第70話 渇望してた声
空港で朧が覚醒したちょうどその頃。
ガランディバルでキメラの襲撃を迎え撃っていたメイとバロンは、苦戦を強いられていた。
「こ奴ら、どれだけの数を揃えて来たんだ!?」
「倒しても倒しても、キリが無いよ。それに、適当に襲い掛かって来てる感じじゃないし」
目の前の敵を倒しても、その後ろで待機していた次の群れが、休む間もなく攻撃を仕掛けてくる。
アタシ達がその群れの対処をしている間に、次の群れが現れて、襲撃の機会を待つように待機を始めるんだ。
まるで、誰かの指示を受けて動いてるみたい。
「バロンさん! もしかしたら、魔王軍の幹部みたいな奴が来てるのかも!」
「かもしれぬな。大方、我らの強さを知って、本格的に潰しにかかって来たということであろう」
そうなのかな?
良く分からないけど、そんなことを考えてる場合じゃないよね。
「もし幹部が来てたら、そいつを倒さないとダメなのかな?」
「そ奴を倒したとして、このキメラ共が退くとは思えんが、今より戦いやすくなるのは間違いなかろうなっ!」
巨大な鎌を持ったキメラを、手にした戦斧で叩き潰したバロンは、周囲をぐるっと見渡し始める。
そんなことをしてたら当然、キメラが寄って来るよね。
「近寄らせないよ!!」
バロンは多分、何か打開策を考えてるっぽい。
それはアタシにはできないことだから、今は彼の護衛に徹しよう。
大鎌持ちのキメラの攻撃は、ドワーフ達の鎧を簡単に切り裂いてしまう。
だから、アタシ達は今、こうして苦戦してるわけだ。
それでも、一方的に負けてるワケじゃないのが、ドワーフ達のすごい所だよね。
彼らは多分、戦い方を知ってるんだ。
攻撃に徹する時と、一旦退く時を心得てる。
そのおかげで、けが人は出てるけど、致命的な負傷者は今のところ出てないはず。
それでも、このままじゃじり貧なんだけどね。
アタシに出来ることは、そんなドワーフ達の盾になることだ。
「効かないよ!!」
ついさっき手に入れた力。
身体を硬化させることができるこの力は、キメラの鎌からアタシの身を守ってくれる。
それは同時に、アタシの後ろに居る皆を守れるってことだよね。
この力で、少しでも皆を守っていれば、時間を稼いでいれば。
きっと、ハヤト達が助けに来てくれるはずだから。
それが今、アタシに出来る唯一のこと。
「バロンさん! 次が来ます! 何かするつもりなら、早くしてください!」
「分かっておる! すまぬが、もう少し時間を稼いでくれ!」
叫びつつ、自らの腰に取り付けていたポーチを探るバロン。
何か考えでもあるのかな。
そんなことを考えていると、地面が激しく揺れた。
「おわっ! また地震!?」
両手両足で踏ん張ってなんとか耐えてる間に、キメラたちが突撃を仕掛けて来る。
ヘビみたいな身体だから、地震の影響をあんまり受けないみたい。ズルいよね。
でも、アタシだって、全然動けないわけじゃないんだからっ!
迫り来る鎌のキメラたち。
そいつらに向かって突撃しようとしたアタシは、一瞬だけ耳に届いた音を聞いて、咄嗟に後ろに飛び退いた。
聞こえたのは足音。
ヘビの身体を持ったキメラからは発されない、その音が、前方の方から聞こえてくる。
「バロンさん、なにかがこっちに来てる!」
「なにかってなんだ!?」
「分からない! でも、足音が聞こえるから、鎌蛇のキメラじゃないよ!」
「くそっ! 我らより先に動くつもりか!! メイ、もう少し待っててくれ、今、お主用の武器を―――」
「アオォォォーーーン」
バロンが最後まで言い切る直前。
唐突に響いてきた遠吠えに、アタシは思わず振り返った。
鎌蛇のキメラの後方に、アタシよりも背の高いウェアウルフ型のキメラがいる。
周囲に狼型のキメラを引きつれたそのキメラは、鎌蛇をかき分けて一直線にこっちに走って来てる。
そんなウェアウルフ型のキメラの右腕を見て、アタシは思わず息を呑んでしまった。
「なにあれ……鎌?」
巨大な鎌状の右腕を持ったウェアウルフ。
そんなの、絶対に普通じゃない。
魔王軍は、どうやってこんなキメラを生み出してるの?
唸り声で周囲のキメラたちに指示を出してるらしいそのウェアウルフは、走りながらアタシを睨み付けて来た。
もしかして、狙いはアタシ?
「バロンさん! あいつはアタシが食い止めるね!」
「すまない! すぐに加勢に向かうぞ!」
バロンさんの近くで鎌持ちのウェアウルフと戦ったら、さすがに守り切れないかもしれない。
だってあいつ、かなり動きが速いし。
そう思って、アタシは鎌蛇の群れを蹴散らしながら、ウェアウルフの元に駆けだした。
多分、こいつが司令塔だよね。
ということは、こいつさえ倒せば皆を助けれるかもしれない。
「アタシ! 負けないから! もう、奪わせないから!!」
叫ぶアタシに唸り返して来るウェアウルフ。
直後、右腕の鎌を大きく振りかぶったそいつは、躊躇なくアタシに切りかかってきた。
咄嗟に身体を硬化させて、鎌の攻撃を受ける。
「ぐっ!」
受けたと同時に、アタシは左腕に鋭い痛みを覚えた。
痛みのせいで足の踏ん張りが弱まって、そのまま右の方に吹っ飛ばされる。
2回3回と地面を転がったアタシは、回転の勢いを利用して体勢を整え直したけど、やっぱりまだ左腕が痛い。
「痛たた……打っちゃったかな」
ウェアウルフのキメラに警戒しつつも、左腕に目を落としたアタシは、硬化した表面に小さなひびが入ってるのを目にする。
「うぅ……もしかして、アタシじゃ勝てないかも?」
今回は吹っ飛ばされたことで軽い怪我だけだったけど、最悪の場合、腕を切り落とされちゃうかもだね。
マズいなぁ。
そんなことになったら、盾としても戦えなくなっちゃう。
「あの鎌の攻撃は避けなくちゃだね。それで、懐に入り込もう。そうすれば、アタシの攻撃が届くはず」
こんどこそ。
そう思って身がまえたアタシは、もう一度、鎌持ちのウェアウルフに突撃する。
奴の持ってる鎌は大きいから、攻撃も自然と大振りになるよね。
その隙を狙って潜り込めばっ!
振り上げられた鎌の動きに注意しながら低い体勢で走ったアタシは、振り下ろされた鎌を右に避けた直後、ウェアウルフの眼前に飛び上がった。
そのまま、奴の首元を切り裂く!
鋭く尖らせた両手の爪で狙いを定め、勢いよく切りつけようとしたその瞬間。
アタシは腹部に強烈な痛みと衝撃を感じる。
空気と一緒に込み上げてきた何かを吐き出したアタシは、苦みを感じて初めて、それが血なんだと理解する。
「なっ……にが」
痛むお腹を押さえてみるけど、痛みは和らがない。
そうこうしているうちに、四つん這いになってるアタシの目の前に左の拳を握りしめたウェアウルフが立ちふさがった。
咄嗟に立ち上がって距離を取ろうとするけど、身体が動かない。
そんなアタシの首根っこを掴んだウェアウルフ。
もう一度振り上げられた鎌を前に、ジタバタと暴れてみるけど、逃げ出せない。
力強く首を握られてるせいで、呼吸もできない。
苦しい。痛い。嫌だ。死にたくないよぉ。
ハヤト、マリッサ、師匠。
助けて。
声も出せないから、助けも呼べない。
そんな状態で、今まさに鎌の切っ先をアタシに向けて振り抜こうとするウェアウルフ。
アタシに出来るのは、身体を硬直させて足掻くことくらい。
でも、多分ダメだ。
こいつの攻撃を、アタシは受けきることができない。
ごめん、皆。
アタシ、ここまでかも。
そう思った直後、ブンッという鈍い音が聞こえる。
同時に、甲高い音が響いたかと思うと、飛んで来た黒い物体がウェアウルフの鎌を、勢いよく上に弾いた。
「メイ!! 大丈夫か!!」
背後から聞こえて来るバロンの声。
どうやら、彼が投げた武骨なハンマーが、ウェアウルフの鎌を弾いてくれたみたい。
それでも、アタシはまだこいつに捕まったまま返事もできない。
多分、バロンだけじゃ鎌蛇の群れを突破することもできないよね。
弾かれた鎌を改めて構え直すウェアウルフを眺めながら、アタシがそんなことを考えていると、唐突に、アタシ達の頭上に水流が現れた。
腹に響くようなその轟音に気を取られてると、目の前のウェアウルフの身体を、無数の蔦と黒い影がはい回り始める。
蔦と影はウェアウルフの身体に絡みついて、身動きを取れなくしてるらしい。
まるで、うっとおしいとでも叫んでいるように唸り声をあげるウェアウルフが、その怒りをアタシに向けようとした直後。
頭上の水流から何かが飛び出して来た。
「その手を離せよ!! この野郎!!」
怒気を孕んだその声は、アタシが今、心の底から渇望してた声。
アタシの前に飛び込んで来た声の主、ハヤトは、飛び降りて来た勢いのままウェアウルフの顔面に右の拳を打ち付けた。
その瞬間、彼の拳から衝撃波が放たれる。
「メイ! 大丈夫!?」
ハヤトのおかげで解放されたアタシが、その場にうずくまると、背後からマリッサが駆け寄ってきた。
ドライアドと一緒に鎌蛇の群れを突破してきたみたい。
前に立ってたハヤトも、すぐにアタシの傍にしゃがみ込んで心配そうな目を向けて来る。
「大丈夫か? メイ、一旦下がって怪我の手当てをして来いよ。マリッサ。メイのこと頼めるか?」
「うん。2人も気を付けてね」
「分かってるって」
「ハヤト……マリッサ。ありがとう。でも、師匠は? 大丈夫だったの?」
まだ喉は痛むけど、アタシは2人にそう尋ねた。
すると、ハヤト達は顔を見合わせて笑みを浮かべる。
「大丈夫だぞ。朧はぴんぴんしてる」
「そうだね。おまけにかなり怒ってるから、今はあんまり話しかけない方が良いかも?」
「師匠、怒ってるの?」
「そりゃそうだろ? だって、可愛い弟子が、イジメられてたんだからな」
そう言ったハヤトは、頭を摩りながら立ち上がろうとしてるウェアウルフに向けられた。
そしてアタシは、そのウェアウルフの背後に見た事のない姿を目にする。
「さすがのオイラも、我慢できないことがあるんだぜ? なぁ、お前さん、それが何か分かるか?」
ウェアウルフの背後の地面から突然姿を現したのは、ウェアウルフよりも巨大な黒猫。
2本の尻尾を持ったその猫は、良く聞いたことのある声を発してる。
「……師匠?」
「メイ。大丈夫だったか? こいつにはオイラがお仕置きをしてやるからな。ちょっと待っててくれ」
朧がそう言ったと同時に、ウェアウルフは闇の靄に覆われて行ったのだった。