第67話 眩しい光
眩しい光は嫌いだ。
明るいところに居ると、誰かに見つかっちまうかもしれないからな。
オイラは猫だから、暗がりでひっそり隠れてるのがお似合いなんだ。
誰にも見つからずに1匹で暮らすのが、お似合いなんだ……。
暗い所は落ち着く。
特にオイラの毛並みは黒いから、オイラを殺そうとする奴らから隠れるのにうってつけだった。
……だった?
そうだ。そうだった。
最近色々とあったから忘れかけてたけど、そうやって逃げ回ってた時もあったんだっけか?
そう考えると、今は平和になったもんだぜ。
随分と長い月日が経ったもんだよなぁ。
結局、どんなに長い月日が経ったとしても、オイラは何も変えることができなかった。
変われなかったって言った方が良いのかな?
まぁ、そんなことはどうでも良いや。
身体が重い。
足にも力が入らないし、視界もぼやけてる。
この感覚は、以前に何度も感じたのと同じものだ。
もう少ししたら、オイラは《《また》》消える。
そうして、いつか目が醒めるまで、永い眠りにつくことになるんだよな。
ちょっとだけ、寂しいぜ。
瞼越しでも分かるくらいの強い光が、オイラの身体を照らしてる。
その光は妙に心地よくて、同時に、オイラの心をざわつかせた。
どうせなら、暗がりの中で消えたかったなぁ。
良く言うだろ?
家猫が死ぬときってのは、主人に見られないように行方を眩ませるって。
今のオイラの姿を見たら、ハヤト達はどう思うんだろうか?
いいや、きっとオイラの事なんか、忘れてるだろ。
ハヤトもメイもマリッサも、皆少しずつ強くなってる。
初めて会った時のハヤトなんか、傘でゴブリンと戦うだけで精いっぱいだったのによ。ずいぶんと立派になりやがって。
メイは初めから強かったけど、ハヤト達と一緒に過ごしているうちに、少しずつ、大人っぽくなっていったよな。
マリッサだって、色々と難しい問題を抱えてるってのに、仲間と一緒に問題を解決できる柔軟さを見せ始めた。
皆、すごいや。
それに対して、オイラはどうなんだ?
皆みたいに、オイラは戦うことができない。
出来ることと言えば、気配を消してコソコソするだけ。
そのくせ、態度だけはデカくてよぉ。
ホントに、情けなくなるぜ。
何も変わってない。
だから、あの時と同じように、オイラはいつも置いてきぼりを喰らうんだ。
もう何年前になるんだっけか?
あれはまだ、車も飛行機も無い時代の頃。
オイラの飼い主だった女は、オイラを置いてどこかに姿を消しちまった。
それでも、オイラは信じてたんだよ。
彼女がいつか、オイラのことを迎えに来てくれるんだって。
飲まず食わずで何日も、何週間も、何か月も、何年も。
見る見るうちにボロボロになって行くあばら家の中で、オイラは待ってたんだ。
そうしたら、いつの頃からか、家の近くの村の連中がオイラのことをこう呼ぶようになったんだ。
化け猫って。
村の連中は、オイラが家の中で彼女を待っていることを知っててくれてたはずなのに。
いつも偉いねって、かわいそうにって、頭を撫でてくれてたはずなのに。
気づいた時には、オイラが知ってる村の人間は、誰も居なくなってたんだ。
オイラは、諦めが悪すぎたんだ。
彼女はもう、オイラを迎えに来てくれることは無い。
そんなことは分かってるのに。
諦めたくなかったんだ。
だからかな。化け猫だ猫又だと、オイラを恐れて蔑むあいつらに、オイラは腹が立った。
そして気が付いたら、オイラは暴れてた。
村の畑を荒らして、家を荒らして、そうやって憂さ晴らしをしてやろうって。
そう思ったのと同時に、オイラ、気がついちまったんだよな。
オイラは、何で存在してるんだろうって。
誰かの役に立つワケでも、何か達成したい目的があるワケでもない。
ただただ、化け猫として存在してるだけ。
居ても居なくても、どちらでもいい存在。
消えてしまっても、誰も気づかない存在。
だったらもう、楽になっちまった方が良いんじゃないか?
少しだけ休もう。
今までもそうだったじゃんか。
こうして、ちょっと疲れたら永い眠りについて、また目が醒めたら適当に暮らす。
そうやって、長い月日を乗り越えて来たんだし。
今回はちょっと、色々と大変だったから、少し早めに休んでも良いだろ。
意識が薄れていく。
皆とはもう、これでお別れなんだな。
別れの挨拶くらいしたかったな。
でも、これで良い。
オイラは猫らしく、ひっそりと居なくなろう。
「アオォォォォォォーーーーーーーーーン!!」
どこか遠くから、聞いたことのある遠吠えが聞こえてくる。
どうやら、メイは無事みたいだな。良かった。
オイラが完全に倒れる前、彼女も体調がおかしいみたいだったけど。
多分、ハヤト達がなんとかしたんだろう。
と、そんなことを考えていると、オイラを照らしてた眩しい光が急に弱まった。
「キミか……なるほどねぇ。でも、僕には何もできないなぁ。お~い。大丈夫~?」
誰かがオイラに声を掛けて来る。
聞いたことない声だな。
でも、もうそんなことはどうでも良い。
どこの誰かは知らないけど、オイラはこのまま消える。それは変わりのないことだ。
そう思ってたのに。
その声を耳にした途端、オイラは少しだけ身震いした。
「朧!! 大丈夫か!?」
「大変だよ! 身体が透けてる! どうなってるの!?」
「さぁ。僕が見つけた時にはもう、こうなってたよぉ。それと~、周りの人間達も、出来るだけ影に入れてあげてね。多分、光龍の光にあてられて、昏睡してるからさぁ」
「分かりました! マリッサ、朧を頼む!!」
「うん!」
どこかに駆けて行く足音。それと、オイラの傍にしゃがみ込む音。
それらの音に耳を傾けていると、マリッサの声がオイラの耳に降り注いできた。
「朧!! しっかりして! 大丈夫なの!? 返事してよ!!」
叫びながら、彼女はオイラを抱え上げた。
そしてそのまま、オイラのことを抱きしめて来る。
その瞬間、オイラは思い出した。
この抱き締められる感覚。よく覚えてる。
彼女がまだ家に居た頃。オイラは良くこうやって、彼女に抱きしめて貰ってた。
その時の彼女の腕の感触が、スキだった。
薄暗い家の中で、2人きり。
泣き啜る彼女の胸の中で、オイラはいつも心地よく眠ってたんだ。
眩しい光は嫌いだ。
光はいつも、オイラから彼女の温もりを奪って行ったから。
朝が来たら、男達が彼女をどこかに連れて行く。
どこにもいかないで欲しいって縋り付くオイラを優しく撫でて、彼女は毎日家を出てた。
帰って来ると思ってたのに。
「朧! ダメだよ! 死んじゃダメだからね! 地龍様! 何とかならないんですか!?」
「ん~。難しいよねぇ。僕は地の魔素しか操れないし」
「そんな!!」
薄っすらと目を開けると、涙を溢すマリッサが見えた。
あぁ、なんかこの感じ、彼女に似てるなぁ。
またこうして、彼女に抱きしめて貰えたなら、オイラは諦めることができたのかな。
……そんなこと、無理なんだけど。
もうそろそろ潮時だ。
力も入らないし、返事をするなんて出来っこない。
情けないけど、このまま消えちまおう。
そう思って、オイラが最後の息を吐きだそうとしたその瞬間。
オイラを抱きしめたマリッサが、ぽつりと呟いたのだった。
「……朧、私達を置いてくつもりなの?」