第53話 風と水とが入り混じり
晴れ渡った空をフワフワと移動していたら、なんか、雲の上に乗ってるような気分になってきた。
正確には、空島の上に居るワケだけど。
実質、雲の上に居るのと変わりないよな?
「ハヤト、見て! 水龍の巣が見えて来たよ!」
「そうだな。それにしても、空から見下ろすと、圧巻だな」
俺達の眼下には、前に見た事のある巨大な穴と、その穴に流れ込んでいく大量の滝がある。
かなり上空を飛んでるはずなんだけど、ここまで水飛沫が飛んでる気がするのは、気のせいか?
いや、気のせいじゃないな。
なにしろ、水龍の巣の周辺には、不自然に浮かんでる水流が複数あるワケだし。
これも全部、水龍の仕業だろう。
そう言えば、前に俺達が水龍の巣に居た時は、白いドラゴンが現れて、この水流に迎撃されてたっけ?
……あれは、ドラゴンだったから迎撃されてたんだよな?
まさか、俺達も迎撃されたり、しないよな?
「どうしたの? ハヤト」
「いや、ちょっと嫌な予感が……。ところで風龍、このまま進んでいったら、俺達は水龍に攻撃されたりしないよな?」
「う~ん。分からないね。もしかしたらされるかも? まぁ、お姉ちゃんとお連れの皆さんは、ボクがちゃんと守ってあげるから、キミは自分でどうにかしてよね」
「俺もマリッサの連れなんだよなぁ~」
「大丈夫だよ、ハヤト! アタシが守るから!」
「ありがとな、メイ。本気で頼もしいよ」
「えへへ」
「……私だって」
「ん? お姉ちゃん、何か言った?」
「な、何でもない。それより、そろそろどこかに降りた方が良いんじゃないの?」
「え~? どうせなら、穴の真上まで行こうよ。そうしたら、まっすぐ降りるだけじゃん」
「おいおい、オイラ達をあの穴の中に放り込むつもりか!? そんなことされたら、さすがに死んじまうぜ?」
「大丈夫だよぉ。ボクがちゃんと穴の底まで連れてってあげるから」
「え? それって、風龍様もアタシ達に着いて来てくれるってこと?」
「そういうコト」
「着いて来てくれるって言うか、ただ寂しいだけだろ」
「ちょっと!? 何か言った?」
「何でもないです」
「ボクが悪口を聞き逃すと思ったら、大間違いだからね? 風に乗って、全部届いて来るんだから!」
「それは、なんていうか、かわいそうに……」
「憐れまないでよ!!」
いや、普通にかわいそうだと思うんだけどな。
俺達がそんな言い合いをしていると、メイが耳をぴくつかせながら呟いた。
「ねぇ、皆。なんか、周りの水が変だと思わない?」
「え?」
彼女の言葉に、真っ先に反応を示したのは、風龍だ。
「あぁ……これは、ちょっとマズいかもしれないなぁ」
「ちょっと、風龍様。それは一体どういう?」
真意を聞こうとしたのかマリッサが口を開いたところで、今度は朧が叫んだ。
「おい、あれはなんだ!?」
朧が示したのは、空島の一番近くに浮いている水流。
その中を、こちらに向かって泳いで来る大量の影が見て取れる。
「あれは……サハギンの群れよ!!」
「サハギン!?」
サハギンって言ったら、いわゆる半魚人の魔物か?
そんな種族まで居るんだなぁ。
なんて、感動してる場合じゃないか。
「もしかして、サハギンって狂暴なのか?」
「狂暴どころじゃない! 狡猾で俊敏でおまけに力が強いから、かなり厄介な相手だよ」
さすがはマリッサ、詳しいな。とりあえず、油断できる相手じゃないらしい。
「ハヤト、援護をお願い!!」
「分かった」
「お、オイラに出来ることはあんまりなさそうだな」
「みんな、そんなに慌てなくても。ここにはボクが居るんだよ? あんな奴ら、ボクがちょっと風を起こせば、水流ごと遠くに吹っ飛ばして……」
そう言いながら腕を振る風龍。途端に、彼女が巻き起こした暴風が、浮いている水流を一気に吹き飛ばした。
……かに思えたんだけど、次の瞬間には、さっきまでよりも太い水流が次々と現れて、空島に迫り始める。
「あ、あれぇ? おっかしいなぁ」
「状況が悪化してるじゃねぇか!!」
「う、うるさいなぁ!! わかった、水龍だよ!! あの娘がボクの邪魔をしてるんだ!! むぅぅ。邪魔するつもりなの!? 水龍!!」
「うぉぉぉ!? おい、やべぇよ!! このままじゃオイラ達、水と風に吹き飛ばされて、地面に落ちちまう!!」
「風龍様!! 落ち着いてください!!」
「マリッサ! メイ! 朧! 一旦そこの岩陰に隠れるぞ! このままじゃマジで、朧の言う通りに……」
必死に風龍に声を掛けているマリッサ達に、俺がそう声を掛けた時。
頭上から、複数の影が落ちてきた。
長い銛を持ったその影達は、着地すると同時にマリッサと風龍が居る方に突進していく。
「サハギンか!! マリッサ!! 危ない!!」
咄嗟に籠手を構えて駆け出した俺のすぐ傍を、メイが駆け抜けていく。
地面を這うような低い姿勢で突き進んだ彼女は、空へと突き上げるような爪の一撃で、1体のサハギンを切り裂いた。
それと同時に、俺は別のサハギンに向けて、魔素弾を発射する。
狙いはサハギンの足元だ。
見事、サハギンの片足を地面に縫い付けることに成功した俺は、足の異変に気付いて慌てているサハギンの後頭部を籠手で殴り飛ばす。
「よしっ!!」
あとは、マリッサの方に行った残りの1体だ。
と思ったのも束の間、件のサハギンはマリッサを守るように渦巻く暴風によって吹き飛ばされていく。
風と水とが入り混じって、周囲をめちゃくちゃにしてる。
俺もメイもマリッサも、ずぶ濡れだ。
だけど、取り敢えずの危機は免れたらしい。
急いで風と水を凌げる場所に身を隠した方が良いよな。
なんて、安堵する俺の耳に、メイの声が響き渡った。
「ハヤト!! 避けて!!」
「っ!?」
もちろん、俺がそんな彼女の警告に対して、迅速に対応できるわけがないよな?
右後方から現れたデカい水流に全身を飲まれた俺は、そのまま水に流されてしまう。
流れが強すぎて、息を止めることができない。
腕や脚も自由に動かせるわけがなく、俺はただ、流されるしかなかった。
息苦しさの中、俺の視界と耳に、とぎれとぎれの情報が飛び込んでくる。
「ハ……が……!! アタ……っ!?」
くぐもった声と、たまに見える毛むくじゃらな耳は、多分、メイなんだろう。
「が……はっ」
彼女に声を掛けよう。
と口を開いたところで、俺は何も言葉に出来ず、意識を失ったのだった。