサとメイに促されるまま、俺は車から降りる。
ぎこちない雰囲気の中、少しだけ車から離れたところで、2人は俺の方を振り返った。
マリッサの綺麗な金髪と、メイのフワフワとした尻尾が、月明かりの下で揺れる。
そんな2人の表情は、見事に真っ赤に染まっていて、思わず俺も照れそうになった。
「ハヤト。アタシ達、ハヤトに伝えたいことがあるんだ」
「あ、あぁ。うん。分かった。続けてくれ」
「何それ。もしかして、もう理解してるつもりなの?」
「え? いや、理解っていうか、なんていうか。まぁ、俺の勘違いって可能性もあるけど」
「ふふふ。残念。勘違いじゃないよ」
照れ笑いをするメイと、悪戯っぽく笑うマリッサを前に、俺は息を呑んでしまう。
でも、逃げちゃいけない。
だって、俺よりも2人の方がずっと、勇気を示してくれてるんだから。
「それじゃあ、アタシから伝えるね」
そう切り出したメイは、勢いよく俺に抱き着いてきた。
「っ!? メイ!?」
「大好き!!」
「ふふふ。メイらしいなぁ」
ドストレートなメイの告白。
いや、ホントにストレートだな。
まぁ、マリッサの言う通り、メイらしいけどさ。
これが彼女の良さで、可愛いところでもある。
そんな彼女の気持ちを受け止めるため、俺はメイの身体を抱きしめ返した。
「えへへ。暖かいね」
「だな」
そんな感想を残して、メイは少しだけ名残惜しそうに俺から離れていく。
そして自然と、俺達の視線はマリッサに向けられた。
「次は、私の番だね……」
まるで、自分に言い聞かせるように呟いたマリッサは、俺の目をジーッと見つめながらツカツカと歩み寄ってくる。
そうして、俺の目の前で立ち止まった彼女は、こちらを見上げながら腕を首元に伸ばしてきた。
「少ししゃがんでよ」
「え? あぁ、悪い」
彼女の要望に応えようと、少し腰を落とそうとした拍子に、俺の視界が真っ暗になった。
代わりにというかなんというか、顔全体が彼女の柔らかな胸に包まれる。
「ちょ、マリッサ、何してっ」
「あっ!! マリッサ!! ズルいよ!!」
「別に禁止してたわけじゃないでしょ? 文句があるなら、後でハヤトにお願いすれば良いんじゃない?」
「むぅぅ」
俺を無視してそんなやり取りを繰り広げる2人。
直後、俺の耳元で深呼吸をしたマリッサが、小さな声で囁いてくる。
「私、ハヤトのこと好きになっちゃった」
背筋がゾワッとするような囁き。
その直後、マリッサは俺に応える暇を与えることなく、メイの隣に戻って行った。
そして、メイとマリッサは互いに頷き合う。
「アタシ達の気持ち。伝わったかな?」
「あ、あぁ。もちろん。でもどうして」
2人同時なんだ?
そう尋ねようとする俺の言葉を、マリッサが遮る。
「私ね、メイのことも大切なんだ。だから、これは私とメイの我儘だね」
「うん。アタシも、マリッサのことが大切だよ。だから、2人で話し合ったの」
「話し合った?」
「そう。2人で一緒に気持ちを伝えて、ハヤトに選んでもらおうって」
これはまた、難しい選択だ。
どちらも選ばないなんて選択肢はないな。
2人は自分が傷つく覚悟をして、気持ちを伝えてくれたんだから。
だったら、今の俺がするべきことは、きちんと選ぶことだけ。
なんて考えていると、メイが口を開いた。
「ハヤト。選んで。私達2人共か、どちらも選ばないか」
「どうしてそうなったっ!?」
「言ったでしょ? 私、メイのことも大切だから」
「うん。アタシもそうだよ。マリッサが辛い思いをするのは、嫌だもん」
「だからって、それで良いのか? 2人共」
「私は全然いいよ。むしろ、一番難しい選択を迫られてるのは、ハヤトでしょ?」
「うん。ごめんね、ハヤト。アタシ達の我儘につき合わせちゃって」
「……はぁ。ホントだよ」
「私達の我儘だから、ハヤトの選択に、私もメイも文句は言わない。そう決めてるから」
「うん」
2人がどんな話し合いをしたのか、滅茶苦茶気になるな。
でもまぁ、その選択肢なら、俺の中の答えは決まってる。
全てがどうでも良い。あとは野となれ山となれ。
なんて思いながら生きてた俺だけど、ここらで一つ、覚悟を決める時なのかもしれないな。
少なくとも、俺が生きていきたいと思う世界には、野も山も必要だ。
月明かりの下、緊張の面持ちでこちら見つめる彼女たちに、俺は短く返事をした。
全てが壊れた世界に広がる野山は、きっと今の彼女たちのように美しい。
大変かもしれないけど、そんな彼女達となら、精一杯に生きていける。
いいや、違うな。
俺はそんな新しい世界で、生きていきたい。