第58話 魔女の帰還
ご褒美。
ハヤトが私にご褒美をくれる。
そうと決まれば、頑張らなくちゃだよね。
私がやらなくちゃいけないことは、あの白いドラゴンを追い払うこと。なんなら、倒しちゃっても良いのかな?
少し前の私だったら、多分、あのドラゴンを追い払うなんて無理だって諦めてたと思う。
だけど、なんでだろう?
今の私なら、簡単にできちゃう気がするな。
目の前で契約の呪文を唱えている水龍と、私の身体が、深く繋がったような感覚。
その繋がりを通して、彼女の持っている海のように静かな活力が、全身に染み渡り始めてきた。
少し、懐かしい感覚だな。
膨大な量の水が、胃の中に溜まり続けていくようなその感覚を、私はずっと知っていた。
そして、その力を扱う術も、私は知ってる。
使える。
今なら、枯れ果ててしまってた水の魔術を、私は使える。
この力を、私はいつの間にか落っことしちゃってたらしい。
ううん。奪われてたって言った方が良いのかな?
それはとても辛いことだったけど、そのおかげで得られたものもあったんだって、今なら思えるよね。
なんて考えていると、ついつい背後のハヤトに目をやってしまいそうになる。
危ないなぁ。
さっきはちょっと調子に乗ってご褒美をねだったけど、あんまりやりすぎると、引かれちゃうから。
落ち着け、私。
「マリッサ。ズルいよ」
「メイ? どうしたの?」
いつの間にか傍に近寄って来てたメイが、小声で告げた。
「ご褒美って……そんなやり方、ズルいよ」
「そう……かな?」
しょんぼりしてるメイも、可愛いな。
でも、この子は喜んでる姿の方がもっと魅力的だよね。
「ねぇメイ。良かったら、少し手伝ってくれないかな?」
「え?」
「ほら、私と一緒にドラゴンを追い払ったら、メイにもご褒美をくれるかもしれないよ?」
「……」
一瞬、呆けた彼女は、すぐに目を煌めかせてハヤトの方に駆けて行く。
多分、私を手伝ったらご褒美くれる? って確認してるんだろうなぁ。
で、ハヤトはそんなメイの提案を断らない。
ご褒美をもらえるって分かったメイは、すぐに私の所に戻って来て……。
「マリッサ!! アタシも行く!! 何を手伝えばいいの?」
「ふふふ。可愛いなぁ~」
「? どうかしたの? マリッサ」
「ううん。何でもないよ。手伝ってほしいのはね、私と一緒にガルーダに乗って、私の身体を支えて欲しいの。それと、後ろの警戒もお願いしたいかな」
「うん、分かった!」
メイが本当に嬉しそうに返事をしたところで、呪文を唱えていた水龍が口を止めた。
「あ、あの。貴女と契約してくれそうな子が、見つかったよ」
彼女がそう告げると同時に、私の足元に小さな水たまりが現れ、ブクブクと泡立ち始めた。
「な、なに!?」
「落ち着いて、メイ。大丈夫だから」
泡立つ水がブクブクと膨れ始め、そのまま女性の姿を形作り始める。
半透明な絶世の美女だ。
そうして私とほとんど同じ背丈になった水の女性が、ゆっくりと口を開いた。
「ワタクシの名はウンディーネ。水龍様の遣いとして、貴女と契約を交わしましょう」
召喚獣が言葉を話すなんて、ちょっと驚いちゃった。
でも、呆けてる場合じゃないよね。
「私はマリッサ。よろしく、ウンディーネ」
「えぇ。それで? 誰なのですか?」
ん? 誰って、どういうこと?
今、私は名乗ったばかりなんだけど。
「えっと、私はマリッサだよ。それ以外に何を聞きたいのかな?」
「そんなこと決まっているでしょう?」
私の質問によほど呆れたのか、ウンディーネは大きなため息を吐くと、こちらの目を真っ直ぐに見つめながら続ける。
「貴女が恋焦がれている方は、誰なのですか? と聞いているのです」
「っ……」
「えっ!?」
「ワタクシが貴女と契約しようと思ったのは、貴女が恋をしていると知ったからです。それで、貴女の……おや?」
照れて何も言えない私と、隣で驚いたままのメイを置き去りに、ウンディーネは私の背後に視線をやった。
「もしや、あの殿方が」
「あぁぁぁぁぁ!! もうっ! そういう話は初対面でするものじゃないでしょ!? それより、今は時間がないから! ウンディーネ、お願い。私と一緒に戦ってもらえる?」
「……仕方がありませんわね。でしたら、戦いの後にゆっくりとお茶でも嗜みながら、お話を聞かせて頂けるかしら?」
「分かった! 分かったからぁ! ほら、メイも。いつまで呆けてるつもりなの?」
「あ、うん。ご、ごめん」
そんなこんなで、私とメイはガルーダの背に乗り、空目掛けて飛び立った。
ウンディーネは私の杖に宿る形で同行してる。
流動的な身体のウンディーネならではだよね。
そうして、頭上の水面を突破した私達は、ずぶ濡れの髪を靡かせながら空を目指す。
真っ青に晴れ渡った空で、緑色の風龍と炎をまき散らす白いドラゴンが激闘を繰り広げている。
まるで、風と太陽の戦いだ。
そのまま両者が戦い続けたら、どちらが勝つのかな?
って、そんなこと、考えるまでも無いか。
「悪いけど、ここからは私達も混ぜてもらうから!! 準備は良い? メイ、ウンディーネ、ガルーダ!!」
「良いよ!!」
「任せなさい!!」
メイとウンディーネの声、そしてガルーダの雄叫びを聞いた私は、杖を前方に突き出した。
そして、かつて自分が良く口にしていた呪文を唱える。
『姿見えぬ隣人よ! 今こそ集い、群れを成せ!! ブルー・クラスター!!』
直後、私達の周囲の空間に無数の水球が姿を現し始める。
それらの水球は、衝突と合体を繰り返して徐々に大きさを増しながら、より大きな水球を目掛けて集まり続ける。
これが、ブルー・クラスター。
空気中の水を1箇所に集める魔術だ。
そして、この魔術が真価を発揮するのは、この後。もう1つの魔術と組み合わせた時。
「ガルーダ! そのまままっすぐでお願い!」
叫びながら、杖を大きく右に伸ばした私は、杖先で大きめの水球を捕らえることに成功する。
そんな杖の先端で白いドラゴンに狙いを定めた私は、風龍の風でドラゴンがバランスを崩した瞬間、渾身の一撃を放った。
「スプレッドッ!!」
杖先から放たれた1筋の水流が、白いドラゴンに直撃する。
これで良い。
あとは奴の周囲でブルー・クラスターを連発するだけで、奴の濡れた身体に水球が集まって行くから。
これこそが、私が群青の魔女と呼ばれた所以。
群れ成す水は、私の思い通りに動いてくれる。
またこうして、水の魔術を使えることができるなんて、思ってもみなかったや。
だから。
もう、沢山のものを失うワケにはいかない!!
私は勝たなくちゃいけない。
そして帰るんだ。
皆の元に。自分の居場所に。
それを彼が、与えてくれるはずだから。