第72話 短い報告
地球に月が落ちてくることで、世界が終末を迎える。
そんなシナリオのSF小説を探したら、どれくらいの数見つけることができるんだろうな?
ある意味、古典的な題材かもしれない。
でも、それが現実として目の前に突き付けられると考えてた現代人は、どれくらいいるんだろう。
少なくとも俺は、全く想像してなかった。
むしろ、月は少しずつ地球から遠ざかって行ってると聞いてたしな。
まぁ、今こうして空の大半を埋め尽くしてる月は、俺達が知ってる月とは別物なんだけどさ。
光龍の巣。って呼ぶのは長いから、俺達はそれをルナと呼ぶことにした。
意味は丸被りだけど、ぶっちゃけ、呼び分けられればそれでいい。
「それで、ルナを元通りにするためには、どうしたらいいのかな?」
ガランディバルの片隅にある小さな部屋の入り口で、メイが俺に問いかけてくる。
俺は部屋のなかに居る大勢の自衛隊員たちからメイに視線を向けると、彼女の質問に答えることにした。
「今分かってることから推測するなら、世界の魔素のバランスを、元々の状態に戻せればいいんだろうけど……簡単に出来る事じゃないだろうなぁ」
そんな俺の答えを聞いて、背後で毛づくろいをしてた朧が口を開く。
ちなみに彼は今、元々の黒猫の姿に戻ってる。
今までずっとその姿で過ごして来たから、その方が居心地がいいんだろう。
「そうだな。バランスが崩れた原因は、あの白いドラゴンのせいだろうし。かといって、今のオイラ達はそれ以上のことを詳しく知らないワケだし」
「原因があの白いドラゴンなら、倒しちゃったらダメなの?」
「それで本当に全部解決すればいいけど。それも分からないだろ?」
「そっか……」
「そう。だからこそ、俺達は今こうして、手がかりを探すためにエルフ達の居場所を探ってるわけだ」
納得したように頷きながら部屋の中に目を向けるメイ。
彼女の視線は、部屋のなかに居る大勢の自衛隊員たちと、彼らが扱ってる機械に注がれてる。
俺も詳しいことは分からないけど、彼らは今、無線機の調整をしてるらしい。
かねてから空港のアンテナとかを活用しようとしてたんだとさ。
ところが、空港自体が空高くに持ち上げられてしまったせいで、計画は一度白紙に戻された。
そんな話を聞いたマリッサがガルーダの力を借りて大地の花束の幹にアンテナを据え付け直し、無線通信の実現にこぎつけた。
今日はその無線通信の初回テストを実施するとのことで、俺達はここに集められてる。
「それでは、今からテストを行います」
ようやく調整が終わったのか、マイクを手にした椿山さんが、部屋に居る全員の顔を見渡した。
必然的に、俺達の間に緊張が走る。
「こちら椿山。こちら椿山。マリッサ、聞こえるか? どうぞ」
『……こ。……こちら、マリッサ。聞こえるよ。どうぞ?』
「よし、ちゃんと通じてるな」
マリッサの声が返ってきたことで、部屋の中では安堵のため息と小さな拍手が散らばる。
「ねぇハヤト。マリッサ、さっきどこかに飛んでかなかった?」
裾を引っ張りながら問いかけて来るメイ。
声が聞こえたのに姿が無いことが不思議なんだな。
「マリッサは今、ここから遠い空をガルーダと一緒に飛んでるはずだよ」
「え? でも今、声が」
「メイ、マリッサの声が聞こえたのか? 俺には聞こえなかったけど。聞き間違えじゃないのか?」
「聞き間違え!? アタシが? 確かにマリッサの声だったけど……」
驚きと焦りを滲ませるメイは、困惑したような表情で深く考え込み始める。
そんな彼女を微笑ましく見ていると、俺の視線に気が付いたメイは何かを悟ったらしい。
一気に頬を膨らませて不満を顕わにしてくる。
「むぅ……ハヤト、アタシをからかってるでしょ」
「ははは。いやいや、そんなことないって」
「うそだぁ! 心臓がいつもより早く鳴ってるもん!」
「そんなのも聞こえるのかよ!? まぁ、冗談はさておき、俺にもマリッサの声は聞こえたぞ。椿山さん達が使ってる機械は無線機って言って、遠くに居る人と話をするための機械なんだよ。だから、声が聞こえたんだ」
「むせんき。それを使ったら、エルフ達を見つけられるの?」
「見つけられるというか、報告をしながら探せるって感じだ。これで、何か危ないことが起きても、すぐに助けに向かえるだろ?」
「そっか。それは大事だね」
俺がメイに無線機について教えている間にも、マリッサが着々と報告を入れてくる。
『これが無線機ねぇ。ハヤト達の世界には、こんな便利なものまであったんだ。こっちにも念話魔術とかあったけど、あれってかなり広い場所を使って術式を展開しなくちゃだから、面倒だったし、移動しながら使えなかったもんなぁ』
「マリッサさん……ずっと通話ボタンを押しっぱなしです」
ポツリと呟く椿山さん。
どおりで、報告というより独り言って感じの内容なワケだ。
『この小さい通信機? があれば、いつでも話せるってことなんだよね? ってことは、夜とかも部屋でこっそり話したりできるのかな? あ、でも、どっちかはあのでかい機械を部屋に置いとかなくちゃダメなんだっけ? それはちょっと嫌かも。まぁ、ハヤトに押し付けちゃえば良いかな。そうしたら……って、いつまで待ってればいいのかな? もしかして、向こうで何かあった? ……ぁ』
マリッサの小さな呟きを最後に、一旦通信が途切れる。
ようやくマリッサからの通信が終わったことで、少し気まずそうな椿山さんが通話ボタンを押した。
「……相手に押し付けちゃうのは、あまり良くないと思いますよ。どうぞ」
しばらくの間、マリッサからの返事は無かった。
まぁ、気持ちはわかる。恥ずかしいよな。
俺はやったことないけど、自分が同じことをやったら恥ずかしいだろうなぁってことくらいは、想像できるし。
「マリッサっぽいね」
小さく笑ってるメイがそう囁いてきた直後、ようやくマリッサが返事を送信してきた。
『椿山さん。あの、さっきのは、他に誰も聞いてないですよね?』
即座に俺の方を振り向く椿山さん。
そんな彼に、俺は満面の笑みを浮かべながら応えた。
「そんなに寂しいんなら、皆で話を聞いてやるぞ。って伝えてください」
「そんなに寂しいんなら、俺が話を聞いてやるぞ。とのことです」
「ちょっと!? 椿山さん!?」
「まぁまぁ、落ち着いてください」
微妙に内容変えられてたよな!?
おのれ椿山さんめ。あとでマリッサに事情を説明しなくちゃいけない。
しばらく後、何事も無かったかのように周辺地域の報告をし始めたマリッサ。
そんな彼女を、これ以上からかう人は誰も居ない。
あまりしつこくしすぎても怖いからな。
まぁそれ以上に、遊びのために無線機を使い始めたわけじゃないんだ。
さっきまでの和んだ空気が嘘のように、事務的な報告が飛び交う。
それからどれくらいの時間が経ったか。
慣れた様子で通信を掛けて来たマリッサが、短く報告する。
「みつけた」
一言だけ。
それだけで、部屋に居る全員が意味を理解した。