第62話 言いがかり
錯乱状態のメイは、周囲に居るドワーフに次々と襲い掛かっては高所に逃げるを繰り返していた。
武装状態のドワーフ相手に、強引な力技は通じないと理解しているんだろうか?
だとしたら、単純に暴走しているより厄介だぞ。
「メイ!! 止めなさい!!」
「マリッサ、ガルーダで彼女を追いかけてくれ。俺はバロンを探して、状況を確認する!」
「分かった! 行くよ。ガルーダ! ウンディーネもお願いね!」
彼女たちに任せていれば、メイを見失うことも無いだろう。
それに、ウンディーネやドライアドの力を借りれれば、前みたいにメイを拘束することもできるかもしれない。
何にしても、今のマリッサだけが唯一、メイの速度について行けると言っても過言じゃなさそうだ。
少なくとも、俺がどれだけ全力で走っても、メイに追いつけそうにない。
「適材適所ってやつだな。バロン! どこに居る!!」
飛び去って行くマリッサを横目に見ながら、姿の見えないバロンを呼んでみたけど、返事は無かった。
当然か。
十中八九、彼は街の中心の方に居るだろうし。
今は急いで、彼を見つけ出そう。
そうして、俺達が外に行っている間に、メイに何があったのかを聞かなくちゃいけない。
多分、そこに彼女の冷静さを取り戻させるヒントがある。
以前メイが暴走した時は、弟を失った後だった。
それから推測するに、彼女が精神的な負荷を感じた時に暴走するのかもしれない。
「メイだけじゃないな。朧にも、何かが起きたのか。くそっ! 立て続けにどうなってるんだよっ!」
ぼやいたところでどうにかなるわけじゃないけど、そんな言葉を溢さずにはいられない。
2人の様子がおかしいことを、俺は知ってたはずなのに。
どうしてもっと注意を払わなかったんだ?
いつもそうだ。俺はいつも、後から気づいて後悔する。
親父の時だって……。
湧き出して来る憤りに引きずられるように、俺の思考が過去に向き始めたその時。
突然、地面が激しく揺れ始めた。
「地震!?」
とても走っていられないから、俺は転げるように近くの建物の軒下に逃げ込んだ。
ガランディバルの天井から、小石がパラパラと落ちてくる。
慌ただしく周囲を駆けまわってたドワーフ達も、俺と同じように身を隠している。
「こんなときに地震かよ。勘弁してくれ!」
徐々に揺れが収まって行く中、俺は逸る気持ちを抑えながら周囲を見渡した。
そしてようやく、目当ての人物を見つける。
「バロン!!」
「ハヤトかっ!? 戻ったんだな!!」
「はい! それより、メイに何があったんですか!?」
「それは我らが聞きたいぞ!! 突然遠吠えを始めたかと思えば、暴れはじめたのだ!」
「そうなる前、彼女はどこで何をしてたか知ってますか? 何か話してたりは?」
「暴れ出す直前まで、我と共に修練場におったぞ。ただ、話はしておらん。そう言えば、彼女は何をしておったのだろうか?」
「え? 一緒に訓練をしてたとかじゃないんですか?」
「我はな。だが、彼女はずっと、椅子に座ってボーっとしておった」
それはどういうことだ?
つまり、暴れ出す直前までメイは何もしてなかったってことか?
だとしたら、手がかりが何もないことになる。
メイには個人的に何か悩みがあったとか、そういうコトなのか?
「こうなったら、強引に捕まえて、疲れるのを待つしかないか?」
「我らもそう思っておるのだが……」
意味ありげに言葉を切ったバロンは、ゆっくりと街の中央に視線を投げた。
彼の視線の先には、地龍の巣である大地の花束が聳えている。
「ん? なんか」
「気が付いたか?」
俺が小さな違和感を口にすると、バロンは表情を険しく崩しながら続ける。
「ここ最近、大地の花束が放つ地の魔素が、活発になってきておる。お主が気づいたように、若干明滅するようになっているのが、その兆候だ」
「やっぱり、いつもより光が強くなった気がしましたけど。これってよくある事なんですか?」
「たまに起きることはある……が、ここまで継続して、しかも強さを増し続けることは、我らとしても初めての経験だ」
「そうなんですか」
「で、だ。ウェアウルフが地の魔素と強い繋がりを持っておることは知っておるか?」
「そんな話……」
聞いたことない。
そう言おうとして、俺は風龍から聞いた話を、ふと思い出した。
あれは確か、俺の魔素が『ありえない状態』だってのを聞いた時の事だ。
種族の特性とかなんとか言ってたような気がする。
地の魔素を身体が魔素を活用しやすいように適応してる。とかだっけ?
……おい、それってまさか。
「バロン。もしかして、メイが暴走してる原因って、地の魔素が活発になったからなんじゃ?」
「それはちと考えすぎな気はするが、今の彼女は疲労しにくくなっているとは考えておる。だが、今までに見た事のない状態という意味では、お主の考えもあながち間違えではないような気がするのぅ」
「ですよね。でも、だったら……」
どうやって、メイを止めればいい?
地の魔素が活発になった影響で暴走してるなら、地の魔素の影響を受けにくい場所に連れて行けばいいはずだよな。
いや、そもそも連れて行くってのが無理難題すぎる。
っていうか、どうして地の魔素が活発になってるんだよ。
もしかして、地龍が……。
そこまで考えた瞬間、再び地震が俺達を襲った。
身体のバランスを崩しながらも、何とか転ばないように耐えた俺は揺れが収まると同時に、バロンに告げる。
「もしかしなくても、この地震は地龍様の仕業ですよね?」
「そ、それは言いがかりだと我は思うぞ」
「いいや、言いがかりじゃないと思います」
地龍を非難するのは憚られるのか、バロンは口を噤む。
いい機会だよな。
バロンも一度、龍たちと会ってみた方が良い。
そうすれば分かるはずだ。彼らが思ってるような、崇高な存在じゃないんだってことを。
確かに存在はするけど、俺達とあんまり変わらないんだってことを。
「バロン。地龍様の所に行こう。そして、地の魔素を弱めてもらうんだ。そうすれば、メイは大人しくなるはずだ」
「そ、それは」
「まぁ、バロンが行かなくても、俺は行きますがね」
「ま、待て! 仕方あるまい。我も行くぞ!!」
バロンのその言葉を聞き、俺は少しだけ安心したのだった。