第7話 世界が混ざってしまった
「ちょっと、それ、ホントに食べれるの? 美味しそうには見えないけど」
「チョコレートっていう菓子だよ。美味いしエネルギー補給になるから、ちゃんと食べといてくれ」
「ちょこれーと?」
「それじゃオイラも……」
「朧、お前はチョコ食べちゃダメだからな。さっき、キャットフードあげただろ」
「チッ」
あの後、マリッサの登場に形勢不利と見たらしいゴブリン達は、大人しく引いて行った。
おかげで今、俺達はこうしてスーパーの中に戻って食事を摂ってるわけだが……。
製品棚を倒して作った即席のテーブルに広げられた菓子を見て、マリッサとメイは黙り込んでる。
まぁ、ほぼ初対面の男に振舞われる食事を、警戒せずに食べるなんて出来っこないよな。
それに、咄嗟だったから何も考えてなかったけど、朧がチョコを食べちゃいけないっていうのを見せられれば、警戒するのも当たり前か。
となれば、俺がまずは先陣を切るべきだな。
「警戒するのは分かるけど、俺は先に喰うぞ。腹減ったし」
そう宣言して、適当に菓子を口に放り込む。
様子を伺ってた2人は、互いに顔を見合わせた後、おずおずと菓子を手に取り始めた。
「それじゃあ、改めて自己紹介からしておこう。俺は茂木颯斗。見ての通り人間だ。ハヤトとでも呼んでくれ」
「オイラの名は朧だ。いやはや、こうして見目麗しいレディ方に出会えたこと、本当に嬉しく―――」
「お前、いつもそんなキャラじゃないだろ」
「失敬な!」
俺の言葉に怒りを顕わにする朧。
そんな朧を、マリッサがジーッと見つめているのは気のせいか?
「どうした? マリッサ」
「え? あ、いや、何でもないよ。私はマリッサ。種族はエルフでレルム王国の魔術院に所属してる」
レルム王国? 魔術院?
聞いたことない単語が出て来たな。これはいよいよ、新しい情報にありつけそうだ。
「あ、アタシはメイ。その、お2人とも、さっきはありがとうございました。……種族はウェアウルフで、えっとよろしくです」
「あぁ、よろしくな、メイ」
「は、はい!」
「というワケで、自己紹介も終わったことだし、まずは一番大きな問題について、皆の認識を確認しておきたいんだけど、良いか?」
「一番大きな問題?」
「あぁ。率直に言う。この世界は、どうなってるんだ? この1週間と少しの間で、何が起きた?」
「そうだな。直近で一番大きな問題と言えば、それだよなぁ。正直、オイラは詳しいことを何一つ知らないぜ。気が付いた時には地震が起きて、魔物に街が占領されてたんだ」
「俺も朧とほとんど同じ感じだな。ビルとか道路とか、その辺の街並みは見覚えがあるけど、魔物とか魔術とか、エルフにウェアウルフも。そんなものは俺の知ってた世界には存在しなかったはず。それが俺の認識だ」
「アタシは……家で弟と遊んでたら、地面が揺れて、そうしたら、近くにドラゴンが落ちて来たって。火を吐くドラゴンが。そのドラゴンに……皆が……」
ドラゴン!? マジかよ。そんな奴までいるのか!?
正直、もっと詳しく話を聞きたいところだけど……。
メイのメンタルを考えたら、今この場で深掘りするのは避けた方が良さそうだな。
「メイ、無理に話す必要はないからな」
「う、うん。分かった」
「で、マリッサの認識は―――」
「恐らくだけど、私たちの住んでた世界と貴方の……ハヤトと朧が住んでた世界が、混ざってしまった。それが今の状況だと思う」
「世界が混ざった!? それは一体」
「詳しくは私も知らない。だから、カラミティが発生してから、ずっと調査を続けてるけど」
「ちょっと待ってくれ。カラミティ? ってなんだ?」
「あぁ、ごめん。この世界の異変を私が勝手にそう呼んでるだけ。恐らくこれは、魔術災害だから。カラミティ」
魔術災害、カラミティ?
ってことは、この異変の原因は俺達の世界側じゃなくて、マリッサとメイが住んでた世界が発端で発生したってことか?
思ってた以上に話が壮大で、頭がついて行けないな。
取り敢えずは、世界が混ざってしまったってことを考えるか。
「で、そのカラミティって言うのは、元に戻せるのか?」
「分からない。だけど、修復する魔術を構築さえできれば、元に戻すのは不可能じゃないと思う」
「とんでもないファンタジー世界じゃねぇか。オイラ的には、こうして話せるのも意外と悪くねぇから、どっちでも良いけどな」
「それは楽観的過ぎるだろ……世界が混ざったことで、これから先どんな弊害が発生するのか分からないんだぞ?」
「そうだね。ここまで大きな魔術災害は、私の知る限り初めてのはず」
「マジか……」
「今分かってることと言えば、この世界の基礎になってるのは、貴方達の世界かな」
「それはどういう意味だ?」
「見ての通りだよ。土地も建物も空気も、あなた達が住んでたものがベースになってる。そこに、私達の世界の要素が追加されてるワケ」
「なるほど、ちなみに、マリッサが把握できてる範囲で、そっちの世界の要素って何があるんだ?」
「要素……例えば、魔物と月が一番分かりやすいかな。それに、私達の存在もそうだよね。他に言えば、魔素の霧とか……そう言えば、貴方に聞きたいことがあったんだった」
「聞きたいこと?」
「うん。カラミティ発生直後、このあたりは濃い魔素に包まれてたはず。だから、人間はすぐに逃げ出して行ったと思ってたんだけど。どうしてここにいるの? 逃げ遅れたってこと?」
「……それはマジか?」
そんな話、初耳だぞ?
「あぁ、言われてみればメチャクチャ濃い霧が充満してたな。オイラは眠かったから、逃げなかったんだけど」
「呑気かよ……って、ツッコんでる場合じゃないな。俺はさ、そのカラミティが発生してから1週間くらい、意識を失ってたんだ。だから、その魔素の霧? ってのは見てない」
「なるほど……それで」
「なんだ? マリッサは何か思い当たる節でもあったのか?」
「前にサイクロプスと戦った時、ハヤトに支援魔術を掛けたのを覚えてる?」
「あぁ、あの超人的なパワーを手に入れた感覚は、一生忘れられないと思うぞ」
「そう。それなんだけど。正直、あそこまで効果が出ると思ってなかったんだよね。それに、ハヤトは気づいてないみたいだけど、貴方、前よりも身体が丈夫になったと感じない?」
「ちょっとまて! ってことは、あの時俺がサイクロプスの注意を引けたのは、あくまでも偶然なのか!?」
「まぁ、そうなるかな。囮にでもなってくれたらいいなって思っただけだったし」
こいつ……。
綺麗な顔して、結構えげつないことやるよな。
結果的に助かったから良かったけど。
非難の意を込めて睨み付ける俺を、マリッサは意に介さなかった。
手にしてたチョコを口に放り込んで、小さく「おいしい」と呟くほどに、余裕を見せつけて来る。
と、そんな彼女に文句の一つでも言おうかとした瞬間、俺の視界の端でメイが前のめりに倒れこむ。
「メ、メイ!?」
「ん……まぁ」
テーブルに突っ伏してしまった彼女は、小さな声を漏らしながら寝息を立てる。
「よっぽど疲れてるみたいだね」
「そうだな。っていうか、当たり前か。仕方ない。今日はこの辺にして、明日続きを話そう」
そうして、一旦会議を解散した俺達は、疲れをとるために休息することにした。