第54話 三度目の正直
降りかかる飛沫と吹き付ける風に圧されて、私はその場に崩れ落ちてしまった。
立ち上がることも、走り出すことも、叫ぶことも。何もできない。
それは多分、私が無力だから。
最近よく感じるこの無力感に、結局私は抗うことができないみたいだ。
目の前に駆け寄って来た朧が何かを叫んでるけど、良く聞こえないや。
気が付けば、風龍の巣に降りて来たサハギンたちは吹っ飛ばされてて、私と朧、そして風龍の姿しか見えなくなってる。
水龍は私達に攻撃するのを止めたのかな?
理由は良く分からないけど、飛沫をまき散らしながら迫ってた沢山の水流は、今はどこにも見えなくなってる。
それもそのはずか。だって、今私達の居る空島は、ゆっくりと水龍の巣から遠ざかり始めてるんだから。
あぁ、良かった。とりあえず、危険な場所から離れ始めてるってことだよね?
そう思うと、ちょっとだけ心が安らいだ気がする。
「おい!! しっかりしろ!! 嬢ちゃん!!」
「……朧?」
「やっと反応しやがった。大丈夫か?」
「うん。私は、大丈夫だよ」
「ならいい。よし、それじゃあ、ハヤト達を助ける方法を考えるぞ!」
「え?」
「……なんだよ?」
朧は何を言ってるんだろう。
ハヤト達を助ける?
そんなの、無理に決まってるよね?
だって、空高くに浮かんでる空島から、大量の水と一緒に、落ちて行ったんだから。
普通の人間が、無事で済むはずないでしょ?
助からない。助かる訳ないよ。
もし海に落ちたとしても、水龍の巣近辺の滝に飲まれて、溺れるに決まってる。
それは、避けることのできない現実。
龍神様が導いた、彼の最期なんだ。
だから―――。
「嬢ちゃん、まさか、ハヤトとメイのことを諦めるつもりじゃねぇよな?」
「っ!?」
「言っとくけど、オイラは諦めてなんかねぇからな!!」
鋭く、そして強い目を、朧が投げかけて来る。
そんな目を、私は真っ直ぐに見返すことができない。
「まぁまぁ、お姉ちゃんは何も悪くないじゃん。それに、あの男達を助けに行っても、多分意味なんて無いと思うよ?」
「おい風龍!! そんなこと言ってる暇があったら、オイラ達を埠頭の所に降ろしてくれ! 今は時間が惜しいんだ!!」
「止めた方が良いと思うんだけどなぁ。少なくとも、お姉ちゃんが危ない所に行くのは、賛成できないや」
「うるせぇよ!! 大体、おめぇの許可なんて求めてねぇし!」
「でも、ボクの力を借りないと、キミたちは下に降りられないワケだよね?」
「ぐっ! なぁ嬢ちゃん。嬢ちゃんからも何か言ってやれ!」
「わ、私は……」
「お姉ちゃんも、助けに行っても無駄だって思ってるでしょ? それよりさ、お姉ちゃん。ボクと一緒に旅に出ようよ。世界中をこの空島で飛び回るんだよ? すっごく楽しいから。そっちの方が良くない?」
ケラケラと笑いながら告げる風龍。
幼く、そして可愛らしい見た目に反して、彼女の瞳はどこか冷え切ってるように見える。
「おい、それ、本気で言ってるのか?」
「本気だよ? あ、猫ちゃんも着いて来たいなら歓迎するけど?」
風龍に対する怒りを隠さない朧は、彼女の誘いを完全に無視して、私に目を向けた。
「……マリッサ。ここで諦めて良いのか?」
「私……諦めてなんか」
「諦めてるだろ!! 見れば分かるんだよ!! ガランディバルでも同じ顔してたんだ、忘れるワケねぇ!」
叫ぶと同時に、朧は私の顔に目掛けて飛び掛かって来る。
咄嗟に仰け反って避けようとしたけど、間に合わずに、私は朧の頭突きを額に受けてしまった。
おでこがひりひりする。
「痛い……」
「っ……いてて。ったく、これで少しは目が醒めたか?」
「朧……」
「まだ諦めてるってんなら、オイラ、何回でも頭突きをお見舞いしてやるぜ。爪を使わないだけ感謝してくれよな」
そう言った朧が身構えたのを見て、私は思わず首を大きく横に振った。
「分かった。分かったから。頭突きはもうやめてよ」
「そうか? なら立てよ。そして助けに行くぞ」
「うん」
朧は強いな。
多分、ハヤトも強い。
メイは、もっと強いんだ。
そんな皆に比べて、私は本当に弱い。
少し前に立ち直るチカラを貰ったばかりなのに。
ハヤトとメイ、そして朧にまで、私は助けられてばかりだよね。
助けてもらってばっかりじゃダメだ。
意味も理由も目的も後付けで良いって。ハヤトは言ってた。
生まれた時からずっと、龍神様の導きだけが私にとっての意味と理由と目的だったのに。
諦めるのが早すぎるって、メイは言ってた。
生まれた時からずっと、私にとっての諦めは龍神様を受け入れることだと思ってたのに。
ずっと、正しいと思ってた物が、彼らと出会ってからどんどん変わってく。
これは世界が変わってしまったから?
それとも、私が変わってしまったから?
どっちでもいいや。
「ごめん。朧。私、どうかしてたみたいだね」
「ようやく目が醒めたみたいだな」
「うん」
「なになに? お姉ちゃん、何かあったの?」
「色々あったかな。でもまぁ、さすがに3度目だし、そろそろ自分で立ち上がるくらいは出来るようにならないといけないよね」
「3度目の正直ってやつだな」
「どういうこと? ねぇ、ボクにも教えてよ~」
「そんなに知りたい? それじゃあ、少しだけ手伝ってくれないかな?」
「うん! 良いよ!」
軽快に返事をする風龍を引き連れて、私は空島の上を歩く。
そして、水龍の巣を見渡せる場所で立ち止まり、大穴を指さしながら彼女に指示を出した。
「水龍の居る場所まで私と朧を連れて行ってくれないかな?」
「え? ちょ、マリッサ? ハヤト達を助けに行くんじゃないのか?」
「行くよ。行くけど、手あたり次第ってワケにもいかないと思うんだよね」
「ボクは全然いいけど。それで? 水龍の所に行って何をするつもりなの?」
「もちろん、ハヤト達を探させるんだよ。だって、この巣は水龍の巣なんでしょ? だったら、一番詳しいんじゃないかなって思って」
「な、なんか、お姉ちゃん、性格変わった?」
「そう? 気のせいじゃない?」
「好きな男が心配で仕方が無いんだろ」
「え!? 好きな男!?」
驚く風龍とニヤける朧。
そんな2人を前に顔が火照るのを感じた私は、拳を握りしめながら言い返したのだった。
「そうだよ!? だから何!?」