第57話 彼女の目論見
風龍が水龍をいじっている間、俺とメイはその様子を眺めているしかできない。
ホントは風龍と一緒にやって来た朧やマリッサと話がしたいんだけどさ、仮にも俺達は今サハギンの群れに囲まれてるわけで、呑気に話なんかできないんだよな。
って言うか風龍。いい加減、水龍をいじるのをやめてくれよ。
あからさまにサハギン達が不機嫌になってるんだが!?
下手したら、俺達に八つ当たりが飛んでくるかもしれないだろ?
なんて文句を言えるほど、俺には勇気がない。
まぁ、この場に居る誰にも、そんな勇気はないみたいだけど。
「いつまで続ける気なのよ。私たち、そんなに暇じゃないんだけど」
「ちょ、おいマリッサ!? さすがのオイラでも、今行くのは危ないと思うぞ!?」
「だから何? サハギンが怖いって言うのなら、この子が追い払ってくれるから、任せてよ」
俺の予想以上に勇気があったらしいマリッサが、耐え切れずに1歩を踏み出した。
彼女が勇気を持てる理由は、間違いなく隣に居るガルーダのおかげみたいだな。
そんな彼女は、まっすぐに俺の方を見ながら歩いて来てる。
「なんか、俺のことをすごく睨んでるように見えるんだけど、気のせいかな?」
「……睨んでるんじゃなくて、見つめてるんじゃないかな?」
「メイはポジティブだよな」
「ぽじてぃぶ? って、どういう意味?」
「前向きって意味だよ」
「前向き……」
なぜか考え込むメイ。
そんな変なこと言ってないよな? 俺。
それよりも今は、ツカツカと歩いて来るマリッサだ。
彼女があまりにも堂々と歩いてるからか、サハギン達も動揺して手出しができないらしい。
なんというか、さすがだな。
このまま彼女達と合流できれば、何とかなるかもしれない。
そう思った俺がマリッサに笑いかけ、対する彼女が一瞬足を止めて口を開きかけた時。
ずっと騒がしかった風龍と水龍が、急に静かになった。
あまりに唐突に訪れた静寂に、俺やマリッサだけでなく、サハギン達も騒めき立つ。
「なんだ? どうしたんだ?」
「ねぇハヤト、風龍たち、何か、上の方を見てない?」
「上?」
メイの言葉に釣られて、頭上を見上げる俺。
見えるのは、キラキラと輝く水面と、その奥に見える青い空。
そんな空の真ん中には一際大きく輝く太陽があり、その太陽は徐々に輝きを増しながら俺達の方へと……。
「太陽が落ちて来る!?」
「あれ、太陽じゃないよ!!」
メイが叫んだ直後、俺達の頭上に会った大量の水に、煌々と輝く何かが衝突した。
頭上の水面が一気に泡立ち、心なしか俺達の周囲温度が少し上昇する。
「これは……厄介なことになっちゃってるねぇ」
面倒くさそうにぼやく風龍。
そんな彼女の声を聞きながらも、状況を理解しようと頭上を見続けた俺は、見たくないシルエットを気泡の先に見つけた。
「あれは……白いドラゴン!?」
「ううん。ハヤト! あのドラゴン、前とちょっと違うよ!!」
「首が2本あるね。それに、さっきのは火球だった……前は火球なんて使ってなかったはず」
俺達と同じように頭上を見上げてたマリッサは、そんな分析をしてみせる。
そして、一瞬だけ俺に視線を投げた後、彼女は踵を返して風龍と水龍の方へと歩き始めた。
「お、おい、マリッサ。何をするつもりだ!?」
「何って、お邪魔虫を追い払いに行くんだけど」
「おいおい嬢ちゃん、まさか戦いに行くつもりじゃないだろうな?」
「そのつもりだよ」
有無を言わせぬ彼女の言葉に、朧も黙り込んでしまう。
何か勝算でもあるのか?
なんて考えた俺は、すぐに彼女の目論見に気が付いた。
って言うか、俺達がここを目指して来た目的は、そもそも彼女の水の魔素を回復させるためだったワケで。
白いドラゴンが現れなくても、同じことを彼女はするつもりだったんだよな。
「はぁ、お姉ちゃん。もしかして戦うつもりなの?」
「そうだよ」
「仕方ないなぁ。本音を言えば、ボクは急いで逃げ出したいんだけどねぇ~」
「そ、そんなぁ~」
毅然としているマリッサと、怯えている水龍を見比べた風龍は、小さくため息を吐くと、貝殻から離れ始めた。
そのままゆっくりと浮上し始める風龍。
と、そんな彼女の身体がゆっくりと膨れ上がったかと思うと、幼い少女の姿から緑色の巨大な龍へと変貌を遂げてしまう。
「ボクが時間を稼ぐから、お姉ちゃんはさっき教えた通り、水龍から魔素を分けて貰ってね」
「分かってる」
「そっけないなぁ~ 早く来てよねぇ」
それだけ言い残して飛沫と共に飛び上がって行く風龍。
あんな姿にもなれたんだな。
なんて感心している間にも、頭上で風龍と白いドラゴンの戦闘が始まったらしい。
時折、大量の気泡が発生する音と地響きが聞こえてくる。
「それじゃあ。水龍さん。ちょっとお願いしたいことがあるんだけど」
「な、何を言ってるの? わ、私は水龍なんだよ? そんな気安く―――」
「話、聞いてなかったの? 時間が無いの。だから、早く私と契約して欲しいんだけど」
「ご、ごめんなさいっ!!」
「……なんか、人格変わってないか?」
「かなり強引になってるね……」
「何か言った!?」
「な、何でもない!!」
俺とメイが慌てて背筋を伸ばしているのを、少し憮然とした様子で見て来るマリッサ。
そのまま、目の前に居る水龍の方に向き直った彼女は、しかし、何かを思い出したように口を開く。
「あ、そうだ、ハヤト」
ブツブツと呪文のようなものを唱え始めてる水龍の前で、こちらを振り返ったマリッサは、小さく息を吐いた後、俺に向かって告げたのだった。
「私があの白いドラゴンを追い払ったら、何かご褒美、くれないかな?」