第66話 違うアタシ
「みんな、ごめんなさい! アタシ、みんなに酷いことしちゃった……」
「メイ。大丈夫だから。謝らないで」
「でも」
「大丈夫だって。私も、街の皆も、全員無事だから」
マリッサに優しく諭されても、メイがすぐに元気を取り戻すはずがない。
誰だって、失敗してしまったらしょんぼりするよな。
俺だってするし。
今回はそんな軽い話じゃないんだろうけど、重い話にするかどうか決めるのは、少なくとも俺じゃないだろう。
「気にすることは無いぞ、メイ。我らの街は我らが作って来た。つまり、我らが無事であるならば、何度でも作り直すことができるってことだ」
「バロンの言う通りだと思うぞ、メイ。だから、そう落ち込むなよ。それよりも、街の復旧を手伝って、少しでも恩返しをしような」
「バロンさん……ハヤト……うん。分かった。アタシ、頑張るよ! マリッサも、ありがとう」
「いいんだよ。それより、もう身体は大丈夫なの?」
「うん? うん。そうだね。今はなんともないや。どうしてだろ?」
手を握ったり開いたりするメイの様子は、前とあまり変わってないように見える。
つまり、元に戻ってるんだけど、そう簡単に回復するものなのか?
「詳しくは、地龍様に聞いた方が良いんだろうな」
俺の声と同時に、その場の全員の視線が、ゴーレムの上にいる地龍に注がれた。
地龍はと言うと、相変わらず寝ぼけた表情をしてる。
「あ、あの、地龍様。アタシの事、助けてくれてありがとうございます」
「ん~? あぁ、まぁ~ねぇ~。別に大したことしてないから」
「それでも! ありがとうございます!」
「ふふん。そんなに感謝されると、照れちゃうねぇ。でも、ホントに大したことないんだよなぁ。それに多分、キミの力は今から必要になると思うからさぁ」
ん?
地龍様、今なにか気になること言ったよな?
「アタシの力?」
「うん。キミの魔素じゃボクの魔素に耐え切れなさそうだったから、ちょっと活性化させたんだよ。だから、今のキミは今までのキミとは違うはずだよ」
「今までの、アタシ……?」
確かに、メイの力ってのも気になるんだけどさ。
今から必要になるって、どういうことだ?
考えても無駄だな。ストレートに聞こう。
「ちょっと待ってもらっていいですか? 地龍様、メイの力が必要になるっていうのは、どういう意味ですか?」
「あぁ。それはねぇ。ほら」
気怠そうに頭上を指さす地龍。
彼が示した方を見上げた俺達は、ガランディバルの天井に出来た大穴の縁を見て、絶句する。
「あれ……もしかして、全部キメラなの?」
「あれだけの数……あ奴ら、どこから連れて来ておるのだ?」
「くそっ。まだ空港の皆を助けに行かなくちゃなのに!」
朧も体調を崩してたんだ。早く向かわなくちゃいけない。
でも、あのキメラの相手をしていたら、空港まで登れるのがいつになるやら。
何か方法は無いか?
キメラたちを一掃できる方法とか、街を守る方法とか。
そう言えば、地龍がいるじゃん。
アイツらを追い払うのを手伝ってもらったり。
俺がそんなことを考えた時、まるでタイミングを計ったように、地龍が口を開いた。
「それじゃあ、ボクは先に空港に登って様子を見て来るから。こっちはよろしく頼むよぉ」
「え!? ちょ、待って!」
俺の制止も虚しく、地龍は大地の花束の中に入って行ってしまう。
あの中を通って上に行けるのか?
なら、俺達も一緒に連れて行ってくれたらいいのに。
まぁ、叶わない願望を抱き続けるのはやめておこう。
そうなると、別の手を考えるしか……。
「ハヤト、マリッサ」
「? どうした、メイ」
「師匠と、吉田さん達の事、助けに行ってあげて」
不意に呼びかけて来たメイは、自身の両手をじっと見つめながら、俺達に告げた。
「どうしたの? メイ。何か良い考えでもあるの?」
「良い考えなのかは分かんないけど。でも、アタシがやらなくちゃいけないんだと思うから」
「確かにメイの力には期待してるけど。私も一緒に戦うからね。ハヤトも当然、戦ってくれるはずだから」
「当たり前だろ? メイとマリッサだけにお願いするわけには」
マリッサに賛同した俺の言葉を、メイが遮る。
「空を飛べるのは、マリッサとガルーダくらいでしょ?」
「それは、そうだけど……」
「急いで師匠達を助けに行けるのは、マリッサ達しか居ないから」
メイも朧たちのことが心配なんだな。
かといって、街を放置するのは違う気がする。
だとしたら、マリッサと地龍が空港に向かってくれるのが得策なのでは?
そうだな。そうに違いない。
「じゃあ俺は良いんだな?」
「ハヤトもダメ! マリッサと一緒に行って!」
「何でだよ!?」
「そ、それは、なんででもなの!」
「えぇ……」
納得いかない俺の肩を、マリッサが叩く。
「ハヤト。ここはメイに任せて、行くよ」
「マリッサ? でも」
「良いから。それより、水龍様の鱗、持ってる?」
切り替え早いな。
「持ってるけど。それがどうした?」
「もちろん、使うのよ」
「使うって、今か? 何に?」
「もう忘れたの? 水龍の巣でサハギンがどうやって風龍の巣まで登って来たのか」
「おい……ちょっと待て」
マリッサの提案を聞いて、俺は自分の頬が硬直するのを感じた。
実を言うと、俺は既に水龍の鱗を籠手に取り込む実験をしてるんだが。
まぁ、なんていうか、あんまり使いたくない代物なんだよなぁ。
全身に鱗が生えるし、手足は魚の鰭みたいになるし、胸元に鰓が出来る。
使ったことある人しか分からないと思うけど、気持ち悪いんだなこれが。
「なぁマリッサ。やっぱり俺もガルーダの背に……」
「それはできないの知ってるでしょ? 私とハヤトの2人は、重すぎるの。メイなら乗せられるんだけど」
「ぐぬぬ……はぁ」
俺、そんなに太ってるかな?
いや、まぁ、メイと体格差があるってのは理解してるんだけどさ。
ん?
別に俺が重いって決めつけるのは早計なんじゃないか?
だって、ガルーダの背に乗るのは俺だけじゃなくて……。
「ちょっと、今、なに考えてるの?」
「ほら、早く向かわないとだろ。すぐに鱗の準備をするから、マリッサも準備をしてくれ!」
「言われなくても準備してるから! それじゃ、メイ。こっちは任せたから」
「うん。マリッサ、ハヤト、気を付けてね」
危うく水球地獄に落とされるところだったな。とにかく今は、平静を装うことに専念しよう。
「メイもな。バロン、メイのこと、頼んだぞ」
「任せておけ!」
「よろしくお願いします、バロンさん」
「お、おう!! 我に任せておけぇ!!」
豪快に笑うバロンに後押しされるように、俺は籠手に水龍の鱗を取り込んだ。
すぐに体に変異が発生し、俺は鱗と鰓と鰭を手に入れる。
そのまま、ガルーダに乗ったマリッサとウンディーネが作り出した水球に飛び込んだ俺は、水と共に空に運ばれる。
結局、どうして俺はメイと一緒に戦うのを断られたんだろう?
そんな疑問を地面に残して、俺達は空へと向かうのだった。
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「あ奴ら、ついに動き出したな」
「そうだね」
ハヤト達が空港に向かって飛び立った後、キメラたちの動きを見張ってたバロンが報告する。
でも正直、アタシは今、それよりも大きな不安を胸に抱えてるんだ。
「そういえばメイ。1つ聞いておきたいのだが」
「はい」
「どうしてハヤトを上に行かせたのだ?」
「それは……」
バロンさんの質問に、アタシは答えられない。
だって、アタシ自身も、まだ分かって無いんだから。
今までと違うアタシ。
それが、どんなアタシなのか。
それを知るまでは、ハヤトの前に出るのが、ちょっぴり怖い。
「あの、バロンさん」
「どうした?」
「えっと。変、だったりしたら、ちゃんと言ってくださいね」
「ん? それはどういう意味だ?」
首を傾げるバロンさんの前で、アタシは全身に力を入れた。
そうすることで、アタシの身体が変になるって、さっき気が付いたから。
初めに気が付いたのは、指先。
指先に力を入れたら、鋭く尖ったんだ。
皮膚も硬くなってて、鎧を着てる気分。
力を抜けば元に戻るけど、少しだけ違和感が残る。
もし、全身に力を入れたら、どうなるんだろう?
ハヤト、怖がってどっかに行っちゃったりしないかな……。
ううん。
ハヤトはこんなことでどっかに行ったりしない。
分かってる。分かってるけど。
今までと違うアタシを見せるのは、ちょっと、準備が必要かも。
「……ど、どう、かな?」
「なるほど。そういうワケか。大丈夫だぞ、メイ。とても凛々しい姿だ。戦士として羨ましい」
「ホント!?」
「あぁ。我の誇りに賭けて、本当だ」
「そ、そっか」
バロンさんがそう言うなら、変じゃないんだよね。
「その姿、ハヤトに見せてやると良い。きっと褒めてくれるはずだ」
「えへへ……そうかなぁ」
「あぁ、だから、今はこの街を守り抜くことに専念しようではないか」
「うん。ありがとう、バロンさん」
「気にするな。我らもこの街を守らねばならぬからな。それに、我もハヤトに用事が1つ増えたしな」
「バロンさんも? もしかして、ハヤトに褒めてもらうの?」
「そんなわけあるまい? 少しばかり、憂さ晴らしに付き合ってもらわねば、割に合わんからな」
「そっか?」
バロンさんの言うことは、たまに難しいよね。
でも、アタシもバロンさんも、ここで負けるわけにはいかないんだ。
きっと、ハヤト達なら師匠達を助けて来てくれる。
それまで、耐えるんだ。
「皆の者!! 準備は良いかぁ!!」
「うおぉぉぉぉぉぉ!!」
ドワーフ達の雄叫びに雑じって、アタシは吠えた。
ハヤトに、マリッサに、空に輝く巨大な月に。そして、師匠に届くように。