第64話 8つの力
「そんなことよりさぁ、水龍と風龍のこと、知ってるんでしょ?」
メイとか朧のことを、そんなこと、なんて言われるのは心外だな。
でも、地龍からすれば些細なことなんだろう。
ここで俺が文句を言って心証を悪くするのは、あまり良い判断じゃない気がする。
それよりも、今は話を合わせておいた方が得策だろうか。
「まぁ、会って話をしたことはありますね」
「本当!? 元気だったかなぁ? 最近会ったの?」
「最近ですよ。それに、元気でした。少なくとも風龍は、元気すぎてちょっと困るくらいでしたね。気が付いたら、巣と一緒にどこかに飛んで行ってましたし」
白いドラゴンとの戦いの後、色々とバタバタしている間に、彼女は挨拶も無しに飛んで行ったんだよな。
まぁ、マリッサには挨拶してたみたいだけど。
いいや、俺だけに挨拶してなかった可能性もある。
「そっかぁ~。水龍は? 相変わらず貝殻の中に籠ってたのかな?」
「そうでしたね。水龍は昔からあんな感じだったんですか?」
「そうだねぇ~。そうじゃないと、彼女は無限に分裂しちゃうからねぇ」
無限に分裂?
ってことは、身体を保つために、貝殻の中に籠ってるってことなのか?
それなら、あれだけ外を怖がってたのが理解できる気がする。
と、俺がそんなことを考えている、地龍がボソッと気になることを呟いた。
「でもそうなんだねぇ~。最近話をしたってことは、今起きてるこれも、まだ知らないってことなのかなぁ」
「あ、あの、それはどういう意味ですかっ!?」
「ん~? 別にぃ~。こっちの話だよぉ~」
こっち。って言うのは、龍たちにとっての話ってコトなんだろうか?
それと、今起きてるこれって、なんのことだ?
メチャクチャ気になる。でも、地龍は俺達に話して聞かせるつもりは無いらしい。
なんなら、大きな欠伸までしてるくらいだ。
まずいな。このままじゃ、何も聞けないまま帰ってしまうかもしれない。
ここで話を聞き出せずに、営業マンは名乗れないよな。
こういう時は、先に俺の方から情報を提供するに限る。
「そう言えば、風龍と水龍と話をしたとき、白いドラゴンに襲撃されたんですよ」
「へぇ~? ドラゴンがねぇ?」
「はい。彼女達も驚いてました。ドラゴンが単独で巣を襲撃するのは珍しいんですよね?」
「1匹で襲ってきたのぉ~? それは凄いねぇ」
「そうなんですよ。それに、実はそのドラゴン、炎の魔術結晶を取り込んでたみたいでして、風龍が厄介だって言ってました」
「……それ、本当なのかい?」
なんか流れで色々喋っちゃったけど、正解だったみたいだな。
俺の最後の言葉を聞いた瞬間、地龍の目つきが明らかに変わった。
つまり、探していた情報を俺が口にした確率が高い。
「どうかしましたか?」
「うん。ちょっとねぇ~。そっかぁ。ドラゴンが。そういうコトだったのかぁ」
ドラゴンが。なんなんだよ。
いや、ここで焦ったらダメだな。落ち着け、俺。
とはいえ、これ以上のネタは殆ど無いぞ?
そうだ、エピタフの籠手とか話してみようか?
「横から失礼します」
俺が次の話のネタを考えていたその時、割って入るようにバロンが口を開いた。
「どうしたの?」
「我も1つ、地龍様へ伺いたいことがございます」
「なにかなぁ?」
「我は長年、地龍様の傍で生きてまいりました。しかし、今ほど地の魔素が放たれたのを見たことがありません。なぜ今、あれほどまでに魔素を活性化させているのでしょうか」
でかしたぞ、バロン!
それは俺も気になってたことだ。
俺は心の中でガッツポーズを決めながら、地龍に視線を投げる。
その瞬間、俺と地龍の視線が衝突した。
もしかして、見られてた?
反応を伺われてたってことか?
「そんなに気になるのかぁ。まぁ、良いよ。特別に教えてあげる」
「ありがとうございます」
丁寧に頭を下げるバロンに合わせて、俺も頭を下げる。
経緯があるワケじゃないけど、今は表情を見られたくなかった。
あと、ちょっと動揺しちゃったのも隠したい。
「正直なところ、僕も面倒くさいからやりたくないんだけどねぇ。でもさぁ、バランスが崩れちゃったら、ちゃんと元に戻さないといけないからさぁ~」
「バランス、というと?」
「あぁ~。そこから説明しなくちゃなのかぁ~。面倒くさいなぁ」
そう言った地龍は、背後にある大地の花束に軽く手を振って見せる。
すると、木目調の表面に何やら文字が浮かび上がって来た。
「面倒だから、勝手にそれを読んで、理解してよねぇ。僕はちょっと、やらなくちゃいけないことができたからさぁ~」
「分かりました」
「せっかくだから、キミたちにも見てもらいたいしねぇ~」
そう言ってゴーレムの上から飛び降りた地龍は、そのまましゃがみ込んで地面に指を当て始める。
だけど、俺もバロンも地龍の様子に構っている余裕が無かった。
なぜなら、浮かび上がって来た文字が、とんでもないことを示していたからだ。
『龍とは、龍神様の力を8つに切り分けた存在』
『それらの力は、4体で1組として、世界の均衡を保つ役目を持つ』
『闇は収束と深淵。光は収束と無限』
『地は活性と悠久。雷は活性と刹那』
『氷は破壊と固着。火は破壊と変化』
『水は流動と分裂。風は流動と増殖』
『ドラゴンとは、これらのバランスを崩さんとする者』
『龍はいかなる時も、世界の均衡を保たねばならない。でなければ、天より見守る龍神様が、世界に災いをもたらすであろう』
風龍は、自身と同じ姿の分身を沢山作ってた。
それはつまり、増殖ってことか?
それに、水龍は無限に分裂してしまうから、貝殻の中に入ってるって、ついさっき聞いたばかりだ。
そんな彼らは世界の均衡を保つために存在している。
ここでいう均衡って言うのは、多分、魔素の事だよな?
収束と活性と破壊と流動。
関係がないようで、かなり重要な気がする。
さっき、地龍はドラゴンに反応した。それは多分、火の魔術結晶を取り込んだって点に何か思う所があったんだ。
つまり、それが魔素のバランスを崩した原因?
破壊と変化の火が消えたから、活性と悠久の地龍が魔素を活性化させる。
ん?
なんか、おかしくないか?
普通に考えれば、火の魔素が弱まった分だけ、氷の魔素を弱めるのがセオリーなんじゃ。
そこまで考えた時、地龍が満足げに頷きながら立ち上がる。
「よぉし。準備できた。それじゃ、始めるよ」
「始めるって、何を―――」
質問を投げようとした瞬間、俺とバロンはその場に立っていられない程の震動を受け、転倒してしまう。
大地の花束がより一層の輝きを放ち、地面が揺れ、天井から大量の石が降ってくる。
そんな中、必死に地面にへばりついていた俺は、胃に響くような轟音と共に、天井がゆっくりと持ち上がって行くのを目の当たりにした。
それだけじゃない、俺達の居る大地の花束の根元付近も、天井に合わせて上昇を始めている。
「どうなってるんだ!?」
「我が知っているわけなかろう!?」
「はははっ!! 久しぶりの外だぁ~ 風が心地いいねぇ~」
いつの間にかゴーレムの上に戻ってる地龍がはしゃぐ。
地底深くに居たはずの俺達は、ぐいぐいと伸び始めた大地の花束と共に、地表を越える程の高さまで押し上げられていた。
そんな俺達の頭上には、ガランディバルの天井と一緒に持ち上げられた空港の建物が見える。
「マジかよっ!? みんな、大丈夫なのか!?」
「我らの街は!? ガランディバルはどうなってるっ!?」
そう叫びながら足場の端に向かおうとするバロンを、俺は引き留めた。
「危ないから、端の方に行くなって!!」
「だが!! 瓦礫や岩が落ちているのだぞ!!」
「だからって、ここから街を覗き込んでも……」
何もできない。
そう言おうとした俺の言葉は、視界に入った明るい光のせいで、引っこんでいった。
俺の様子に気が付いたらしいバロンも、心配そうな表情から打って変わって、驚きの表情を浮かべている。
それもそのはずだ。
だって、すっかり日が落ちてしまった夜空のど真ん中に、見たことも無いほど大きな光が浮かんでいたから。
それは紛れもなく、巨大な月だった。
俺の知ってる月と比べると、10倍とか20倍以上の直径になってる。
もう少しで、夜空を埋め尽くしてしまいそうだ。
「おい、月って、あんなにデカかったっけ?」
そう呟く俺に、地龍が応える。
「あれは月じゃなくて、光龍の巣だよぉ」
カラミティの後、この世界の月が2つになったことはすぐに気が付いた。
だけど、あれが光龍の巣だなんて、どこの誰が気が付いただろうか。
少なくとも俺は、今の今まで考えたことも無かったよ。