第71話 魔王軍の目的
闇の魔術を使う朧を前にしたら、キメラたちの巨大な鎌も、俊敏な足も、何もかも意味を失うらしい。
足元をはい回ってる無数の触手みたいな影に纏わりつかれたら最後、そのまま闇の中に引きずり込まれていくんだからな。
引きずり込まれたキメラたちは、どうなってるんだろう?
味方に付ければ頼もしいけど、敵になったらと考えると、かなり怖い。
「朧、残りのキメラは任せてもいいか? 俺はマリッサとメイの様子を見に行ってくる」
「おう、任せとけ! オイラに掛かれば、これくらい朝飯前だぜ」
尻尾の先からさらに大量の影を伸ばした朧を見送りながら、俺はメイ達の居る場所に向かって戻ることにした。
今の朧なら、大量のキメラ相手でも大丈夫みたいだしな。
2人の元に辿り着いた俺は、地面に座り込んでるメイと、その傍にしゃがんで薬を調合してるマリッサに声を掛けた。
「メイ、マリッサ、大丈夫か?」
「ハヤト! アタシはもう大丈夫だよ」
「硬化能力のおかげだね。切り傷はあったけど、軽いものだったよ。ところでハヤト、キメラの方は大丈夫なの?」
「あぁ。朧だけで大丈夫そうだ。俺の出番は全然なかったし」
「師匠……強くなってるね」
「ホントに。あれだけ戦えるんなら、もっと早く使ってほしかったけど」
メイとしては、朧に何があったのか聞きたいんだろうけど、それは後でゆっくりと話すことにしよう。
一応、本人の口から伝えるべき内容でもあるしな。
「詳しくは朧から直接聞いてくれ。それと、今まで戦えなかったって点については、光龍の巣が影響してる可能性があるしな」
「うん。分かった」
小さく何度も頷いて見せたメイ。
そんな彼女は、少し俯いた後、俺とマリッサを見上げるようにして口を開く。
「ハヤト。マリッサ。師匠を助けて来てくれて、ありがとね」
「何言ってるの? メイだって、命がけで戦ってくれてたでしょ? 私達だけの手柄じゃないんだから、ね」
「マリッサの言う通りだ」
「うん。でも、ほんとにありがと」
えへへ、と小さく笑うメイは、どこか嬉しそうだ。
そんな彼女を俺が微笑ましく見ていると、戦斧を手にしたバロンがこちらに向かって歩いてくる。
キメラの対処はほとんど終わったってコトかな?
「取り込み中に済まぬ。お前さんらに話したい事があるんだが」
「バロンさん。どうかしたんですか?」
「今回の襲撃の件についてだ。メイは知っていると思うが、あ奴らは今回、明らかに今までとは違う動きを見せて来た」
「今までと違う? それはどういう意味?」
「司令塔がいたんだよ。アタシを捕まえてたウェアウルフが、他のキメラたちに指示を出してたの」
「キメラがキメラに指示を出してたのか? それはかなり厄介な話だな」
つまり、魔王軍は本格的に軍隊を組織し始めてるってワケだ。
もし仮に、統率の取れた軍隊を相手にしなくちゃいけなくなった時、俺達は奴らを迎撃することができるかな?
俺の不安を余所に、バロンは話を続ける。
「いかにも。今回奴らは、我らの消耗を狙うかのように、部隊を組んで波状攻撃を仕掛けてきおった。そのせいで、我らは休む間もなく戦い続ける必要があったのだ」
「つまり、作戦を立案して指示するだけの知能を、あのウェアウルフが持ってたってこと?」
マリッサの言葉に、俺達は皆黙り込む。
今迄みたいに、ただの魔物の群れとして相手をするのは危険かもしれない。
多分、みんなそう思ったんだろう。
と、沈黙する俺達の元に、朧が近づいて来る。
「みんなして、なにを辛気臭い顔してるんだ?」
「キメラの話だよ。さっきメイを襲ってたウェアウルフが、他のキメラに指示を出してたらしい」
「そういうコトか。それにしてもあいつら、出てくる度に強くなってるよな。面倒な話だぜ」
「たしかに、朧の言う通りだね……」
何か思い当たるところでもあるのか、マリッサが深く考え込み始める。
と、そんな彼女から俺に視線を移したメイが、首を傾げながら告げた。
「結局、魔王軍の目的って何だったのかな?」
「具体的には分からないけど、やっぱり、地龍の巣にある魔術結晶とかじゃないのか? もしくは、ガランディバルの街?」
「だったらどうして、あの白いドラゴンは出てこなかったのかな?」
「そう言えば、居なかったな」
「いいや待てよハヤト。よく考えたら、今までの襲撃で白いドラゴンと他のキメラが同時に襲ってきたことってないんじゃないか?」
「確かに」
「どういうことだ? あ奴らと白いドラゴンは同じキメラで、魔王軍の手先ではないのか?」
「どっちもキメラだと思うけど……ハヤトはどう思う?」
俺の意見を求めて来るメイ。
だけど俺は、その問いかけに対する明確な答えを持ってなかった。
俺もみんなと同じくらいの知識しかないからな。
「俺も正直分からない。だけど、今回の襲撃にドラゴンがいなかったのは、確かに疑問だな。本気で地龍と事を構えようとするなら、ドラゴンの力は必須だろうし」
「じゃあハヤトは、魔王軍の目的が別にあるって考えてるの?」
「断言はできないけど、もし他の目的があるなら、それを突き止めるべきだよな」
「そうだね」
そこまで話した俺達は、一旦会議を中断した。
理由は簡単、他にたくさんやるべきことが積もってたからな。
特に、吉田さん達の件はかなり大変だった。
朧が生み出した闇を経由して、空港からガランディバルまで降ろされた吉田さん達は、光龍の巣から遠ざかったおかげか、意識は取り戻しつつある。
だけど、光の強い地表に出ることは出来なくなったんだ。
なんとしてでも、あの光を何とかする必要がある。
そんな危機感も相まって、俺達はナレッジたちエルフが隠れている場所の捜索を再開したのだった。