第61話 嫌な音
マリッサ達が白いドラゴンを撃退した後、俺達は徒歩で、福岡空港に戻った。
かなり距離があったからだいぶきつかったけど、心なしか、俺達の足取りは軽かったように思う。
ガランディバルに戻った俺達は、バロンや吉田さん達に報告をした。
風龍の巣に行ったきり、直接水龍の巣に向かったことを怒られはしたけど、まぁ、仕方ないよな?
一旦戻るって感じじゃなかったし。
そんなこんなで、マリッサの魔術が回復したり、俺のエピタフの籠手の使い方が判明したりと、今回の一件で戦力増強が出来たわけだ。
これで本格的に、ナレッジたちを捜索しに行ける。
特にマリッサは、彼女に色々と文句があるらしくて、捜索に出ることを心待ちにしていた。
ご褒美と称して、俺とメイと3人でアイオンに出向き、服を新調してた時でさえ、愚痴を言ってたくらいだからな。
マリッサがカラミティを引き起こしたという誤解。
本当の黒幕が恐らくナレッジであることと、その目的についてエルフ達としっかり話し合う必要がある。
それさえできれば、今よりも事態が好転していくはずだ。
だけど、俺達がそんな悠長なことを考えている間にも、事態が……いや、世界が、少しずつ変わり始めてたんだよな。
そんな予兆を真っ先に感じ取ったと言えるのは、多分、メイと朧だ。
「ねぇ、ハヤト……ちょっと、相談があるんだけど」
「どうした、メイ? なんか、疲れてるように見えるけど」
「うん。ちょっと色々あって、昨日はよく眠れなかったから」
あからさまに体調が悪そうなメイが、朝食時に相談を持ち掛けてくる。
いつも明るい彼女が珍しい。
でも、何か悩みとかがあるなら、しっかりと相談に乗ってやるのが仲間として出来ることだよな。
「あのね……アタシ、最近夜になったら、知らない間に外に出ちゃってるんだ」
「それは……マジか」
「うん。どうしてかな? 外に出た記憶は何もないんだけど、気づいたら、外で空を見上げてるの」
「もしかしてそれは、夢遊病ってやつなのかも?」
「むゆうびょう?」
「うん。寝てる間に勝手に歩き回っちゃうっていう病気だよ」
「それって、どうしてなっちゃうの?」
「ごめん、俺もそこまで詳しいわけじゃないんだよ。ちょっと調べてみるけど、時間は掛かりそうだな」
「そっか」
「他に気になる事とか無いか? 調べるにあたって、参考にしたいんだけど」
「気になる事……」
俺の問いかけに少し考え込んだメイは、ぽつりと呟いた。
「月が、とっても綺麗な気がする」
「月が……? それはどういう?」
「分かんない。でも、なんか、いつもより綺麗で、気が付いた時はいっつも、月を見てるんだ」
話に脈絡が無い。メイはよっぽど疲れてるのかもしれないな。
取り敢えず、今日の所は仕事を休んで部屋でゆっくりしておくように伝えた。
メイが休むと、木の実の収穫量が激減するけど、仕方ない。
と思ったんだけど、その日に体調を崩したのは、メイだけじゃなかったんだよな。
「朧……あなた、大丈夫?」
「え? 何がだよ? オイラは別に、いつも通りだぞ」
「いや、マリッサの言う通り、明らかにおかしいぞ。特に、歩き方とかな」
「お二人の言う通りです。朧さん。今日のところは、街で休んでいてください」
マジメが取り柄の加藤さんに言われれば、さすがの朧も自分の様子がおかしいことを認めざるを得なかったみたいだ。
まぁ、明らかにふらつきながら歩いてたから、自覚はあったんだろう。
それでも小さくため息を吐きながらガランディバルの入り口に戻って行く後姿は、どこか物悲しく見える。
「さて、今日は人数が少ないですが、しっかりと仕事をこなしていきましょう」
「そうですね」
「大丈夫だよ。私とハヤトが居るんだし」
自信満々にマリッサが告げた直後、ゴゴゴゴゴという地鳴りと共に、地震が発生する。
「きゃ!」
「うおっと、危ないぞ、マリッサ」
「あ、ありがとう」
なんというか、幸先が悪いな。
ここ最近地震が増えてきたような気がする。
カラミティの後から、ちょくちょく揺れてはいたけど、白いドラゴンを追い払ってからは、顕著に増えた。そしてそう思うのは、俺だけじゃないはずだ。
「悪い予兆とかじゃないと良いんだけどな」
「そうだね。その辺も、ナレッジが何か知ってるのかな……」
「地震活動について、エルフが何か知っているとは考えにくい気がしますが。今はとりあえず、空港が頑丈に作られている事に感謝しましょう」
前向きな加藤さんと共に、俺とマリッサは木の実採取と地図作りに出発だ。
もはや日常のルーティーンになりつつあるこの仕事は、俺やマリッサにとって大きな意味を持っている。
周辺の探索をするってことは、それだけナレッジの手がかりが見つかるかもしれないというワケだしな。
結論から言えば、今日まで一つも手がかりは無かったんだけどさ。
「今日もなにも無しか……」
「また明日、頑張ろうよ」
「マリッサさんの言う通り、地図は着々と埋まっていますので、いずれ何か手がかりは見つかると思いますよ」
「そうだなぁ」
ジメジメとした森林の中を歩き回るだけでもきついのに、2人とも元気だよな。
なんてことを考えながら空港の中に入った俺達は、ガランディバルの入り口付近が騒々しいことに気が付いた。
「何かあったのかな」
「行ってみましょう!」
妙な胸騒ぎを覚えながら、俺達は走る。
そうして入り口付近に辿り着いた俺達は、そこから中の様子を伺っている吉田さん達に声を掛けた。
「吉田さん! 何かあったんですか? まさか、キメラの襲撃!?」
「茂木さん! いいえ、キメラではありません」
「じゃあどうして、みんな避難してきてるの?」
「それが……メイさんが……」
「メイが!? どうしたんですか?」
「急に暴れ出したんです。それと、朧さんも、かなり弱り始めていまして……」
吉田さんが示した方を見ると、朧が力なく横たわってる。
「朧!? 大丈夫か!?」
「……」
咄嗟に駆け寄って、朧に声を掛けるけど、返事がない。
一応、呼吸はしているみたいだから、死んだってわけじゃなさそうだ。
「どうなってるんだよ……」
「ハヤト。どうするの? メイが暴れてるって、もしかして、あの時みたいな感じなのかな」
マリッサの言うあの時ってのは、メイと出会った日の夜に起きた出来事の事だろう。
あの日、実の弟を失ったメイは、暴走状態になって俺に襲い掛かって来た。
マリッサの助けがあったおかげで事なきを得たけど、もし、あの時と同じだったら危険だ。
「メイの所に行こう。吉田さん。朧のこと、頼んでもいいですか? 俺とマリッサは、メイを止めに向かいます」
「分かりました」
「朧……待っててね。すぐに戻ってくるから」
「行こう、マリッサ」
「うん」
杖を構えるマリッサと共に、俺は走る。
ガランディバルの街に近づくたびに、ドワーフ達の雄叫びと戦闘音が近づいて来るのが分かる。
それらの音の中でも、一際大きく聞こえてくるのは、金属をひっかくような嫌な音。
直後、俺達の進行方向の先、背の高い屋根の上に突如として跳び乗ったメイが、けたたましい遠吠えを響かせるのだった。